【17話】ヒールブリューヘン城攻略戦
『――人間だと!? ブブゥッ!』
『プッギィイイ――?』
「これ……何の騒ぎ?」
リーナカインは目をつぶると、二つに結い分けた金色髪をかきあげて耳を澄ました。
息を殺し、響いてくる声と音に集中する。
音が伝えてくれる情報を知ることは、食人怪物たちの巣窟となった城で生き延びる秘訣でもあった。
何かに対する驚き、怒号、そして――悲鳴。
悲鳴とはいっても、生きたまま生食用として連れてこられた人間の叫び、耳を覆いたくなるような絶望の嘆きではない。
ブタ人間たちが発した断末魔の汚らしい声だ。
――まさか、人間の軍隊が来たの!?
待ち望んでいた救援が来た、という可能性に縋りたくなるが、リーナカインは再び冷静に知性と分析のスキルを発動させる。
まず、鎧や剣がたてる独特の金属音がしない。
大人数の足音も、指揮を執る指揮官の声やラッパの音も聞こえない。
通常の武具では倒す事さえ困難な「偉大なる種族」。そんな
この時点で正規軍のような、国家級の軍の仕業ではないと判断が付いた。
――なら、一体何?
武具の音がしないが、代わりに何かが弾けるような、湿った
つまり、違う「何か」が襲来し、城内を混乱に陥れているのだ。
それはリーナカインにとって敵か味方かは解らない。
下手をすれば、もっと危険な存在が肥え太った豚人間を「収穫」しに来たという可能性だってあるのだ。
だが、一つ言えることはリーナカインにとって、千載一遇のチャンスという事だった。
この混乱に乗じて城を抜け出して、大陸最大の都市国家ベイラ・リュウガインを目指すのだ。そこは大陸随一を誇る屈強な軍に、高度な錬金術の研究機関もある。間違いなく今も抵抗を続けているはずなのだ。
と、なればこうしてはいられない。
研究成果書かれた紙を肩掛けのカバンに詰め込むと、城の中から拾い集めた「ドロップス」の結晶の入ったビンも入れる。
ドロップスは傭兵団と行動を共にしていた時に、運よく倒せた固体から手に入れた貴重なものだ。
ここからまずは王妃の部屋か玉座の間に向かう。そこは連中の目も少なく手薄なはずだ。
「あ、それと!」
貴重なピクルスの瓶を2つカバンに入れてから、脱ぎ捨ててあった『
金色の髪を纏めて仕舞い込むと、リーナカインは最後に頭をスッポリと覆う豚の仮面を被った。
そこには、ツギハギだらけの見事な「
「……さよなら、私の
リーナカイン一度振り返って小さく呟くと、隠し通路への扉をそっと押し開けた。
◇
「キラリ! 正面から5体! 後方2体!」
「うんっ!」
耳から聞こえてくるホイップルの声に、キラリは銃のように水平に掲げた「人差し指」を向けると、次々と「光弾」を放った。
城内に舞う塵が、キラリの放った高エネルギー
それは前方20メートル先、廊下を曲がった角に現れた5体の
『――ギョ、オォオオッ!?』
『ブギョベラッ――!』
着弾した次の瞬間、風船のように膨らんだ
キラリの眼前から敵を意味する赤いマーカが消滅した。
「討伐数167体! エネルギー残存率72% 凄い……絶好調っプル」
「うん、エネルギーはミュウに沢山貰ったからね」
「最小のエネルギー効率で最大の効果……レベルアップしたっプルね」
「ははは」
キラリは少し照れたように微笑む。此処に乗り込む前に、馬車のなかでミュウが優しく、腕だけでなく首筋や胸や背中を手のひらでマッサージしてくれたのだ。
それはとても心地のいい「エネルギー充填」の時間だった。
--だからこその、この
おまけに息一つ乱してはいない。
戦闘マシーンのような正確さで、キラリは背後に迫っていた二体の敵がに向けて、振り向きざまに二発の光弾を放った。
小指の先ほどの「光の弾丸」は正確に
内側から沸騰し気化した体液が、身体をゴム風船のように膨らませ炸裂させる。
残虐とさえ言える圧倒的な破壊力、血の飛び散る光景に、キラリはもう慣れた。
それどころか、無抵抗のまま殺されていった人達のことを思うと、こんな死さえ生ぬるいとさえ思えてくる。
――倒す。全部……こいつらを!
「キラリ、呼吸と心拍数が乱れてきたプル、疲れてきたっプル?」
「あ……ううん、平気。それよりミュウとアークリートさんは?」
「安全になった階下から捜索しているっプル。残念ながら生存者は……居ないと思うっプルが」
「だとしても、この城の化け物は全部、倒す」
キラリはぎゅっと拳を握り締めた。
「キラリ……」
ホイップルが頭部のヘルメットバイザーとして機能を提供する『
城の一階と二階部分は今の戦闘であらかた片付けた。
後は最上階の3階に、30匹程度の敵がいるようだ。一際輝く大きな赤い点が、この城の新しい主だと
「ミュウとアークリートと合流しよう。離れるのは心配だし……。それから上を目指そう」
「了解ップル」
――今から30分前。
連中から奪った馬車で城に乗り付けたキラリは、自らの姿を
馬車の荷台には、アークリートとミュウが潜んでいる。
突如現れた生きている人間に、城内は「生きエサがノコノコ現れた!」と一時、興奮でパニック状態へと陥った。
キラリは
ほぼ一撃で薙ぎ払った。
城の上から隠れて矢を放とうとした豚人間を、アークリートが
「お前らブタに矢など使えるものか!」
アークリートがポニーテールに纏めた青い髪を振り払いながら、吐き捨てるように言い放った。
「あ、ありがとうアークリートさん! ミュウも僕から離れないで」
「んっ!」
「では、行くぞ!」
キラリたち三人は城内へと突入した。
目的は、アークリートの友人だと言うリーンカインという少女の姿を探す事。
そして、この地域を支配している豚の王、ハーグ・ヴァーグを倒す事だ。
――そして。
キラリ達は遂に、最上階にある「玉座の間」へと辿りついた。目の前には技巧を凝らした重厚な扉がある。
王が謁見を行うための特別の部屋。
この扉の向こうラスボスが控えているというのは、実にお約束だ。
「……中に10匹ほど隠れているっプルね。この城の最後の生き残り、豚の王と側近、気をつけるっプル」
ホイップルは腕を壁につけて、中の様子を探った。
音と振動、体温、そしてドロップスの波動を検知しているのだ。
「よし。この部屋ごと吹き飛ばしちゃおう」
「エネルギーも6割残っているっプルし……キラリに任せるっプル」
ここまでくれば楽勝ムード、キラリは扉に手を翳した。
「下がっててミュウ、アークリートさん」
「お、おぃ何を……城ごと崩すなよ」
「んっ、んっ!」
数歩下がったアークリートの背後にミュウが隠れ、腕を掴んでいる。
と、その時。
「――きゃぁああああッ!? ……は、離して」
中からなんと少女の悲鳴が聞こえてきた。
その声に、アークリートがハッ! と鳶色の瞳を大きく見開いた。
「リーナ……リーナカイン!?」
「え!?」
キラリはエネルギーを集約していた手を止めた。
「キラリ! 中に人がいるっプル!?」
「え!? だって……全員豚人間だって……」
「わ、分からないっプル! と、兎に角助けるっプル!」
『ブギュルルウ!? 何故……オマエは……1人なのに、沢山居る? なぜ?』
「あ、あぁああっ!」
アークリートが扉を蹴飛ばして転がり込むと、そこには豚の「着ぐるみ」を纏った少女が、一際大きな豚の王と思われるブタに捕まっていた。
ブタの皮や毛皮を縫い合わせて作ったらしい着ぐるみで、
だが、今やミシミシと巨大な手で細い身体を握られて、少女は金髪を振り乱しながら苦痛にあえいでいる。
「リーナカイン!」
「――!? うそ……! アーク、アークリートなの!?」
金髪のお下げ髪の少女が、信じられないものを見るように、苦し気に呻き声をあげた。
『ブギュルルル! 美味そうな、人間が……また増えた……ブヒュルル!』
ブタの王が、赤い舌をダラリと垂らし、嘗め回すような下卑た視線をアークリートに向けた。
キラリの中で
だが、先にキレたのは
「貴ッ様ぁあああッ! リーナを……離せぇええっ!」
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