【11話】試される力と旅の仲間

 ◇


 ――まただ。


 星園キラリは落胆していた。


 目の前に現れた「戦士」の格好をした女の人は、警戒心も露に、険しい顔つきてでキラリに剣を向けている。

 白い肌に鳶色の瞳。青みがかった銀髪をポニーテールに結わえている。


 キラリよりも二つぐらい年上だろうか? だからとっさに「おねえさん」と呼んだのだけれども……。


「お前は……何者だ? 一体……何をした!?」


 向けられた刃渡り60センチほどの短剣に、キラリは表情を凍りつかせた。


 少女戦士が構える武器いは、ゲームではおなじみの短剣ショートソードというものだが、目の前で見る本物は、殺傷武器としての迫力が全然違う。

 金属製の鋭く尖った先端は、一度相手の血を求めると、肉を切り裂き内臓にまで達し、容易に命を奪うことの出来るのだ。


 身体には金属と皮を組み合わせた甲冑を身に着けて、左手には小型の縦を装備している。その格好はまるでファンタジーRPGの登場人物そのものだ。


「そ、そんなもの向けないでよ! 僕はただ……助けようと」


「質問に答えろ! 見たところあの町の奴隷か? どうやって逃げ出した? さっきのアレは何だ? お前がやったのか?」


 矢継ぎ早に質問をする少女戦士は、警戒の色を解いていない。


 村を襲った豚人間オーク達を蹴散らした後、キラリとミュウは町の人たちに石を投げられて追い出された。

 必死で戦ってやっつけたというのに感謝されるどころか、逆に町の人々は報復を恐れ、キラリとミュウをあの化け物たちに差し出すとまで言ったのだ。


 そして、ミュウ共に町を逃げ出したのも束の間――。


 再び襲撃してきたのは、オオカミ顔の全裸怪人だった。


 必殺のビームを撃ってみたが、揺れる馬からではうまく当てられなかった。

 仕方なく森を目指して逃げていたところで、不思議な力を持った「矢」で助けてくれたのが、目の前の「お姉さん」だ。


 けれど、やはり感謝されるどころか、結局こんなふうに警戒されてしまうのであれば、自分はこの世界で招かれざる客なのではないか?


 そんな鬱屈した思いが心に沈着し始める。


「……もう、いいよ」


 キラリはそう言って肩を落とすと、踵を返し馬へと戻ろうとした。


「お……おい!? おま……」


 弓使いの少女戦士――アークリート――が、しょげて馬に戻ろうとする少年キラリの行動に驚き、慌てて呼び止めようとした。


 そのとき。

 突然飛び出してきた「水色クラゲ」がキラリの行く手を遮った。そして、


「コミュ力足りな過ぎップルゥウウっ!」

「――ッぶはぁ!?」


 バチィイイン! と横っ面を思い切り叩いた。首がぐりっと真横を向く程なので相当本気で殴ったのだろう。


「キラリ……!」


 キラリがよろけて、どしんと尻餅ちをつく。馬の上ではミュウが口元を手で押さえて声にならない悲鳴を上げた。


「な、殴ったな!? ゲーム以外で殴られた事ないのに!?」

「殴られずに大人になったヤツがいるかっプル!」


「いるわ普通に!」


 キラリはダッと起き上がると、水色クラゲを掴んでグニぃいいと引っ張った。

「甘いップル!」

「ぐぁ!?」

 水色クラゲも負けじと触手で両目を突いて脱出する。


 クラゲVS人間という訳の解らないケンカが始まったところで、ミュウがたまらず馬から飛び降りて二人の間に割ってはいる。


「いいっプル? キラリはもう少しいろいろコミュニケーションを取ろうと努力するべきっプル! あの娘だって助けてくれたっプルよ? ちゃんと説明すればきっとわかってくれるし、この世界の事だって知ることが出来るっプル! 何で誤解を受けただけでそんな風に諦めるップル!?」


 ミュウの胸に抱かれたままのホイップルが、瞳にゴー! と燃える炎のテクスチャを貼って一息に叫ぶ。


「だって……めんどくさいし」


「はっ!? じゃぁミュウとはどうして仲良しになれたっプル? 話すのが不自由なミュウと仲良くなれて、あの娘と仲良くなれない理由はないっプル!」


「う……ま、まぁ、それはそうだけど」


 確かにその通りだ。と、キラリは痛む左の頬を押さえつつ、足元に目線を落とし立ち尽くした。

 けれど確かに一理ある。

 RPGでもまずは情報集め。

 話しかけますか? で「いいえ」ではそこで話は終わりなのだ。


「……ごめん。ホイップル。やってみるよ」

「わかってくれたっプルか……ボクも殴って悪かったップル」


「お……おい? それで、お前たちは……その、何だ?」


 振り返ると少女戦士が、半ば呆れ顔で剣を収めた。


 とりあえずは、危険な者ではないと理解してくれたらしかった。


「ほら、キラリ、いくっっプル!」


 ホイップルが肘(?)でつつく。


「ぼ、僕はキラリ。その……、さっきは助けてくれてありがとう。ええと……凄い弓ですね?」


 ぎこちないうえに怪しい英語の日本語訳のようだが、なんとか言えた。


 ミュウの時とは違って、相手は尖ったナイフのような雰囲気の戦士なのだ。一歩間違えば首を切られないとも限らない。


「キラリ? ふぅん。変わった響きの名だな。だが、見たところ危険な輩ではないか。……わたしこそ助けてもらったな」

「あ、いや」


「アークリート、わたしの名だ。傭兵をやっていたから弓の扱いには慣れているんだ」


「……アークリート、さん。お陰で助かりました。あ、この子はミュウ」


 やはり女の人の名を呼ぶのは照れくさい。けれどアークリートは別段気にした風もなく、かなり大きな攻城弩砲ヴァリスタを拾い上げながら、キラリにたずねる。


「そうか。しかし二人はどこの国からきた? あまり見かけない感じだが?」


 アークリートと名乗った年上の少女は、黒髪のキラリと赤毛のミュウ、二人を見比べると、ぎこちないながらも笑みを見せた。


 肌や髪の色こそ違えども、やはり故郷に残してきた弟と妹と同じぐらいの年頃だ、と懐かしく思ったのだ。


「え……? どこからって……」

「……」


 キラリとミュウは顔を見合わせた。奴隷が出自を明かせないのは珍しいことではないのでアークリートはそれ以上何も聞かなかった。


「それよりキラリ、さっきの……もう一匹のオオカミはどうやって倒したんだ? 何かの……武器か?」

「あれは……僕の、魔物を倒す力なんだ。この世界に来たときに身に着けたのかは知らないけれど」

「倒す力……? 世界……?」


 その言葉に装備を整える手を止め、目を瞬かせるる。


「うん。手からビーム、あ、ええと、『光』みたいなものが出るんだ、こうして」


 ホワー! とキラリが中腰で手を水平にして、森の中の一本の木に向けるが……何もおこらない。エネルギー切れのようだった。


「あ、今は使い果たしちゃったみたいだ」

「キラリ……コシコシ!」

「い、今はいいよっ!」


 ミュウが気が付いて腕を擦ろうとするが、キラリが慌てて腕を高く上げる。すると今度はミュウが腕に飛びつこうと、ぴょんぴょんと跳ねた。


「……はは。面白いな君たちは……どうだ、行く宛てもないなら、一緒に旅をしないか?」


 アークリートはその様子に目を細め、何か大切なものでも見つけたような、懐かしいものでも探しあてたような瞳で二人を見た。


「え? 旅を……」

「……キラリ……」


 キラリとミュウが顔を見合わせる。

 行く宛てもない二人にとってこれはこの上ない申し出といえた。


「まぁ、この世界に逃げ場なんてそうそう無い。けれど……どこかにまだ、平穏な地があるはずなんだ」

 アークリートは森の木々の向こうに見える地平線目線を向け、そして言葉を継ぎ足す。


「もちろん、そんな場所を見つけるのは、化け物を倒して生きねばならないさ。ダメでも……最後まで誰かを守って戦って死ぬのも悪くない。どうだ、それでも行くか?」


「はい! こちらこそお願いいます、アークリート……さん!」

 キラリにとっては渡りに船。申し出を有り難く受け入れる事にする。


「よし、決まりだ。それと、アークリートでいい」


「それはそうと、ボクの紹介がまだではないっプル?」

 ホイップルが割り込んできて可愛らしく瞳を輝かせた。

「で、このクラゲはなんだ? 海で見たことがある気がするが……喋るのか?」


「ボクの名はホイップル! 早速ですがアークリートちゃん、キラリが腕が痛いって言ってるップル!」

「何? 怪我でもしたか? 見せてみろ」


 アークリートがキラリの腕に手を伸ばす。


「え? いや、別に」

「ばか者! 医者も居ないんだ。ほら、遠慮するな!」


 少年の腕を掴み、さわさわと触りながら様子を確認する。


「あ、うん……ッ!」


 キラリがビクンと反応する。

 脊髄に、ビビビという、ミュウとはまた違った刺激が駆け抜けた。

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