第8話 フィーナさん最強伝説
ガクガクと震える膝。
踏むたびに痙攣をする足。
気の早い脇腹はすでに筋肉痛を起こし、腰と背中は自分の物ではないかのように重い。
腕も痙攣をする。
手と指は何倍にも腫れたようにじんじんとしている。
要するに俺はズタボロだった。
「殿下……大丈夫ですか?」
フィーナが俺の顔をのぞき込む。
あれだけのことをしたというのに優しい娘だ。
うむ、ちゃんと借りは利子をつけて返してやろう。
「一酸化炭素中毒やヒ素の驚異と対峙しながらの消耗戦よりはいくらかマシです」
「どういう意味ですか?」
「常にゲイルがいるので死なないですみます」
「なるほど……殿下を殺そうとしているのはいったい誰なんですか?」
確かにそいつは問題だ。
俺は生前の記憶から熟考する。
殺人は憤怒、つまり衝動的に暴力をふるった結果によるものが圧倒的に多い。
簡単に言うと「ついかっとした」という理由が多い。
人を殺す理由としては実にばかげたものだ。
だが俺への暗殺は断じて違う。
実に手間がかかり、巧妙でコストがかかる。
そこには憤怒のような激情はない。
非常に理性的で冷たい。
つまり計画殺人だ。
計画殺人には必ず理由がある。
衝動的な殺人のように「ついかっとした」なんてバカみたいな理由ではないはずだ。
一番有力な容疑者は母である正妃シェリルと正妃派の有力貴族だろう。
俺が死ねば実の子であるランスロットを王にできる。
だができればシェリルが犯人であって欲しくはない。
何だかんだと言いながら俺の母はシェリルなのだ。
それに性格的にシェリルは融通が利かない委員長タイプだ。
性格的に子どもを暗殺するような卑怯者ではない。
その次の容疑者は寵姫派の有力貴族だ。
シェリルを罠に嵌めて俺を王にするつもりだ。
だがそれは理由としては弱い。
俺は書類上、正妃の息子だ。
黙っていても次代の王は俺なのだ。
余計なことをするメリットはない。
そういう意味では王も容疑者の一人だ。
俺が死ねば正妃の血を継ぐ息子が王位を継承する。
正妃派の有力貴族の溜飲を下げることができる。
だが王が犯人なら、俺の廃嫡を断る理由はないし、適当な罪をでっち上げて合法的に抹殺すればいい。
王が俺を闇に葬る理由はない。
一見すると継承権をめぐる利益の衝突だ。
だが俺にはどうも個人的理由があるような気がする。
金や名誉ではない。
もっと冷たく陰惨なもの。
人間という生き物特有のなんとも言えない薄汚さ、卑屈で自虐的で自己中心的ななにか……があるような気がしてならない。
本来なら10歳のガキが見るべき世界じゃないだろう。
だから俺は、
「今のところはわからない」
「探さないんですか?」
そうフィーナが言った。
「相手の意図がわからないから探すのはリスクが高いですね。向こうから出てくるのを待った方がいいかと」
「そう……ですか……でもその間も毒に気をつけないといけないんですよね?」
フィーナは残念そうな顔をした。
なんだその捨てられた子犬みたいな目は!
俺は小動物に弱い。
あの無垢な目で見つめられると自分の薄汚い部分を自覚させられるようで嫌なのだ。
そう言えばフィーナも犬みたいだ。
まるで遊んでもらえないときのトイプードルのような……
頼むからそんな目で見るな……
「……」
や、やめてくれ!
そんな目で見るな!
あー! もう!!!
「……わ、わかったよ! 犯人を捜す! 真面目に探します!」
「はい♪」
あー……クッソ。
「とりあえず母に会ってきます! それでいいですね!」
最悪だ。
でも逃げることはできない。
いつかは俺への暗殺は母の耳に入るのだ。
だったら子どもっぽく俺から直接言った方がいい。
子どもであることを最大限利用するのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます