第40話 対決

 俺は一人で王、親父の寝所へ向かった。

 もう言い訳ができないほどに親父の病状は悪化していた。

 ずいぶん前から具合が悪かったのだろう。

 俺は医者ではないし、医学知識もないからどうすることもできない。

 救う気はあるがRPGにありがちな伝説の薬草みたいなものは聞いたことがないし、あるならとっくにギュンターあたりが取りに行かされているだろう。

 つまり天命ということだろう。

 俺はわざと護衛をつけずに親父に会いに行った。

 真犯人は親父だ。それはもうわかっている。

 だからあとは事実を突きつけるだけだ。

 俺は警備の騎士に向かい手を振った。

 騎士たちは俺を見て頭を下げると扉を開けた。

 それしても……なぜ騎士たちは俺をプロスポーツ選手が来たみたいな顔をしているのだろうか。

 いやすでにあることないこと流布されているに違いない。

 家族を守るために奮闘する天才剣士とかそういう触れ込みだ。

 ローズ伯爵やギュンターのように騎士はそういうのに弱いのだ。

 正直言って恥ずかしい。中身が伴っていないのは俺が一番よく知っているのだから。

 ローズ伯爵とかゲイルとか王とかが全力で広めているに違いない。

 俺はブツブツ文句をいいながら王の前に出た。

 医師が脈を診ていた。その周りには何人もの弟子たちがいた。これから薬なんかを飲ませるのだろう。

 それにしても白い巨塔ってどの時代でもあるのね。

 とりあえず俺は親父に声をかける。


「父上。レオンでございます」


「お、おお、レオンか……マーク、すまぬが下がっていてはくれぬか? 二人だけで話がしたい」


 どうやら医師は財前ではなくマークらしい。


「御意」


 医師は部屋を出て行った。

 親父は顔は青白く、元々痩せていた顔がさらにやせ細り、肩で息をしていた。

 やはり死に向かっているのは誰の目にも明らかだった。

 親父が咳をする。

 俺は吸い飲みで親父に水を飲ませた。

 今さら毒なんか入っていないだろう。


「うむ……すまぬな」


「父上、お加減はどうですか?」


 良いわけがないのを知っていながら俺は白々しく聞いた。

 死に行くものに追い打ちをかけても仕方がない。


「まだ……父と呼んでくれるかレオンよ」


「まあ育ててもらってますからね」


 たらればを言ってもしかたない。

 かと言って限りなく狂人に近い男を断罪するのも不毛だ。

 俺はゆっくり息を吐くと言葉を紡ぐ準備に入った。

 俺は名探偵ではない。

 推理力もまあ残念なものだ。

 だけど俺にしかたどり着けない結末があるのだ。

 それはランスロットもシェリルもゲイルもメリルも幸せになる結末だ。

 俺は息を吐き声を出した。


「父上。あなたのやったことを全て明らかにしましょう」


 だから俺は断罪の代わりに謎解きをすることにした。

 二時間サスペンスドラマだったら崖の上に犯人を追い込んだところだ。


「ふむ面白い。述べてみよ」


 相変わらずの無表情で親父は言った。

 「もうどうでもいい」なのかそれとも「お前は手の平の上から抜け出すことはできない」なのかはわからない。

 それでも俺は続ける。まずはお互いが認める争いのない事実だ。


「まず一連の俺への毒殺。それはあなたが認めるように私を王にするためにあなたが仕掛けたものです。つまり自作自演だ」


「ふむ。異論はない」


「最終的にランスロットと母上を殺害しようとした。ですがこれも私の出自を隠すための工作です。私は滅びた王国の血を引いていますが、この国の王の血は引いていません。まあ数代前に王家は滅んでいるそうですが、人は信じたいものを信じる生き物です。つまり出自に問題を抱える私を王にするには、私が王のふさわしい器だというファンタジーをばらまいてしまえばいいのです。さすれば私の出自を疑うことがはばかれる空気が作られます。貴族達も本音では自分たちの食い扶持が無事なら血の継承なんてどうでもいいと思ってますからね」


 確かに前世でもDNA鑑定が一般的になる以前では托卵はよくあることだった。証明ができないからな。


「それは一部が違う。王の血筋はとうに絶えている。簒奪者の血筋である余にも実子はいない。ならば正当な血統のお前に王位を継がせるのは間違ってはいないだろう」


「本音は?」


 俺は意地悪く言った。


「前にも言ったとおり愛する女の息子に余が与えられる全てを与えたかっただけだ」


 ここまでが争いのない事実だ。

 愛し方がねじれまくっているが親父になにを言っても始まらない。

 そういう生き物なのだ。

 さてここからが本番だ。


「でもおかしいんですよね」


 王の眉がぴくりと跳ねた。


「ランスロットはエリック叔父貴の子どもですよね。少なくとも親戚だ。でも第一王子は私だし、私があなたの子じゃないことは誰にも証明できない。だとしたら、なにも追い落とすようなことをする必要はないんじゃないですか? 派閥を滅ぼせばいいだけでしょう?」


「気づいたか」


「ええ。エリック叔父貴はあなたの本当の弟じゃない。しかもエリック叔父貴は出生の秘密を知っている」


 よく考えてみれば伏線はあった。

 エリック叔父貴は陰謀大好きな国王が殺さなかったのだ。

 抜け目のない親父が殺さなかった。

 それを俺は考えた。考えたすえの結論はエリック叔父は王の血筋ではないというものだった。

 だから親父はわざと生かしておいた。

 いつでも潰せるならなにも今潰すことはない。

 手駒として使うことにしたのだ。

 ただし……


「エリック叔父貴はあなたへの恐怖をすり込まれていた。あなたは数十年にわたり叔父貴にプレッシャーをかけ続けたんだ。お飾りの軍で芸人のように振舞わせ、自分の嫁をあてがい、そして壊れるまで脅迫し続けた。エリック叔父貴もあなたの手の平で足掻く羽虫だった」


「ふむ。間違ってはないな」


「理由はランスロットを殺すため……と言いたい所だけどそこまでは考えていない。あなたはどう転んでもよかった。敷いて言えばエリックに意地悪したかっただけじゃないのですか?」


 これはブラフだ。

 だいたいなにが俺のためだ。

 それにしちゃ悪意しかないじゃないか。

 可哀想な悪役。

 人の心がわからない被害者。

 それは違う。

 このクソ親父はそんなタマじゃねえ。

 相手は寿命のある悪魔だ。

 普通の手じゃ太刀打ちできない。


「違うな……余は……」


 王はにんまりと笑顔になった。

 ああ、やはりこの野郎は……


「この国をめちゃくちゃにしたかったんでしょ?」


 王は目を見開いた。それが答えだった。


「そうか……真実に辿り着いたのだな……」


 真実なんてものじゃねえ。

 ほとんどは俺の想像だ。

 だけどこれだけははっきりしている。

 俺に王位を継がせたいのならもっとスマートなやり方がいくらでもあったはずだ。

 なのに親父は最悪の手を自分自身の意思で選んだ。

 そこに悪意がないとは言わせない。

 そしてその悪意は自分より弱いものを潰すための悪意じゃない。

 自分より強いものに対抗するための悪意だ。

 だから何人もの駒を使ったのだ。


「死ぬ間際に好き放題やってみたってわけですね」


 俺は不謹慎にもそう言った。

 対決はまだ始まったばかりなのだ。

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