【17話】ヒールブリューヘン城攻略戦

『――人間だと!? ブブゥッ!』

『プッギィイイ――?』


 豚人間オーク達の驚愕と悲鳴ともつかない叫びが、城内から聞こえてきた。


「これ……何の騒ぎ?」


 リーナカインは目をつぶると、二つに結い分けた金色髪をかきあげて耳を澄ました。

 息を殺し、響いてくる声と音に集中する。

 音が伝えてくれる情報を知ることは、食人怪物たちの巣窟となった城で生き延びる秘訣でもあった。


 豚人間オーク達の声は、食料である人間の肉が届いたとき特有の、興奮とは違っていた。

 何かに対する驚き、怒号、そして――悲鳴。


 悲鳴とはいっても、生きたまま生食用として連れてこられた人間の叫び、耳を覆いたくなるような絶望の嘆きではない。

 ブタ人間たちが発した断末魔の汚らしい声だ。


 ――まさか、人間の軍隊が来たの!?


 待ち望んでいた救援が来た、という可能性に縋りたくなるが、リーナカインは再び冷静に知性と分析のスキルを発動させる。


 まず、鎧や剣がたてる独特の金属音がしない。

 大人数の足音も、指揮を執る指揮官の声やラッパの音も聞こえない。

 通常の武具では倒す事さえ困難な「偉大なる種族」。そんな豚人間オーク達が3百匹以上蠢くこの城を攻めるには、少なく見積もっても5千人以上の兵士が必要だろう。

 この時点で正規軍のような、国家級の軍の仕業ではないと判断が付いた。


 ――なら、一体何?


 武具の音がしないが、代わりに何かが弾けるような、湿った炸裂音・・・が聞こえてくる。


 つまり、違う「何か」が襲来し、城内を混乱に陥れているのだ。


 それはリーナカインにとって敵か味方かは解らない。

 下手をすれば、もっと危険な存在が肥え太った豚人間を「収穫」しに来たという可能性だってあるのだ。

 だが、一つ言えることはリーナカインにとって、千載一遇のチャンスという事だった。


 この混乱に乗じて城を抜け出して、大陸最大の都市国家ベイラ・リュウガインを目指すのだ。そこは大陸随一を誇る屈強な軍に、高度な錬金術の研究機関もある。間違いなく今も抵抗を続けているはずなのだ。


 と、なればこうしてはいられない。

 

 研究成果書かれた紙を肩掛けのカバンに詰め込むと、城の中から拾い集めた「ドロップス」の結晶の入ったビンも入れる。

 ドロップスは傭兵団と行動を共にしていた時に、運よく倒せた固体から手に入れた貴重なものだ。

 ここからまずは王妃の部屋か玉座の間に向かう。そこは連中の目も少なく手薄なはずだ。


「あ、それと!」


 貴重なピクルスの瓶を2つカバンに入れてから、脱ぎ捨ててあった『隠密ステルス着ぐるみ』に再び袖を通す。

 金色の髪を纏めて仕舞い込むと、リーナカインは最後に頭をスッポリと覆う豚の仮面を被った。

 そこには、ツギハギだらけの見事な「豚人間オーク」がいた。膨らんだ腹は荷物の詰まったカバンだ。


「……さよなら、私の研究室ラボ


 リーナカイン一度振り返って小さく呟くと、隠し通路への扉をそっと押し開けた。


 ◇


「キラリ! 正面から5体! 後方2体!」

「うんっ!」


 耳から聞こえてくるホイップルの声に、キラリは銃のように水平に掲げた「人差し指」を向けると、次々と「光弾」を放った。


 城内に舞う塵が、キラリの放った高エネルギー粒子塊ブリットで青白く輝き、矢のような軌跡を生む。

 それは前方20メートル先、廊下を曲がった角に現れた5体の豚人間オーク達の胸を、次々と正確に射抜いてゆく。


『――ギョ、オォオオッ!?』

『ブギョベラッ――!』


 着弾した次の瞬間、風船のように膨らんだ豚人間オークの身体が廊下を塞ぎ、次々に炸裂する。

 キラリの眼前から敵を意味する赤いマーカが消滅した。


「討伐数167体! エネルギー残存率72% 凄い……絶好調っプル」

「うん、エネルギーはミュウに沢山貰ったからね」

「最小のエネルギー効率で最大の効果……レベルアップしたっプルね」

「ははは」

 キラリは少し照れたように微笑む。此処に乗り込む前に、馬車のなかでミュウが優しく、腕だけでなく首筋や胸や背中を手のひらでマッサージしてくれたのだ。

 それはとても心地のいい「エネルギー充填」の時間だった。


 --だからこその、この出力パワー


 おまけに息一つ乱してはいない。

 戦闘マシーンのような正確さで、キラリは背後に迫っていた二体の敵がに向けて、振り向きざまに二発の光弾を放った。

 小指の先ほどの「光の弾丸」は正確に豚人間オークの心臓に到達した瞬間、直径1メートルほどの超高温プラズマへと化した。

 内側から沸騰し気化した体液が、身体をゴム風船のように膨らませ炸裂させる。

 残虐とさえ言える圧倒的な破壊力、血の飛び散る光景に、キラリはもう慣れた。

 それどころか、無抵抗のまま殺されていった人達のことを思うと、こんな死さえ生ぬるいとさえ思えてくる。


 ――倒す。全部……こいつらを!


「キラリ、呼吸と心拍数が乱れてきたプル、疲れてきたっプル?」

「あ……ううん、平気。それよりミュウとアークリートさんは?」


「安全になった階下から捜索しているっプル。残念ながら生存者は……居ないと思うっプルが」

「だとしても、この城の化け物は全部、倒す」


 キラリはぎゅっと拳を握り締めた。


「キラリ……」


 ホイップルが頭部のヘルメットバイザーとして機能を提供する『多元宇宙対人類種情報端末パラレルターミナル・パッド戦術情報支援形態タクティクス・モード』には、このヒールブリューヘン城の見取り図に合わせて、検知しうる範囲の敵を示す光点が輝いていた。

 城の一階と二階部分は今の戦闘であらかた片付けた。


 後は最上階の3階に、30匹程度の敵がいるようだ。一際輝く大きな赤い点が、この城の新しい主だとうそぶ豚人間オークの王だという。


「ミュウとアークリートと合流しよう。離れるのは心配だし……。それから上を目指そう」

「了解ップル」


 ――今から30分前。


 連中から奪った馬車で城に乗り付けたキラリは、自らの姿を豚人間オーク達の目の前に曝け出した。

 馬車の荷台には、アークリートとミュウが潜んでいる。

 突如現れた生きている人間に、城内は「生きエサがノコノコ現れた!」と一時、興奮でパニック状態へと陥った。


 キラリはを求めて集まってきた100匹近い敵の群れを一閃。

 ほぼ一撃で薙ぎ払った。

 豚人間オーク達の歓喜と興奮は、一瞬で悲鳴に変わり、城の中庭は文字通り「血の海」と化した。


 城の上から隠れて矢を放とうとした豚人間を、アークリートが攻城弩砲ヴァリスタで吹き飛ばした。


「お前らブタに矢など使えるものか!」

 アークリートがポニーテールに纏めた青い髪を振り払いながら、吐き捨てるように言い放った。


「あ、ありがとうアークリートさん! ミュウも僕から離れないで」

「んっ!」

「では、行くぞ!」


 キラリたち三人は城内へと突入した。

 目的は、アークリートの友人だと言うリーンカインという少女の姿を探す事。

 

 そして、この地域を支配している豚の王、ハーグ・ヴァーグを倒す事だ。


 ――そして。

 

 キラリ達は遂に、最上階にある「玉座の間」へと辿りついた。目の前には技巧を凝らした重厚な扉がある。

 王が謁見を行うための特別の部屋。

 この扉の向こうラスボスが控えているというのは、実にお約束だ。


「……中に10匹ほど隠れているっプルね。この城の最後の生き残り、豚の王と側近、気をつけるっプル」


 ホイップルは腕を壁につけて、中の様子を探った。

 音と振動、体温、そしてドロップスの波動を検知しているのだ。


「よし。この部屋ごと吹き飛ばしちゃおう」

「エネルギーも6割残っているっプルし……キラリに任せるっプル」


 ここまでくれば楽勝ムード、キラリは扉に手を翳した。


「下がっててミュウ、アークリートさん」

「お、おぃ何を……城ごと崩すなよ」

「んっ、んっ!」


 数歩下がったアークリートの背後にミュウが隠れ、腕を掴んでいる。


 と、その時。


「――きゃぁああああッ!? ……は、離して」


 中からなんと少女の悲鳴が聞こえてきた。

 その声に、アークリートがハッ! と鳶色の瞳を大きく見開いた。

「リーナ……リーナカイン!?」

「え!?」

 キラリはエネルギーを集約していた手を止めた。


「キラリ! 中に人がいるっプル!?」

「え!? だって……全員豚人間だって……」

「わ、分からないっプル! と、兎に角助けるっプル!」


『ブギュルルウ!? 何故……オマエは……1人なのに、沢山居る? なぜ?』

「あ、あぁああっ!」


 アークリートが扉を蹴飛ばして転がり込むと、そこには豚の「着ぐるみ」を纏った少女が、一際大きな豚の王と思われるブタに捕まっていた。

 

 ブタの皮や毛皮を縫い合わせて作ったらしい着ぐるみで、豚人間オークたちの目を誤魔化していたのだろうか?

 だが、今やミシミシと巨大な手で細い身体を握られて、少女は金髪を振り乱しながら苦痛にあえいでいる。


「リーナカイン!」

「――!? うそ……! アーク、アークリートなの!?」


 金髪のお下げ髪の少女が、信じられないものを見るように、苦し気に呻き声をあげた。


『ブギュルルル! 美味そうな、人間が……また増えた……ブヒュルル!』


 ブタの王が、赤い舌をダラリと垂らし、嘗め回すような下卑た視線をアークリートに向けた。


 キラリの中で滅殺・・の二文字が浮かぶ。

 だが、先にキレたのは女戦士アークリートだった。


「貴ッ様ぁあああッ! リーナを……離せぇええっ!」

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