キラリ! 粒子ビーム少年の異世界解放戦線!
たまり
【序章】飛び散れ、僕のビーム!
醜悪な怪物が、地面に散らばった骨を踏み砕きながら向かってきた。
胃が裏返りそうな臭気と共に迫って来るのは、樽のように太った人間の身体に豚鼻の顔が乗った「豚人間」としか形容できない醜悪な生き物だ。
「
身の丈3メートルを超えるブタ顔の怪物は、奇声を発しながら襲いかかってきた。知性の欠如した血走った目線の先には、頼りないほどに華奢な身体つきの黒髪の
「僕は……負けない!」
少年――
まだあどけなさの残る顔立ちをしてはいるが、その瞳に燃える光は、強い意志を感じさせるには十分だ。恐ろしい咆哮を撒き散らしながら突進して来る
太った身体にボロ布を腰に巻いただけの豚人間は、白く骨の絨毯を踏み砕きながらキラリへと迫って来る。互いの距離は既に10メートルを切っていた。
「食ってやるア! テメェの肉をッ! 骨を……生きたまましゃぶり尽くして、食らってやるャァア!」
ブシャァア! と、卑猥に伸びた赤黒い舌先から悪臭を放つ息と粘液を散らし、黄ばんだ牙をむき出しにする。
豚の足元で乾いた音を立てて砕けているのは、すべて人間の骨だ。丘の斜面を埋め尽くす無数の白くしゃぶりつくされた骨、骨、骨――。
すべてこの豚の怪物が食らったのだ。
ここがもし
だが――。
傍らの少女――ミュウ――を守る為に、凛然と襲ってくる怪物に対峙する。
だが、その手には剣も銃も、武器らしいものは何も持っていない。
死を覚悟しているのか、あるいは揺ぎ無い自信があるのか、その様子は静かに落ち着き払っていた。まるで、抜き放たれる直前の日本刀のような、怜悧とも言える緊迫感と迫力を全身から漂わせてさえいる。
傍らの少女に、すっと静かに右腕を差し出す。
「こすって、ミュウ」
「……うん!」
ボロを着た赤毛の少女、ミュウが静かに頷く。
空は不穏な鉛色の雲が垂れ込め、地表を埋め尽くした骨の白さを際立たせている。丘を死臭混じりの風が吹きぬけて、枯れ果てた木々に残った僅かな葉を散らしてゆく。
絶望的ともとれる状況の中、ミュウは目の前のキラリをただ信じているのだ。
髪を指先で耳にかきあげると、ミュウは白い手を伸ばしキラリの右腕をそっと胸に抱き寄せた。
そして――真剣な顔つきで腕を上下に擦り始めた。
ゆっくりと、愛しい物を感じるように、上へ、下へと擦り上げる。
「……もっと、もっと早く、ミュウ!」
「んっ、んっ!」
ミュウは、発育途上の胸にキラリの腕を大事そうに抱きしめて、身体全体を使って、一生懸命に動かしてゆく。
――パリッ!
突如、青白い光がキラリの左手の指先で輝いた。
それは小さいが確かに雷光だった。青白い光は腕をミュウが擦るほどに強くなってゆく。パリ、パリリと青白い稲妻が左手から幾筋も発せられる。
「ミュウ、いいよ、いくよ!」
「う……んっ!」
ミゥが慌ててぱっと身体を離す。
「おかげで充分に……
パリ、パリッと青白い放電はやがて球状にキラリの左腕に収斂してゆく。
だが、異変を目にしてもなお豚人間は突撃を止めない。キラリは間近に迫ったブタの化け物に雷光を纏わせた左腕を引き、ぐっ……と腰を落として身構えた。
「何をゴチャゴチャ言ってるブッピャァアアア!?」
目を血走らせた豚人間は、巨体とは思えないほどの跳躍をみせた。
地面を勢い良く蹴りつけて、宙を舞う。放物線の先にいるキラリとミュウを、その肉体の超重量で押しつぶすつもりなのだ。
「潰れっちまいなぁアアアッ! 人間ッンンッ――」
豚の怪物が飛翔し、放物線の頂点に達したその刹那。
「くらえ、――
目の眩むような一条の白い光が、豚人間の身体を貫いた。
それは、キラリが突き出した左腕から放たれた
左手の手のひらから発射された眩い輝きは、まるで地上に太陽が出現したかと思う程の鮮烈な光を伴って豚を包み込んだ。
並進する荷電粒子が持つ超エネルギーが、空気中の分子をイオン化させる事によって生じた電荷を帯びた「光の柱」、それが人間が目にする事の出来る「ビーム」の正体だ。
光が細くなり糸のようになって消えたとき、豚の身体に
「ガッ……バカ……なプギャ!?」
信じられない、という驚愕の表情を浮かべた豚人間は、次の瞬間――内側から猛烈な勢いでボコボコと風船のように膨らむと爆裂四散、粉微塵に砕け散った。
体内で生まれた膨大なジュール熱により、細胞内すべての水分が沸騰。内部構造がその瞬発的な圧力に耐え切れず、粒子ビーム照射僅カンマ0.1秒で超圧力による爆発が起こったのだ。
ザァッと、周囲に真っ赤な肉と血の雨が降り注ぐ。
「汚い……花火」
キラリは吐き捨てるように言うと、すっと腕を下げた。
左手から放たれた眩い光は、気がつくと、上空に厚く垂れ込めた雲を貫き、円形の青空を生み出していた。
青く、澄んだ空の向こうからは、太陽の光が
「キラリ、すごい! 沢山、出た!」
赤毛の少女がカタコトで、嬉しそうに叫びながら、ぴょこぴょことキラリに抱きついた。
「うん。ミュウのお陰だよ、ありがと」
「――ん!」
キラリはミュウの頭を慈しむように撫でる。
と、指先ほどの赤い結晶体が空から地面に落下してきたかと思うと、キラリの足元にポトリと転がった。
「また集まった。これで52個……っと」
キラリは地面に落ちた結晶体『ドロップス』を拾い上げると、ミュウの手をとって、乾いた白骨で埋め尽くされた丘を下り始めた。
「行こう。ここはもう大丈夫だよ」
「うん! 行く。キラリと……どこまでも」
ミゥが陽光をまぶしそうに見上げながら、白い歯を見せて微笑む。
不意に透明な風が吹いて、その赤毛をさらりと揺らす。
星園キラリは可愛らしい相棒の笑顔を見つめながら、ここに来るまでの困難と苦しい闘いを、静かに噛み締めるように思い返していた。
この世界にやって来た「あの日」の事を――。
<つづく>
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