第25話 玉座

 朝早く俺はたたき起こされた。

 フィーナはすでにいない。


「陛下がお呼びです」


 おそらく王は先日の拉致事件のことで呼び出したに違いない。

 目をしょぼしょぼとさせながらメイドに服を剥かれて着替えさせられる。

 異世界に生まれてはや10年。どうにも他人様の手による着替えにはなれない。

 俺は自分で全部やるのが好きなのだ。

 フィーナなら「自分でやってください!」と言われるので楽なのに。

 俺は100%疑いようのない全身が真っ赤のバカ王子の服装に着替えた。

 なるほどシャ○専用か……

 メイドは笑いもせず作業を続けている。せめて笑ってさえくれれば逆に気持ちが楽なのだが。

 恥ずかしい格好で待っていると第二軍の騎士が迎えに来た。

 全身真っ赤な俺を見て目線を逸らした。

 必死に笑いをこらえているらしく眉毛がピクピクしてる。よし、笑わせよう。


「あいーん」


「ぷッ!」


 騎士アウトー!

 ふふふふ。俺の勝ちのようだ。


「ぷッ! で、殿下、やめてください! ブふッ!」


「自分でもこの格好はないわーと思ってます。変な気を遣って我慢しないでください」


「ぎょ、御意……ゲフッ!」


 御意なんて言いながら騎士たちは廊下を歩いていてもまだ笑っていた。

 あとで絶対に仕返ししてやるからな。

 俺が3倍早く謁見の間に着くと王が玉座に座って待っていた。

 別にこの格好のことを根に持ってるわけじゃないよ?


 周りを有力貴族達が固めている。

 数日前より貴族の数が増えている。

 刺客を捕縛したという俺を見に来たのだろう。

 なあに誰もが俺が一人で捕まえたなんて思っていない。

 だが俺が現役の騎士を出し抜いて生き残ったことは事実だ。

 そういう意味での評価はされているのだろう。

 俺は貴族達を一瞥すると、そのまま王の前に出て片膝をついてしゃがむ。


「陛下。ご機嫌麗しゅうございます」


 俺が挨拶をすると王はなにを考えているかわからない無表情で言った。


「ふむ、レオンか。どうだ龍の子と呼ばれる気分は?」


 正直わからない。龍なんて誇大広告もいい所だ。

 俺は自分を優秀だと思ったことはない。

 それに俺が生き残ることができたのはゲイルやギュンター将軍、それにローズ伯爵のおかげだ。

 評価されるべきは彼らだろう。


「私はなにもやってません。今まで通り子犬で結構です。名誉はギュンター将軍やローズ伯爵にこそふさわしいかと」


 あとゲイル。

 ゲイルだけ名前を出せないのが惜しい。


「我が龍の子は賢明なようだ。ギュンター侯爵、ローズ伯爵、前へ」


「は!」


 二人が玉座の前に出て膝をつく。


「このジョン三世、我が子を救ってくれたそなたらの貢献に感謝する。そなたらには白獅子勲章と報酬を与えよう」


 そう言うと王は直接二人に勲章を与える。

 勲章か。名誉欲全開なローズ伯爵の好物だろう。

 実際、ローズ伯爵はうっとりとした目で勲章を眺めている。

 ギュンターは「まあ悪い気はしない」という顔をしている。

 褒められるのを嫌がる人間はいないという事か。王はこうやって人心を把握するのだろう。なるほど勉強になる。

 俺とギュンター将軍、ローズ伯爵は立ち上がって後ろに下がる。

 いつもは俺は玉座の後ろなのだが、諸侯と同じ所に案内された。

 エリック叔父貴も近くにいた。

 なにかがおかしい。


「さて、諸君。ここまでは誉れである。が、この王城で殺人が起こったのを諸君らも存じていることだろう」


 下働きのマーサが殺された件だろう。


「諸君らに悲しいお知らせがある。とてもとても残念な知らせだ」


 なんだろうか?

 いきなり俺に罪を被せるとかの超展開じゃねえだろうな。

 そしたら逃げ切って北の方でハイランダーの生き残りを見つけて反乱起こしてやる。


「正妃シェリル配下のメイドが殺害を自供した。正妃シェリルに殺害を依頼されたと! そのため正妃シェリルには真相がわかるまで謹慎を申し渡した」


 ちょっと待てコラ!

 身分制度のあるこの世界だが、庶民の殺害については意見が曖昧だ。

 この世界では庶民を殺すのは罪になる。

 その際、理由がなければ、もしくは理由を話せなければ不名誉とされる。

 不名誉は上流階級にとってありとあらゆる刑の理由になる。

 かつて何人もの庶民を殺した罪で死罪になった貴族もいる。

 恣意的な法適用も可能だ。グレイ公爵家を敵に回すリスクさえクリアできればだが。


「へ、陛下! なぜ母上が!」


 俺は儀礼を無視して王の前に出る。


「レオン! 王の前であるぞ!」


 俺は慌てて片膝をつく。


「ですが父上! 母上にはマーサを殺す理由がありません!」


「ほう、そなたは『理由はない』と申したが、なにか証拠でもあるのか?」


「はい! 今はまだ証拠はありませんが、母上は潔白です!」


 言い切ってしまったー!

 根拠など何もないし、言い切ってはいけないのはわかっていた。

 だがそれでも俺は言わずにはいられなかったのだ。


「そなたが母親思いなのはわかっておる。余ももシェリルが犯人ではないと信じたい。……ではレオンよ。龍の子と言われる賢さを武器に母の潔白を証明してみせろ! 諸侯はレオンに力を貸してやってくれ! 以上」


「親愛なる王に敬礼!」


 王は立ち上がり号令がかかる。

 諸侯たちは立ち上がり胸に手を当てる。

 俺だけが立ち上がることができなかった。

 これは王が俺に勝負を仕掛けてきたのだ。

 初戦は負けた……俺は頭が爆発しそうだった。

 初戦で王に完敗したのだ。

 全てが甘かった。

 派閥を手に入れれば誰も手を出せないだろうとタカをくくっていた。

 あとはゆっくり実行犯を尋問するだけだと思い込んでいた。

 犯人だけに注視してしまったのだ。

 王の動向などまったく考えてなかったのだ。

 そのせいでシェリルを人質に取られてしまったのだ。

 ただ意図がわからない。

 なぜ俺にマーサ殺しの犯人を捜させたいのだろうか?

 それがわかれば事件の全体像が見えるかもしれない。


 怒りと後悔で震える俺の肩を何者かが叩いた。

 ギュンター、それにローズだ。


「殿下、お母上の潔白を証明いたしましょう。このギュンターと第二軍が殿下の捜査をお手伝いさせていただきます」


「殿下、このローズも粉骨砕身して働きますぞ!」


「二人とも……」


 ゲイルもこれを聞いているはずだ。

 頼む。力を貸してくれ。

 もうマザコンだろうがなんだろうが関係ない。

 俺はシェリルが大好きだ。

 絶対に助けてやる!

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