第188話「空海戦線」Side:空海

「方位185°、距離2500。戦闘型4」

 感覚系の異能を持った細眼の空海が、敵の位置と数を伝える。

「……トーチカから位置が遠い。進路を変えさせ、分断の後挟撃する」

 現在の空海達の司令塔、眼鏡をかけた優男の坊主、といった佇まいの肆壱空海は迎撃方針を瞬時に固める。

 敵は恐らく、ではなく戦闘型得度兵器。一機一機が空海一人の手には余る難敵だ。

 遥か南で、戦いの準備が進められる間。奥羽山岳寺院都市は、得度兵器に対する限定攻勢に出ていた。目的は、北部に対する得度兵器戦力の集中。言うなれば、時間稼ぎだ。

 長期的に見れば、それは己の首を締める行為である。だが、彼等はもう、一人ではない。あの放送があった日から、それを彼等は知っていた。

 一日でも一体でも多く引き付ければ。誰かが、その機を活かしてくれる。この戦いは、自分達のためではない。それは、万の援軍よりも心強く、徳の高い事実だ。

「前正覚山の備えを使う。大僧正に伝達を」

「しかし、あれは一度しか……」

「今の戦力で、四機一度の相手は無理だ」

「ちょっと、どういうことなの!」

 その時。ビシャンと部屋の襖が開く。姿を現したのは、髪を2つに分けて結んだ、袈裟姿の少女。弐陸空海。

「私が出れば、四体くらいどうってこと……」

「聞いていたか」

 肆壱空海は、温度差で曇った眼鏡のレンズを拭きながら答える。

「お前は切札だ。迂闊に徳を損なわせる訳には行かぬ」

 功徳の酷使は、使用者の身体にダメージを与える。外見的に顕著なのは脱毛だが、それ以外にもリスクがある。とりわけ、初期モデルのモデル・クーカイには。

「でも、今の戦いは、私達が生き延びるためだけじゃない!」

「壱参空海のようになりたいのか?」

「……ッ!」

 肆壱空海の言葉で、弐陸空海は押し黙った。初期型のモデル・クーカイは、無法な法力の代償に、安定性に欠陥を抱えている。

 だからこそ、彼女を前線に出すわけには行かぬのだと。そう言い聞かせるべきなのだが。

「さんちゃんのバーカ!バーカ!」

 言葉に詰まった挙句そう言い残し、ドタタタタ、と足音を響かせながら、弐陸空海は走り去って行った。

「なぜ私に罵倒を……」

 レーダー役を努めていた空海……参参空海が呟く。

「すまない、感情のやり場が無いのだろう。それに、彼女は私よりも貴方に懐いていた」

「……それに、壱参空海達のことを持ち出すのはやり過ぎだ」

「……申し訳ない。だが、」

 彼の奇跡の暴走と、その終焉を感じ取ったのは……此処に居る参参空海本人だ。そして、その後に現れた、夥しい数の得度兵器達を。ただ座して見守る決断をしたのは、他ならぬ肆壱空海だ。

「それだけ、弐陸空海は重要ということだ」

「彼女も、自分の『役割』は分かっていよう。今はそれよりも」

 得度兵器が、近付いている。

「ああ。分断工作後、他の2人と合流し、一体ずつ破壊して行く。動きに変化があれば、トーチカの有線通信で」

「いつもの手順だな」

 無線通信は、得度兵器に傍受される危険があるのだ。

 奥羽岩窟寺院都市に、低い地鳴りが木霊する。それはまるで、大地の啼き声の如き不気味な音だ。大地の唸りを掻き消すように。都市中に経文の声が木霊する。

 地鳴りの後にパラパラと、天井から埃や岩屑が降り注ぐ。釈迦の伝説に因み、『前正覚山』と名付けられた、山岳地帯の入り口に仕掛けられた発破が使われたのだ。

「……これで、倒せれば良いのだが」

「無理だろう」

 呟く参参空海に、肆壱空海は首を横に振る。得度兵器の側も、進歩を続けている。以前ならば、この山崩しで行動不能に追い込めただろうが。今はもう、時間稼ぎ程度にしかなるまい。

「ご武運を」

「行ってくる」

 参参空海は、この都市最大の目であり、耳だ。だから、此処から動けない。

 再び、都市の天蓋が揺れる。発破による山崩れの余波か、それとも得度兵器の攻撃なのか。それは定かではないが。

「……この戦いにも、終わりが近付いているのかもしれない」

 参参空海は、そう呟くと。一人になった居室で静かに合掌し、戦場を俯瞰するために再び瞑想に入る。

 仲間達の武運と。そして、人の世界が終わらぬことを祈りながら。




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ブッシャリオンTips 参参空海

 モデル・クーカイは多かれ少なかれ徳エネルギーの変動を感知する能力を持っているが、その長所を極大まで伸ばしたのが参参空海である。彼は奥羽岩窟寺院都市の『眼』として、日夜瞑想を続けている。


攻撃力:無 防御力:低 感知力:高 持続力:高 成長性:中

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