第56話「巨大施設と死にたがりの道化」
エレベーターは下降する。パネルの一番下……B12Fのボタンを押したが、それ以上の深さを下っている気がする。
いや、自分は地上12階のビルすら、生まれてこの方登ったことが無いのだ。 自分も坊さんも無言のまま、エレベーターは地下12階で停止し、ドアが開く。
冷たく、埃っぽい空気がエレベーターの中へ流れこむ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
思わず俺はむせ返る。
「平気か?」
坊さんは俺の手を取り、エレベーターを降りる。目の前には薄暗い巨大な空間。よく見えずとも、足音の反響でその空間がただならぬ大きさであることは察しがつく。そして……微かな水の流れる音。
「こいつは……」
この空間の広さは、発電所の真下だけではないだろう。村の真下全域に広がっていても、おかしくはない
「水を媒介に、徳エネルギーを循環させているのだろうか……」
坊さんは、水路に手を突っ込む。次の瞬間、目の前の床に広大な光の紋様が浮かび上がった。
いや、違う。水路だ。敷き詰められた水路の水が光を放っているのだ。全体像はとても見渡せないが、水路は魔法陣めいた複雑な図形の形をしている。
「こいつあ、なんだ」
俺は、それだけ口にするのがやっとだった。この空間は何だ。この建物は発電所ではなかったのか。一体何をするためのものなのか。
「これは、恐らく巨大な徳ジェネレータだ」
「徳……ジェネレータ?」
さっぱり分からないが、徳エネルギーとやらに関連する用語であることだけはわかった。言われてみれば、昨晩の話の中に出てきたような気もする。
「規模は桁違いだが、曼荼羅サーキットの構造とよく似ているように見える。『発電所』というのは、間違ってはいまい」
「これが、村の問題……?」
「そういうことだ。村の地下全体が巨大な徳ジェネレータ……即ち、得度兵器の餌場ということになる」
謎の用語が度々出てくるのにはいい加減慣れたが、それは一体、どういうことなのか。
いや、既に情報は揃っている。仮説は出来ている。俺はそれを認めたくないだけだ。
「ここは、2010年などではない。26世紀の地球だ」
坊さんはそれを突き付けてくる。
「じゃあ、俺たちの村は、一体……」
「得度兵器が人工的に作り出した環境だろう。恐らく、村人の意識に介入し偽の記憶を植え付けて……」
機械の作り出した箱庭。エネルギー源にされる人間。まるで、何処かの映画の中の話のようだ。
だが、そこで坊さんは何かに気付いた様子だった。
「……いや、おかしい」
「これ以上、何がおかしいってんだよ……」
俺は今、今までの日常が作られたものだった幻想を受け止めるのに忙しいというのに。
「この徳ジェネレータは、起動していない」
「……は?ちょっと待てよ?」
この村は機械達のエネルギー源という話ではなかったのか。それが、使わていない?
「徳エネルギーの流れが感じられない。それに、古すぎる。明らかにここは、徳カリプス以前の施設だ」
坊さんは慌てて、エレベーターへ駆け戻る。俺はそれを追いかける。
「説明してくれ!」
「私にもわからぬ!」
「街はエネルギー源として機能していないにも関わらず、得度兵器は街を維持し続けている……これは、どういうことだ?いや、そもそも、このエレベーターといい……何故、『人間が使うための通路』が存在するのか。奥羽山岳寺院都市のように、シェルターをベースにしているのか?しかしそれにしても」
エレベーターの中で、坊さんはぶつぶつと何事かを呟いている。事情を聞こうにも、本人が混乱している様子だ。
「あの……もう上に戻るんか?」
恐る恐る、1Fのボタンを押そうとしながら声をかけると。
「いや、まだ調べたいことがある」
坊さんは、ボタンを押そうとする俺の手を掴み止めた。
「じゃあ何階に……」
「片端から調べる他あるまい」
「んでも、その得度兵器とかにバレたら」
「村の環境を崩す真似はしまいと踏んでいたが……その懸念も確かにあるか。調査を急がねば」
調査せず戻る、という選択肢は坊さんには無いらしい。エレベーターのボタンを全て押し、一階ずつ降りて調べていく。
先ほどの空間の上層部。タービンか何かの並ぶ、機械室らしき部屋。
謎の水槽。ゴミ処理場(多分)。ガラクタの転がる倉庫らしきスペース。特に収穫の無いまま、地下六階。
そこは、何かの研究室らしき部屋が並んでいた。廊下にプレートが出ている。『技術班』『環境班』『心理班』『生態班』『食料班』日本語の下に、英語の表記。
「まだ漢字が使われている頃か」
未来世界だと漢字は無いのか。いや、俺も……本当は、その世界の人間なのだ。 そんなことを考えながら、未来的な通路を進む。いや、これも『現代的』と言うべきかもしれない。
立ち並ぶ部屋の中で、一際大きそうな部屋がある。大きそう、というのはその部屋の周辺だけドアの間隔が離れているのだ。
プレートには、『主・モニタールーム』 と書かれている。
再び坊さんが鍵を焼き切り(俺は見ないふりをした)、俺達はその部屋へ侵入する。そこは、石柱のようなものが立ち並ぶ奇妙な空間だった。よく見ると、石柱にはスイッチが付いている。
「これ、何だ?」
「押してみよう」 坊さんは無遠慮にスイッチを押し込んだ。
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