第3話「仏舎利」

 舗装の剥がれたメインストリートにはバラックが立ち並び、所々建物の前には得体のしれない機械パーツや経文、仏像などが広げられている。

 埃っぽい、雑然とした街。旧タティカワ実験都市。徳カリプス以前は最先端の技術実証に用いられる模擬都市であったそこは、今や採掘屋が集うスラム、或いは難民キャンプの様相を呈している。

「……あの爺さんも謎が多いな」

「あまり詮索するな。あの爺さんが居るから、徳ジェネレータが動かせるんだ」

 老人と別れたガンジーとクーカイは、ささやかな祝杯を上げんとメインストリートをうろついていた。ソクシンブツの発見報酬を当てにした前祝いである。

 実験都市の環境は、お世辞にも住みやすいとは言えない。形こそ街を模しているものの、人が住むことを想定していないからだ。言わば、魂の入らない仏像のようなもの……だがそこには、使われていない徳ジェネレータがあった。そして街は、ほぼ無人であったが故に徳カリプスの災禍を免れた。

 十年で、形だけの都市は本物の街になった。徳エネルギーを奪い、貪る者達の街に。徳カリプスの生き残りの殆どは、徳の低い者、徳を信じられぬ者達だった。それを、あの老人が徳ジェネレータを盾に諌め、纏め上げた。

 徳カリプスで両親を失ったガンジーにとって、この街はもはや生まれ故郷も同然である。

「……そうだな。昔の話をすると、辛気臭くなっていけねぇ」

「考えてたのか?昔のこと」

「考えてねぇ」

ガンジーは考えていた。己の両親を奪った徳エネルギーのことを。それに背を向けて尚、逃げ切れていない自分のことを。

「店、いつものとこでいいな」

「ああ」


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「よう、お二人さん。お手柄だったじゃないか」

 『ハンニャ亭』と書かれた暖簾を潜り入店したガンジーとクーカイに、初老の男がカウンターの内側から声をかける。彼が店のマスターである。

「なんだ、マスター。奢ってくれるのか?」

「奢りはせんが……取っておきがある」

マスターは一本の酒瓶をカウンターの上へ取出す。

「……マスター、この酒は」

「徳カリプスから14年。その酒も、こいつが最後だ」

「い、いいのか……?」

「気持ちだ、受け取りな」

 街が、彼等を生かしている。食料面の不自由は今のところ無い。だが、それでも足りない物は出てくる。

 例えば、酒のような嗜好品は後回しにされていた。採掘屋達が使う無人偵察機(ドローン)を初めとする機械類も、今や過去の遺産を緩やかに食い潰す他ない。

「まぁ、あんたらみたいな採掘屋が別のコミュニティまで行ってくれるなら、また飲めるかもしれんがね」

 事実今回も、エネルギー不足で街は干からびかけたのだ。他の人里と交流できれば、それに越したことは無いのだが……

「今の装備では、リスクが高すぎる。得度兵器の密集地帯を抜けねばならん」

 クーカイはいつにもまして険しい表情で応える。

 『得度兵器』。徳カリプスと時期を同じくして、人の手より離れ野生化した機械知性体。彼らは人類を襲い、強制的に得度(出家)させ、解脱へと導く。人の徳を食い荒らし、糧とする存在だ。今やそれが、無人となった荒野に犇めいている。

 クーカイ達は幸いにして直接遭遇したことは無いが、何組もの採掘屋が得度兵器に襲われて消息を絶っていた。

「でもよクーカイ。どうせ何時かは、あそこを超えなきゃならねぇ」

「それはそうだが……」

「……いや、変な話を振って悪かった。だが、あんたらなら出来そうな気がしたんだ。その年で街一番の採掘屋の、あんたらなら」

クーカイが反論しようとしたところで、マスターは口を挟んだ。

「んじゃ、酒はいつか取ってくるから、今日のぶんはマスターの奢りってことで」

「……その酒の分は、出世払いにしてやるよ」

「聞いたかクーカイ、今日は飲むぞ」

「いや……俺は、酒はちょっとだな」

若人達は勝利の美酒を浴び、夜は静かに更けて行く。




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ブッシャリオンTips  徳ジェネレータ

 形而上の存在である徳から徳エネルギーを取り出す変換装置、或いは門。徳エネルギー文明の要。

 本来は徳の高い人間が中に入って徳エネルギーを取り出すが、ガンジー達の街ではソクシンブツを初めとする徳遺物で代用している。

 徳カリプス時に多くの徳ジェネレータがオーバーロードによって破損したため、アフター徳カリプスの世界では貴重な逸品。

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