第54話「破綻」
22世紀。月面大加速機によって、大統一理論の破綻が観測される。世界人口が減少開始。
23世紀。ブッシャリオン発見。温暖化の影響が深刻化。地球寒冷化予測。惑星改造実験の開始。火星入植。
24世紀。次世代エネルギーを巡る幾つもの提案。徳ジェネレータ完成。徳エネルギー社会の到来。
25世紀。マニタービンの発明。徳エネルギーによる人類最良の時代。●●●●●の建造を境に、宇宙開発は衰退。
そして、26世紀。徳エネルギーの時代は突如として終わりを告げた。
「……だが、痕跡はあった」
そう呟き、肆捌空海は畑に鍬を振り下ろす。彼は今、一宿一飯の恩を返すべく農作業の手伝いをしているのだ。彼の学んだ歴史が不正確なものである可能性も無論ある。それでも大きく違うというということはあるまい。
あのトラックには、徳エネルギーの微かな痕跡があった。
覚醒者の彼でなくば、発見出来ないであろうごく僅かな痕跡。それは、この箱庭を維持する何者かの小さな瑕疵。
「そもそも、私がここへ迷い込んだことも、か」
彼自身が迷い込んだのか、連れて来られたのか。それはわからない。ただ、何が起こっているのかには、おおよその検討がついた。
誰が黒幕であるのかもだ。そも、『この時代』にそれができる存在は一つしか無い。
「……だが何故」
振り下ろした鍬が硬い音を立てる。畑の中の石にぶつかったようだ。空海は腰を下ろし、石を退ける。
『何故』。何故、このような場所を作ったのか。それだけがわからない。あまりにも非合理的だ。
例え、万能に近い機械と言えど。数百年前の村を作り上げるだけならば兎も角、そこに人を住まわせ続け、あまつさえ彼等の記憶すらも支配するなど。
可能性は幾つもある。機械の思考ならば、そもそも人には理解できないこともあろう。
「考えても仕方の無いことか」
あの壱参空海も、嘗てそう言っていた。お前は考えすぎる、と。彼特有の言い回しで。
それでも、この場所で人は生きているのだから。例えここがフラスコの中だとしても。暮らす人々は、確かに己の人生を生きている。彼が今まさに巻き込まんとしている少年もまたそうだ。
「それを壊す権利など……誰にも無い筈だ」
肆捌空海は再び、力強く鍬を振り下ろした。
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学校へは、いつも通りの時間に到着した。
十人ほどしか居ないクラスメイトといつも通りに挨拶を交わし、自分の席へ向かう。
いつも通りの教室。いつも通りの授業。いつも通りでないのは、自分の頭の中だけだ。数百年先の未来。けれど……どこか、覚えのある感覚。まるで、物語の主人公のような。
「そっか、そのもんだな」
まるで、物語の主人公そのものだ。何か特別な存在と出会い、何か特別な秘密を共有し、何か特別な敵と戦う。誰もが一度は焦れる特別な、けれど何処にでもある夢だ。
だけど、どうしてだろう。俺の心が、微塵もワクワクしないのは。一時の高揚が収まってしまえば、後に残ったのは不安だけだった。
まだ続く筈だった日常が、ここで終わるような不安。確かだったものが不確かになってしまうような、捉えどころの無い不気味な感触。
「何が、そのもんなの?」
その日に限って、俺は頭が一杯だった。誰かに声をかけられていることにすら気が付かない程に。
「……ん?」
だから、気が付くと。
クラスメイトの女子の顔が目の前にあった。そして、全く関係ないところで昨晩出来たてホヤホヤのトラウマが火を噴く。
「全然気付かないんだもん」
「す、すまん……考え事が」
何となく謝ってしまう。
「ねぇ、放課後、暇?」
「…………」
これは夢だろうか。いや、まだ何かの誘いと判断するには早い。
ふと周囲を見回すと、クラスメイトがニヤニヤしながらこちらを見ている。
……迂闊だった。こんな状況になるまで、意識を何処かへやっていたなんて。
「放課後は……その」
どうすべきか。放課後は、坊さんを発電所まで案内するという約束がある。それでも、女子の誘いを袖にするなんて。
「家の手伝いが、あっから。明日なら、」
それでも、俺には約束を破ることは出来なかった。言い終えた端から後悔は始まった。
「そっか。じゃあ、また今度ね」
俺は知っている。その『また』が決して来ないであろうことを。多くの人間は、付き合いの悪い奴を何度も誘うほど暇ではないのだ。
俺はきっと、この日の後悔を抱えて、この先の人生を生きていくのだろう。
それでも、無慈悲に放課後はやって来るのだ。
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