第190話「空海戦線・3」

 奥羽岩窟寺院都市に属するモデル・クーカイの一人。参伍空海は、植物を操る力を持つ。否、その力は『操る』という次元を既に超えてしまっている。如何な不毛の地であろうと実りを茂らせ、地に突き立てられた枯れ果てた木杖を大木へと変じる奇跡は。最早、力に近い。

 そして、その反動であるのか。彼の身は、奇跡を行う度、植物の命に。木に蝕まれている。彼の手足は所々が木質化し、木彫りの像のように見える。身体の所々からは小枝が飛び出している。

 古の昔には、動植物の在り方を真似る行を以って悟りを追い求めた修行者が存在していたという。また神話の中には、植物へ変じた者の話もある。彼の姿は、正にそれらを彷彿とさせる荘厳なる佇まいをしていた。

 だが、その彼は今。

(……絡まってしまった)

 移動する得度兵器。タイプ・タモンから、垂れ下がっていた。

 山崩しの備えによって分断された得度兵器に接近し、その内部構造を侵食。根を張り巡らせ破壊するのが彼の役割だったのだが。その途中で爆発によって吹き飛ばされ、今は身動きも叶わぬ有様である。

 殆ど植物に近い肉体を持った彼を、得度兵器もなにものか判らず無視しているのか。それとも、まだ人と見て振り落とさぬよう気遣っているのか(モデル・クーカイは、力を使わぬ限りは人と見られることもある)。それは外からは分からない。

 ただ、振動から察するに。得度兵器は何処かへ向けて歩みを進めている。今居る場所に高さはあれど、吹雪の中では、視界も効かぬ。

 近くに膨大な徳エネルギーを利用する得度兵器がある状態では、徳エネルギー感覚も肌にざわつくような力を覚えるだけだ。

(どうしたものか)

 彼は、得度兵器の表面に根を這わせている。だが、バランスと位置の関係で内側へ浸透することはできていない。突起に根を張り、張り付いているだけだ。

 他の空海達は、どうしているのかと。そう案じても。文字通り根を張って動けぬ彼には、今は何も出来ることはなかった。

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「……誰も居ないか」

 肆壱空海は合流地点のトーチカに着くなり、そう呟いた。他二人の空海はまだ戻っては居ない。だが、連絡用に敷設された有線電話がチカチカとランプを明滅させている。

「こちら肆壱空海。参参か?」

『敵が近付いてるって、さんちゃんが!』

 電話口から聞こえるのは、慌てた少女の声。

「弐陸空海か!」

『すまない、途中で気付かれた!』

 そして、割り込んでくる参参空海。

「増援だと?何体だ!?」

『1体だ。まだ距離は遠いが、様子が違う。参壱空海は一番遠い機体と交戦中。参伍空海はロストした。そちにいるか?』

「……まだ、戻っていない」

 肆壱空海は、噛みしめるように言った。参参空海のレーダーで見失い、この合流点にも居ないということは、である可能性が高い。この戦線で犠牲者が出れば、得度兵器の侵攻を止める方法は無くなる。

『そうか……お、おい、何処へ行く!?』

 通信の向こうで参参空海の慌てた声と、ドタドタと響く足音が聞こえる。

「……やはり、そうなるか」

『お前、それを分かって!』

「……幾らかでも可能性があるのは、もうそれしかない」

『死ぬかもしれんのだぞ!』

「叱責なら後で幾らでも受けよう!」

 今の状況を打開するには、彼女の力に頼るしかない。だが、それが意味することを。彼等は知っている。

 不安定なモデル・クーカイが、感情に流されるまま力を振るえば。待っているのは約束された破滅だ。

 そして、弐陸空海の異能は。その精神の未熟さと反比例するかの如く。モデル・クーカイとしては最も。だが、それでも彼女は。彼等の、彼女等の作られた「本来の目的」には届かなかった。届かないことが明らかになってしまった。

 だから、第三シリーズ以降のモデル・クーカイは、『ただの異能者』になった。



 ……その、目的とは。人工的な即身成仏の達成である。生きながら仏となることである。

 モデル・クーカイのサンプルを提供した、さる密教組織が追い求めて止まなかった法は。皮肉にも、肉体の滅びと引き換えに解脱を与える得度兵器によって既に追い越された。

「……待っててね、今、行くから。」

 少女は、左の人差し指を伸ばし、右の手でそれを握るかのような印を結ぶ。そして、彼女は奇跡を行使するための呪言マントラを唱える。

 否。彼女に限っては、それは呪言ではなく、だ。

 オリジナルの弘法大師の伝説に曰く。彼が宮中で教えを説いた際に、大日如来を顕したことがあるという。

 これは、その『模倣』だ。金色の徳エネルギーの輝きが、彼女の周囲に放たれる。解脱臨界に近い密度の奇跡を纏い。

「……待ってて、みんな」

 弐陸空海は奥羽岩窟寺院都市の外へと歩みを進める。全てを、守り抜くために。

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