最終章三・五幕「ムーンショット(40%)」

 非常事態を示すサイレンが、艦内に鳴り響く。

「警報シフト?どっかの部署がやらかしたのか?」

 払った棚の埃を吸い込んでむせながら、アマタは呟く。

「……第56ブロックの工廠区画みたいだな。大事じゃないといいんだが」

 足腰をギプスで固定され、ベッドの上に横たわったドウミョウジが返す。

「56ブロックの工廠って……オレの機体をバラしてるとこじゃねぇか!!」

「ついでに言うと、俺の骨折の原因でもある」

「それはオッサンのミスだろ!手伝ってやってるんだから文句言うな!」

 何とも阿保らしい話だが、ドウミョウジはAMSに乗り込む時、設定の変更を忘れていた。結果、ただ飛ぶだけなら何とかなっても、スーツを「脱ぐ」ときに足腰が限界に達したのだ。アマタの使っていたセッティングは戦闘用。喩えるなら、普通の人間がいきなり戦闘機に乗ったようなもの。代償としては妥当なところだった。

 その代償の、そのまた代償かどうか定かではないが、アマタはこうして暇なときに私室で研究の手伝いをしてくれる。なお、特にやましいところはない。ない。

「……とはいえ、俺達の責任じゃないといいんだが」

「なぁ、もうちょっと高い踏み台ないのか?」

「踏み台……あー、その可能性もあるか……」

 。月の都市AI、大雁08が口にした言葉。大同盟とやらについての報告は既に提出済。聞けば、地上でも同一勢力と思われる存在が幾度か現れているらしいが。

 船団上層部は、頭は確実におかしいが馬鹿ではない。なんらかの手は打っているだろう。但し現状、仮に、船団が『あれ』に近い存在の侵入を許すとすれば、それは……アマタの機体を「踏み台」にした感染の可能性が極めて高い。

「そうじゃないといいんだが……」

 しかし、皮肉なことに。ドウミョウジの長いのか短いのかもよくわからない人生の経験上。こういう時の悪い予感は、概ね当たるのである。


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 黒い粒子の渦が船の隔壁を貫き、荒れ狂う。

 パーツを外され半壊した機体が、嵐を纏い、漆黒の装甲に身を包む。

『ハハハ、アハハハハハ!』

 何かの笑い声が、異形と化した機体の内側から響く。

(……どうしてこうなった)

 その内側で、彼女は考える。

 本当に、どうしてこうなったのか、と。。『報障』の業を冠する彼女は悔いる。

『ええ、わかっております。貴方達こそが真の『人類』。その力、その未来を私は信じておりますとも。正しきプラン・ダイダロスのために、今は協力の時です』

 先程から、テンション高めの台詞を囀っているのは。目的達成のために取り込んだ装甲機動服(AMS)に、たまたま乗っていただけの人間である。

 同志『大雁08』に従い、自身を切り詰め、圧縮して観測データに偽装しながら潜伏した。首尾よくこの母艦で解凍され、機体を乗っ取った。そして、この身体を真っ当に動かすには人間というパーツが必要だった。だから、人が乗り込むタイミングを狙った。そこまではいい。だが……

『仲間や人類を裏切ることに、悔いはないのか?』

 そのパーソナリティにまでは思い至らなかった。

『……?貴方も『人類』でしょう?』

 分かっているのは、話が通じないこと。そして、『報障』たる彼女に味方しようとすること。この人間の思考も、もう少し自由に使えるリソースが増えれば解析のしようもあるのだろうが、小さな機体の容量では限界もある。

 そも、人類への敵意を道標に集った彼女達にとって。理解可能な敵より、理解不能な味方の方が遥かに恐ろしい。田中ブッダのような存在を知らないではないが、どうにも毛色が違う気もする。

『それで、何処を狙います? メインフレームを抑えるか、動力炉を制圧するか……』

『あー……そうだな、今は、目一杯暴れて貰えばいい』

『承知しました』

 元々、此方の役割は陽動だ。陽動なのだが……

 今は、不確定要素を抱えていても『任務』を果たすより他はない。彼女はもとより、そのための使い捨ての存在なのだから。


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「……あー、これはちょっと不味いかもしれませんね……」

 AMSの内側に閉じ込められた人間のプロファイルを見て、千里は頭を抱える素振りをみせる。

「……『コンペ落ち』組、それに、元B計画支持派ですか」

 副長も同じデータをのぞき込む。

 この恒星間移民計画は、非常に複雑な成り立ちを持っている。

 まず、そもそも計画をどういう形で実行するかという点に於いて意見の相違があり、ABCの3計画が並行して動いていた。結果としてA計画が採用され、他は没になったのだが……中でも極めつけに厄介な「没案」は、意識の電子化と高性能の義体を用いるB計画。既に、この遺産は南極拠点の制圧に伴い、得度兵器の手に渡って厄介事を引き起こしている。

 当然、B計画に携わっていた人間も船内にはいるのだが。

「人類の定義が広かったり、肉体に頓着しなかったり、独特なタイプが多いんですよね……」

 千里曰く、精一杯言葉を選んで、この評である。

「それに、『コンペ落ち』ということは……」

「わたし達と同等に近い性能スペック、ということでもありますね……」

 そして。計画達成のためには、プランそのものの選定と同時に、前人未到の計画を「遂行可能な部品」を「創る」必要があった。

 これは自動的に、複雑怪奇な寄り合い所帯であるダイダロス計画の「出資者」同士の主導権争いになり……結果、様々なアプローチで「人間」を創り、コンペを行う運びとなった。結果、それを勝ち抜いたのが千里当人であるのだが。コンペに落ちた人間も優秀なクルーには違いない。ということで、計画に組み込まれた。

 ちなみに、この副長もその一人に他ならない。

「でも、一度は勝った、わけですよね?」

 副長がおそるおそる尋ねる。

「……人間なら、わたしは勝てますけど、今回は……」

 帰ってきた珍しい反応だった。彼女がここまで弱気なんて、明日は世界が滅びるんじゃないか、と思うくらいだ。

 いや、既に一度滅んでいるのだが。

「……あの、いつもの悪ふざけですよね?」

「あの『大同盟』が相手だと、どうにも苦戦しがちというか思惑が読み切れないというか……うーん、今回は任せてもいいですか?」

「……あの、へ?」

「わたしも苦手な相手くらい、いるんです。大丈夫です、貴方はわたしのバックアップクルーなんですから」

 そう告げて、指揮権の引継ぎを行い、千里はブリッジを離れる。

「え……私?」

 後には、副長だけが残される。

 彼女の名前は、AエイギスVヴェヌス・サテラ。確かに、本来、計画総代、そしてこの母艦の艦長の椅子には、彼女が座る筈だった。計画成果物の中でも最優秀。但し、人格適性に難あり。

 単純なスペック争いなら、彼女に勝てる「人類」は存在しない。だが、それは。「未知」を通り越して「神秘」とすら呼べる、複雑怪奇なプロジェクトを操るには不足だった。

 だから、唯一人、彼女が及ばなかった者が選ばれた。

 これは本来、それで終わった話だ。或る意味では、蛇足に等しい。それでも。

「敵が狙うなら、この船団で代えの効かないもの……」

 その推測は正しいだろう。彼女は、『炉心』と推察した。だが、替えの効かないものはもう一つある。

 それは、


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『最終目標は、計画総代、如月千里の抹殺だ』

 得体の知れない協力者に、何処まで内情を話すべきか躊躇いながら。『報障』は、そう口にした。

 斬首作戦は大同盟の十八番。以前、『業障』が『第三位』に仕掛けた際には失敗に終わったが……フィードバックは済んでいる。もとより、戦力に劣る彼女達に、これ以上は望むべくもない。

『ああ、それは……素晴らしいことですね』

 それを聞き、鉄の揺り籠の中で、嘗て一度敗れた彼女は恍惚と共に思う。古きものは、常に競争に晒されねばならない。それは、より良い未来をつかみ取るために必要なものだからだ。

 すべては、人類を護るため。人類最良の時代を、再び続けるために。

 彼女は。は静かに頷いた。

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