第16話 二人の間に

 マーサは台所で倒れているところを発見された。

 正確に言うと首を吊っているところを発見された。

 首吊りというと天井からぷらーんと吊り下がるのを思い浮かべるだろう。

 だがマーサはそうではなかった。

 フライパンを引っかけるフックにロープを引っかけ、そのロープで座ったまま首を吊った。

 俺は警備のため一日中外に出ることを禁じられていたのでマーサの姿を見ることはできなかったが、人の最後というのはどうしても悲惨なものだ。見なくてよかっただろう。

 一日の予定がなくなって暇になった俺は人間関係を図にして整理していた。

 まだなにも見えてこない。

 マーサは本当に自殺だろうか?

 いや、そんなわけがない。

 マーサは王城の下働きをしながら息子を従騎士にするのだと張り切っていた。

 (従騎士とは騎士の家来として護衛や馬の世話や装備の手入れ、兵士への指示をする役職、元の世界なら下士官に近い)

 もし殺されたとしたら、なぜマーサが殺されたのだろう?

 俺がメリルの息子なのは誰もが知っている事実だ。

 俺を殺す理由にはなっても、マーサを殺す理由にはならない。

 ということはマーサはもっと危険な情報を知ってしまったのではないだろうか?

 いったい何を知ってしまったというのだろうか?

 まさか俺に毒を盛ったのがマーサなのではないだろうか?

 いや王族の食事はマーサの職場である使用人の食堂では作らない。

 宮廷料理人が作り、俺の世話をするメイド数人の手を渡って、最終的にフィーナもしくはメイド長が運んでくるはずだ。

 俺が頭を悩ませているとこんこんっとドアがノックされた。


「殿下、ゲイルです」


「はいはい。今葉っぱをつけますのでちょっと待ってくださいねー」


 俺が適当な返事をするとフィーナがドアを開ける前にゲイルが勝手に部屋に入ってくる。

 フィーナは普段の俺を尻に敷いた態度はどこへやら、大人しく会釈すると部屋を出て行った。

 せんせー、いたいけな王子様にだけぞんざいな態度を取る子がいます。

 いーけないんだー、いけないんだー、てんてーに言ってやろう♪


「殿下。マーサの死体の検分が終わりました」


「どうだった?」


「他殺ですね。まずロープに髪が引っかかってました。自殺なら髪が引っかからないようにします。単純に痛いですから。さらに首にひっかき傷がありました。苦しんで縄を取ろうとしたようです。それと……」


「それと?」


「他の場所で殺されたと思われます」


「なぜ?」


「詳しくお聞かせしましょうか?」


「いえ聞きたくありません。ゲイルの言うことを信用します」


 たぶん生々しい話だろう。

 俺は聞くのをやめた。

 それにしてもさすがに滅入る。

 ミステリードラマとは違って人が死ぬのは嫌な気分になるものだ。

 確かに後継者問題に巻き込まれたかは不明だ。

 でもどう考えても口封じだろう。

 俺を狙うならまだいい。

 だが犯人はやりすぎた。

 お前だけは許さない。

 世界の果てまで追い込んでやる。


「犯人は暗殺のプロか?」


「いえ暗殺は素人ですね」


「素人?」


「ええ。暗殺でもヒ素や炭は発覚しないように殺す手段です。つまり犯人は暗殺したことを知られたくないということです。でも今回のは隠蔽があまりにも雑です。おそらく犯人は早急にマーサの口を塞ぐ必要があった。それで隠蔽が甘かったということでしょう。私が暗殺者だったら厨房での不幸な事故を装って始末します」


「なるほどね。ゲイルはマーサが知ったら殺されるようなことに憶えはある?」


「……ありますがそれは言えません」


「王との約束?」


「そうです」


 まあ忠誠を誓っちゃって。

 なんだろうねえ。

 ここに秘密があるような気がする。


「じゃあさ、聞いていいかな?」


「なんですか?」


「ゲイルはなんで俺を助けてくれるの? 国王の命令だから? 違うよね。国王は仇だ。国王と目的が同じ方向を向いているから? それも違うよね? 国王の利益はゲイルの利益にならないよね。それに俺を殺せば一族の敵討ちができる。それが一番簡単だ。俺がハイランダーの末裔だから守ってるの?」


 ゲイルは容疑者としては最上位の動機を持っている。

 なにせ俺は故郷を滅ぼした仇の息子なのだ。

 もちろんゲイルが本気だったら今すぐここで殺すこともできるだろう。

 それをしないということは信頼してもいいのだ。

 そんな俺の心の内はゲイルにもすぐに見抜かれるだろう。

 怒られるかもしれないがしかたがない。

 ところが……


「賢い子だ……」


 ゲイルが俺の頭を撫でた。


「私は殿下が大好きです。殿下を見ていると息子を思い出します。きっとこんな賢い子に育ったんだろうなあって。それが理由じゃダメですか?」


「息子さんはどうなったの?」


「遠い……どこまでも遠い虹の果てに行ってしまいました」


 おそらくハイランダーの村と運命を共にしたに違いない。

 地雷を踏んだと思った俺は謝罪を口にする。


「……ごめんなさい」


「いいえ、もう昔のことです。


 そう言うとゲイルは俺の髪をくしゃくしゃにする。

 本当はあまりべたべた触られるのは好きじゃないが不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「あなたは賢い。きっと良い王になる」


「俺は王になんかなりたくない……」


「王なんてものは望んでなるものではありません。周りが能力や人柄を認めて王にさせてもらうのです」


「それじゃあ俺は余計ふさわしくない。性格が悪いから」


「ふふふ。自覚することが大事なんです」


 このとき俺は俺たちがわかり合えたような気がしていた。

 王子と道化師でありながら俺たちは師匠と弟子でもある。

 俺は父親である国王とのコミュニケーションに問題を抱えているし、ゲイルは息子を亡くした。

 俺は死にたくないし、俺が死んだらゲイルの命も危ない。

 一蓮托生というやつだ。

 そんな俺たちの間には妙な絆が存在したのだ。


 さてどこの世界でもタイミングの悪いやつってのは確かに存在する。


「殿下。部屋にこもっていては気分が落ち込みますぞ!!!」


 感動的な雰囲気に水を差したのは叔父貴。エリック将軍だった。

 ノックもせずに突撃である。


「む、むう。ゲイルか。殿下と何をしておる?」


「は! 将軍閣下。このゲイル、陛下から殿下の御気晴らしを申しつかりました」


 さすがに逃げる間もなかったのでゲイルは適当なことを言って誤魔化す。


「ほう、兄上も案外気が回るようですな」


 家族にそこまで言われるのか……


「まあいい。殿下、狐狩りに行きましょう。この日のために用意させました」


「絶対に嫌です」


 狐狩りっていうのはいい年こいた騎士たちがいたいけな狐を猟犬けしかけながら集団で追い回すスポーツだ。

 王族や高位貴族は指揮官として参加する。

 こうして早くから狐狩りによって軍事訓練をし、指揮官として使えるように訓練しながら参加した貴族達と顔つなぎするという最悪のイベントだ。

 俺は貴族が苦手だし動物虐待はもっと嫌いだ。

 動物虐待ダメ絶対。


「私は自分より弱いものに暴力を振るいたくありません」


「殿下はお優しい! ですが狩るのは我々です。殿下は指揮だけお願いいたします」


 叔父貴の言葉を翻訳しよう。

 『お前には断る権利などない』


 最悪だ。

 俺には貴族のとの腹黒トーキングや動物虐待以外にも狐狩りに参加したくない理由がたくさんある。

 まず遮蔽物のないところに行きたくない。狙撃されるから。

 次に広いところに行きたくない。目が届かないところで殺されるから。

 さらに言えばお外嫌い。寒いから。

 俺はインドア派なのだ。


「ではこのゲイルめが御一緒しましょう」


 あんたも行かせるんかーい!


「王子……今後のことを考えれば参加すべきです。あなたの優秀さを示すのです」


「俺がいつ優秀設定になった!」


 俺はどちらかというとバカ殿だぞ。


「優秀さを示せれば敵は減ります」


「う、うーん……」


 そうなのか?

 というか優秀じゃないのに優秀さを示す。それってどんな無理ゲー?


「犯人が動きますし、有力貴族を派閥ごと味方に引き入れるチャンスです」


「う、うーん」


 ちょっとリスクが高いような……

 それに俺は廃嫡でいいんだけど……


「いいですか。これはチャンスです。うまく立ち回れば大幅に解決が早まります」


「ううーん……」


 なんだか嫌な予感がするんだよなあ。


「あとでフィーナ嬢や正妃様にわからないように葡萄酒をお持ちします」


「やります!」


 物に釣られてしまった。

 いいのか俺?

 まあいいやどうせ拒否権ないし。

 そして怒濤の狐狩りが幕を開けるのだった。

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