間章

第58話「お前は誰だ」

 肆捌空海がトンネルを抜けると、そこは元の世界だった。赤い雪の舞う荒野。何も変わらぬ、アフター徳カリプスの世界。あの村での出来事が、まるで夢の中であったかのようだ。

 ただ一つ、いつもと違う点。それは、人工物が視界の大半を覆い尽くしていることだ。

「ここは、もしや」

 得度兵器の『拠点』。奥羽山岳寺院都市が戦う、外殻防衛戦の遥かに内側。つまり、恐らくは南の方向。

「あの村は、得度兵器の領土内にあったのか……」

 肆捌空海は必死で頭を働かせる。ここから北へ突破するには、どうすれば良いのか。今は姿こそ見えないが、得度兵器に発見されれば瞬きひとつする暇もなく死に至る。

 しかし、肆捌空海に最早迷いはない。例え遙かなる道であろうと、彼は故郷への道を歩み続けるだろう。

「結局のところ問題は、如何にして潜り抜けるかだ」

 既に発見されていてもおかしくはない。だが、得度兵器は徳エネルギーの変動を探知するセンサーを持つ。『奇跡』の使用は可能な限り避けるべきだろう。

 その時、彼の耳は聞き慣れない高周波音を捉えた。マニタービンの音ではない。彼は身体を伏せ、息を殺し、目を凝らす。やがて、巨大な黒い鳥が天から姿を現す。

 今まさに眼前でホバリングから着陸態勢に移らんとしている、機械でできた黒い鳥。飛行型得度兵器、タイプ・ガルーダ。機械達の持つ空の目。

 だが、肆捌空海の目は更に別のものを捉えていた。

 タイプ・ガルーダの機体に、片手でしがみつく人間。いや、あのようなことをする者が、ただの人間であるものか。

 人間……男の半身は、仏像だった。そして、そのもう片側の手に持つものは。

「……仏舎利」

 仏舎利カプセル。見紛うことなき、彼が山中で遺棄したカプセルそのものだ。

 肆捌空海は、無意識の内に叫びながら駆け出していた。彼の内には様々な感情が渦巻いていた。それは涅槃からは程遠かった。

 『認められない』。彼の心に渦巻く感情は、この一点に収斂した。得度兵器兵器に手を貸す人間。そして、奪われた仏舎利。彼は、その現実を認められなかったのだ。

 あの少年には現実を説いたというのに。

「それを、還せ!」

 肆捌空海は、盾の形に圧縮した徳エネルギーフィールドをハーフブッダマスクの男めがけて投擲する。ハーフブッダマスクの男は空海を一瞥すると、得度兵器の機体から手を離し……盾をその片手で受け止め……そのまま分解し、掌から吸収した!

「……徳エネルギー操作能力。覚醒者か」

 悠々と地面に降り立ったハーフブッダマスクの男が肆捌空海を見据える。彼はその視線に、思わず気圧された。男の片目に、桃色の徳エネルギーの光が灯る。

「お前は、誰だ」

 それでも、肆捌空海は問い質す。

「先に私の質問に答えて貰おう」

 男は飛び降り、タイプ・ガルーダの口が空海を指向する。何らかの兵器の類か。

「……肆捌空海」

 空海は折れ、名を答えた。アンブッシュに対してもあの反応。そして、『奇跡』を受け付けぬ身体。この男は、只者ではない。

「モデル・クーカイ……サードシリーズ以降の最終型か」

「お前は、何者だ」

「田中ブッダ。人を滅びに導く者だ」

 男はただ厳かにそう告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る