第52話 不審者

 夜警の交替が終わった。

 俺は眠そうな顔をしていたソフィアを空いてる部屋に寝かせる。

 このお子ちゃまめ!

 と言っても本当にまだ13歳の女の子なのだ。

 本当にいつもこうなら妹みたいで可愛いのに。

 俺はそう思いながらソフィアに毛布をかけて部屋を出て、自室に戻る。

 そしてフカフカのソファーに腰をかけると頭を抱えた。

 ガッデム!

 とんでもない威力の地雷があったのだ。

 夜警の交替から数時間が経過しても解決策が浮かばない。

 どうしよう!!!

 俺はさらに頭を抱える。


「レオンどうしたの? 頭が痛いの?」


 フィーナも心配している。

 俺は悩んだ。

 どうにも俺にはこの問題は繊細すぎる。

 俺の雑にできた脳みそではこういう問題を処理できないのだ。

 そうだフィーナに相談しよう。


「フィーナさん……ご相談があるんですが……」


 俺は相談をと言う建前で爆弾を分け与えることにしたのだ。

 だってもうどうしていいかわからないんだもん!

 俺は完全に負け犬の顔をしてリンチ兄妹の近親相愛のことを話した。

 なぜかフィーナは目を輝かせていた。


「まあ! まあまあまあまあまあ!」


「ステキ♪ とか言うなよ。洒落にならないんだからな」


「でも歌劇の主人公みたい♪」


 もー! 人ごとだと思って!


「フィーナは姉ちゃんがいるだろが。姉ちゃんと恋愛とかありえないだろ!?」


「ちょっとレオン! そうやって夢を壊さないでよ。夢はきれいだから夢なの!」


 フィーナちゃん。それは妄想というのだよ。


「俺には悪夢だー! とんでもない重罪じゃねえか! 俺まで責任を追及されるー!」


 俺は頭を抱えた。


「……うーん。確かに法律的には難しいよね。そもそも事件にさえならなければいいんだけど。いつもみたいにインチキでなんとかならないの?」


 人を詐欺師みたいに言いやがって。


「たとえ俺に恩が売れるとしても危険すぎて誰も手を出したがらないと思う。殺人だったらコネを駆使してごまかす自信はあるけど、こっちは面白半分に介入する連中の口を塞ぐのは至難の業だね。それに連中はお互いしか見えてやがらねえ! 外出禁止令も出したし夜警が巡回するってもの告知したのにいちゃついてやがったのよ! 露見するのは時間の問題だ」


「そっかぁ……でもそれっておかしくない?」


「ふぇっ?」


 え? なにが?

 なにがおかしいの?


「だって夜警が巡回するのはわかってたんでしょ? いえそれだけじゃない。レオンが巡回するのはみんな知ってたんでしょ?」


「なんで俺の巡回が話題になるのよ?」


「レオンは人気者だから」


「ほえ?」


 パシれメロスじゃなくて?


「言わなかったけどみんな褒めてるよ。王様なのにちゃんと掃除とか馬の世話の当番もするし、罰ゲームもちゃんとやるし、誰に対しても公平だって。レオンが威張らないから高位貴族の子も偉そうにできないって」


 なにその評価!

 初めて聞いたよ!


「……もしかして朝早く起きて馬の世話したり、鎧を磨いたり、剣の手入れしたりとか普通はやらないの?」


「うん。普通の貴族は人にやらせるの。たいへんだから」


「だって最低限作業を知らないと危ないじゃない」


「だからレオンがそれを率先してやってるから誰も文句が言えないの。パパも家に帰ったら息子が成長してたって偉い人に感謝されたって」


 ローズ伯爵も学園の理事の一人なのだ。

 来年度から戦略訓練の教授を派遣してくれる予定だ。


「……お、おう。俺って凄いの?」


「そうやってあっと言う間に調子に乗るから言わなかったの!」


「でも俺の巡回を知ってどうするのよ」


「それだけ注目されてるの。レオン、自分がどれだけ注目を集めてるか考えなさい」


「はい……って話を元に戻すけど、もしかしてフィーナはあの二人がわざと俺に痴話喧嘩を見せたって言うの?」


「うん」


「二人が困るだろ? 現にソフィアは二人を逮捕しようとしたんだぞ」


「だから二人はレオンが逮捕させないことを知っていたのよ。いえ逮捕させない方に賭けたのよ」


「なんのために?」


「わからない。でもレオンは繊細な問題ではすぐには動かない。ちゃんと調べてから動くって思ってるんじゃないかな?」


「つまり調べろってことか……」


「うん。調べて欲しいのかもしれない」


 だが俺には調べる手立てがない。

 どうすればいい?

 うーん難しい。


「うーん……ちょっと頭冷やしてくる」


 こういうときは歩き回って考えるのが一番だ。

 とは言っても外出禁止といった手前、森で釣りをしてくるとかは許されないだろう。

 だとしたら談話室にでも行って来よう。

 なあに廊下には兵士がいるし、騎士学科の連中の部屋の前も通る。

 危険性などない。

 それに談話室にはまだ誰かいるに違いない。


「寮から出ちゃダメよ」


「大丈夫だって」


 俺は部屋を出た。

 もちろん俺を見かけた兵士は何も言わずに俺の後をついてくる。

 これで護衛がいる状態になった。

 考えながら廊下を歩く。

 リンチ兄妹のことは事務室の資料では不十分だ。

 そもそもなぜあんなものを見せた?

 フィーナは賭けだと言っていたが、それはやや感傷的すぎる。

 もし俺が逮捕したとしても大丈夫なように、保険がなにかあるはずだ。

 そもそも俺は半日前は傷害事件の捜査をしてたはずだ。

 ところが今はリンチ兄妹のことで頭を悩ませている。

 なんで事件ばかり起こるんだ!

 なんだか腹が立ってきたぞ!

 俺が当たり散らしたい衝動に駆られているとヘルメットと鎧に身を包み刺股を持った騎士学科の学生が見えた。

 一人で巡回してるようだ。


「おいーっす!」


 俺は手を振る。

 向こうも手を振り替えしてきた。

 俺はそのまま通り過ぎようとした。

 その時、俺の胸は高鳴っていた。

 だって、おかしいだろが!

 俺は二人一組って厳命したはずだぞ!!!

 言うこと聞かない子は俺が直々に制裁するので騎士学科の連中が俺の命令に逆らうはずがない。

 俺は学園に内緒で持ち込んでいるナイフに手をかけた。

 心臓がさらに大きく高鳴る。

 通り過ぎたら呼び子を鳴らす。

 それが一番安全だ。

 だがヤツはそれをわかっていたのだろう。

 通り過ぎる直前、ヤツは俺の耳へつぶやいた。


「陛下。騒がないで。私と貴方は同じ目的で動いている」


 それは思ったよりも高い声だった。


「なんだって?」


 俺は動きを止めた。

 兵士は一瞬俺を見たが、ニコッと笑って手を振るとその場で待機した。


「判事の扱った裁判記録を調べて。そうすれば次に会うときは私たちは同じ方向を見ている」


 中身は女か?

 誰だ?


「お前は誰だ?」


「敵ではない。でもまだ貴方には知られたくない。貴方は敵ではないが敵に知られるのが怖い」


「敵?」


「気をつけて。これはただの事件じゃない」


 『これ』がどれを指すのかが問題だ。

 俺は少なくとも二つの問題を抱えている。

 順当に考えれば判事の息子への襲撃事件だろう。

 だがそこまでの事件なのだろうか?

 俺の推測が正しければ犯人は人を殺そうとした。

 ほとんどの場合そこまでやるには理由がある。

 殺人未遂まで至る動機のほとんどは金だ。

 次に深い恨みだ。だがほとんどの場合、恨みは金で解決できる。

 これは歴史的に明らかだ。

 判事の息子なら金で解決すればいいだけだ。

 大穴は「人を殺してみたかった」だろう。

 だがそういった人間は強いものを獲物にする可能性は低い。

 十代の男子は獲物としては強すぎるのだ。

 それと……俺が主張した殺し屋。

 いったい判事はどこの組織に恨みを買ったんだ?

 俺が聞こうとすると不審者は廊下の先に行ってしまった。

 おそらくここで俺が笛を鳴らしても無駄だろう。

 逃走経路は確保してあるはずだ。

 誰だ?

 いや違う。

 あれは学生の誰かだ。

 どこかの組織の密偵のはずだ。

 俺はため息をついた。

 まったくこの学校は社会の縮図だぜ。

 学園まで来て謀略の限りを尽くすなよ。

 あー疲れた。


「陛下。お疲れですか?」


「ええ。疲れたので帰ります」


 俺は少し反省していた。

 俺が甘かった。

 大至急、第零軍に調べさせよう。

 これは思ったより根が深い。

 俺はそれだけは理解した。

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