第七章

第60話「早すぎる再会」

 肆捌空海は地下トンネルを駆ける。目指すは、あの『箱庭』の中だ。

「……自ら作った箱庭を壊すことはあるまい」

 それが、彼の狙いだった。ここは得度兵器の勢力圏内。敵の数は無尽蔵と考えるべきだ。片や、一月に及ぶ連戦と不法侵入、更には田中ブッダとの交戦によって、彼の徳は尽きかけている。

 今の段階での得度兵器勢力圏の突破は無謀過ぎる。徳を少しでも回復させ、力を蓄え、方針を練る。そのためには時間が必要だ。時間を稼ぐには、『箱庭』内側へ戻る他無い。

「また、あの少年の世話になるのか……」

 彼は別れたばかりの少年のことを思いだす。思えば、少年の家族には別れも告げず飛び出してしまった。非礼を償う機会を得られたと思えば、この成り行きも悪くは無い。

 仄暗い非常灯が照らす通路は終わり、少年と別れた出口を通りぬけ、肆捌空海はエレベーターの前へ辿り着いた。幸いにして、エレベーターはまだ生きている。

 施設を出る前にアクセスした対話機械の電源が切れたのを思うに、別系統の電源があるのやもしれない、と肆捌空海は今更ながらに考える。この地下施設の構造は、細かい部分でどこか彼の育った奥羽岩窟寺院都市に似ている。

 待ちぼうける肆捌空海の前で、エレベーターの扉が開く。そこには……酷く怯えた様子の、あの少年が佇んでいた。

「坊さん!戻ってきたんか!!」

 空海を見るなり、少年は彼に縋り付く。

「一体どうした」

 この怯え方は只事ではない。

「う、上に、でっけえロボットがいんだ……!」

「ロボット。得度兵器か!」

 馬鹿な。この『箱庭』を破壊する気なのか。

「そんで、ここまで逃げて来て」

「……得度兵器は何体居る」

「見えたんは一つだけだ」

「上へ戻るぞ」

 空海は即断した。今は僅かでも情報が欲しい。それに得度兵器が闊歩しているならば、村の人間に被害が及ぶ危険もある。

 少年を引き摺るようにエレベーターへ乗り込み、二人は再び地上へと向かう。

「でも……戻って、どうすんだ」

 少年は不安そうに空海に尋ねる。

「得度兵器が襲ってくるならば、破壊するまでだ」

 だが、如何にして。既に肆捌空海の『奇跡』は尽きた。次に発動すれば命を捨てることとなろう。

「この村には、一宿一飯の恩がある」

 だから彼はただそう言って、少年の肩に手を置いた。

 階数パネルの光が『1F』で止まり、扉が開く。発電所の事務所建物の外は、少年が見た時と変わらず暴風雨が吹き荒れている。肆捌空海は少年に手を引かれ、建物の外へ出た。

「……あれだ」

 少年は、彼方を指差した。そこでは、やはり変わらず……大きな影が闇の中で蠢いている。

「やはり得度兵器か。それも……恐らくは戦闘用」

 仏像の姿。仄かに輝く、赤い機体色。顔には憤怒の相。よく見ると、頭には馬の飾りが装備されている。得度兵器、タイプ・バトウ。

 戦闘用得度兵器は、万全な状態で壱参空海と攻守を分担し漸く倒せる難敵だ。だが彼は既に亡く、徳も尽きた今、一人でどこまで戦えるものか。

 しかし、そこで肆捌空海は疑問を抱いた。戦闘用得度兵器には、強制解脱のための徳エネルギー兵器は搭載されていない筈。この村の人間を解脱させるならば、何故戦闘用の機体が出てくる?

「……何かが、おかしい」

「おかしいことだらけだ……」

 呟く少年に構わず、肆捌空海は思考を進める。得度兵器は、原則として人間を殺さない。彼等が殺傷するのは、『人間ではない』と判断したもの。例えば、徳エネルギーを操る空海達。あの女性のような舎利ボーグ。大まかには『解脱しない命』だ。

 得度兵器が狂ったのでなく、村の外に出た空海ではなく村の人間を殺戮しようとしているならば。それは村の人間達を『人間ではない』と判断したことになる。

 『尤も、彼等は合理的だ』田中ブッダの言葉が脳内を反響する。『そのためだけに、あの村を組み上げた訳では無論無いがね』

「この村の人間は、まさか」

 仮に、そうだとすれば説明がつく。得度兵器が村の人間を殺そうとしていることも。時代ごと偽装を行ってまで、村から徹底的に徳エネルギーを排除し、遠ざけてきたことも。そして恐らく、彼が得度兵器によって村へ運び込まれたことも。

「……天然の、覚醒者か」




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ブッシャリオンTips 覚醒者(Lv 1)

 徳エネルギーを生身で操作可能な人間の総称。モデル・クーカイのような人工的に製造された者を含む場合もあるが、多くは徳エネルギーを操作できても『奇跡』として具象化するには至らない。

 そもそも徳を『奇跡』を発生させられるレベルまで積めることは徳エネルギー文明以前は極めて稀であった。加えて、仮に徳を積んだとしても、徳を徳エネルギーへ生身で変換することができず、気付かれないケースも多かったと考えられる。

 生身のまま膨大な徳エネルギーを直接身体に受ける状況でも発生しない限りは、その存在が明るみに出ることは恐らく無いだろう。

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