SACRED

弥生

第1話 事故

「お疲れ様でしたー」

 ペコリと御辞儀をして撮影スタジオを後にしたのは、最近やっと人気の上がってきた新人アイドル歌手の「仲谷ゆうな(有菜)」で、本名は同じ字で「ありな」と読む。

 受験で仕事を減らしていたのだが無事に合格し、ようやく再始動しようという時期の最初の仕事で大分はりきっていた様だ。

 控え室に戻りメイクを落とし、お茶をひとくち啜ると、

「ふぅ・・・・・・疲れたぁ・・・・・・」

と息を吐き、張り詰めていた物を少し緩める。

 これから頑張らなくちゃ、と思いを新たにした、そんな日常の中にその知らせはやって来た。

 ノックも無くいきなりドアが開けられると

「ゆうなちゃん! 大変よ! あなたのお父さんの会社で事故があったそうなの!」

とマネージャーが飛び込んで来た。

「えっ!?」

「詳しい事は分らないけど会社は酷い事になっているそうよ・・・・・・」

 父親はそこそこ大きな医療機器の製作会社の社長なのだが、自ら現場に足を運んで指揮する事も少なくなく、事故に巻き込まれている可能性も考えられなくは無い。

「そんな・・・・・・」

 青ざめた表情で呆然としていると、スッタフの人が続ける。

「今、ニュース番組のスタッフが特別班を編成している所なの。ゆうなちゃんも付いて行く?」

「はい、ボクも連れてって下さい!」


 現場に付いた頃には日もすっかり落ちていたが、先に集まっていた野次馬の外からでも燃え盛る炎に照らされる煙が目に付く。

 既に消防車や救急車も到着しており、懸命の救出作業が続けられていた。

 唯一の通り道は救急隊が激しく行き交い近づく事が出来ないでいると、ふと近くで野次馬を整理していた警官を見つけ、スタッフと一緒に状況を聞く。

「兎に角大きな爆発が起こった様で、そこから全体に火の手が回って手が付けられない状態です。残念ながら運び出された人達も助かる見込みは殆ど無い有様で・・・・・・」

 その言葉に眩暈を覚えながらも、一番大切な事を聞く。

「お父さんは、この会社の社長は居ませんでしたか?」

 切羽詰った物言いに一瞬たじろいだ警官だが、冷たい言葉を返す。

「この状況じゃ個人の事までは確かめていられないですよ」

 その言葉に肩を落として下を向く少女を見て、警官も少し言葉を付け足す。

「この近くに大きな病院が有って、みんなそこに運ばれているはずだから、そっちに行ってみたらどうです?」

「はい、ありがとうございます!」

 そう言ってペコリと御辞儀をすると、広い通りの方へ駆け出して行く。

 一緒に付いて来たマネージャーが慌ててその後を追う。


 通りでタクシーを拾うと病院へと急いだ。

 そう遠い訳ではないが、心が急いて落ち着かない。

 病院入り口のロータリー付近には救急車でいっぱいっだったので、少し手前で止めて貰い急いで駆け出す。

 受付に行くと堰を切った様に質問する。

「すみません、今起こってる事故で運ばれた人の中に会社の社長、仲谷は居ませんでしたか?」

 早い口調に少々戸惑いながら受付の人が答える。

「落ち着いて下さい。今は治療が先決で個人の事まで手が回っていません。もうすぐ応援の人達も到着しますので暫くお待ち下さい」

「・・・・・・はい」

 その言葉に少し項垂れながら、待合室の片隅に座ってじっと待ち続ける。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 周りが少しざわついて来たのに気付き顔を上げる。

 見ると、来た時は疎らだった待合室に人が溢れていた。

 皆同じ様に暗い顔をしてじっと待ち続けている。

 通常の診療時間はとうに過ぎているので、みんな自分と同じ被害者の家族や友人達なのだろう。

 そんな事を考えていると不意に名前を呼ばれた。

「仲谷さん、仲谷さんはいらっしゃいますか?」 

「はい」

 来た時よりはいくらか落ち着いた声で答える。

「こちらへどうぞ」

 その言葉に無言で付いて行く。

 診察室を通り過ぎて着いたのは病室・・・・・・ではなく、霊安室だった。

 白いシーツをかけられた人の前に来ると、

「ご確認下さい」

と、暗い面持ちで言う。

 待っている間に少しくらいの事は覚悟をしていたが、その中で最悪の結果が待っていた。

 担ぎ込まれた時にはもう息が無かったらしい。

「お父さん・・・・・・」

 顔だけ見ると眠っているだけの様にも見えるが、もう二度と目を覚ます事は無いのだと知る。

「・・・・・・お父さ――ん!」

 そのまましゃがみ込んで泣き崩れる。


 それから目まぐるしく事は進んで行き、呆然としているうちに葬儀も終わってしまったが、翌日事務所に向かうと更に大変な事になっていたのに驚いた。

 人気アイドルの父が事故死したという事もあるが、それと以上に事故に不審な点があるとして、父の会社で何が行われていたのかという記者達の質問攻めに合う。

 そんな事を聞かれても分る訳が無い。

 ただ俯き父の死に涙する事しか出来なかった。


 そんな記者達に追い回される日々が何日か続き、流石に少し落ち着いて来たと思った頃、父の会社の別の工場で二度目の事故が起こった。

 前回ほどの被害は出なかったが、立て続けに起こった事故に対してまたしても質問攻めに合う。

 そんな記者達の質問攻めに嫌気がさしていたゆうなは、仕事の内容を疑われている亡き父の汚名を雪ぐべく自ら事件について調べだした。

 父の会社で何があったのか調べるため会社の重役の人に

「お願いします! 記者の人達もしつこいし、何より居ても立ってもいられないんです!」

 と言って大きくお辞儀をしてポニーテールに纏めた長い髪を揺らしながら強引にせまっていた。

 そんな真剣な眼差しのゆうなの姿を見た役員は、持ち出しは禁止だと念を押し、特別にと父親の机や資料類を見せる事にした。

 それによると、父の会社では主に医療品及び医療機器の製造開発を行っており、多少の危険物はあったにしろ、調べても大爆発を起こすような物は何も出てこず、第三者の介入を思わせるばかりであった。

 そして、企業秘密で見ては駄目だと言われていた資料を盗み見ていると、自分達の仕事を邪魔しようとする者の存在が記されていたが、それが何者なのかまでは分からなかった。


 それが何者なのか、どうしても気になり暇を見ては色々と調べて動き回っているうちに、ある日街角で一人の男に出会った。

「アイドル歌手の仲谷ゆうなさんですね? あなたのお父さんの汚名、雪ぎたくはありませんか?」

 と、声をかけられたのだ。

 テレビで散々流れるゆうなの姿をみて、力になりたいと探していたそうだ。

「あなたは・・・・・・いったい・・・・・・?」

「私の名前はエスカルと言います」

 その男は真面目そうな金髪の外人だが流暢な日本語でゆうなに信じられない話を語り始めた。

「あなたのお父さんの会社を襲ったのは俗に言う悪魔達で、なぜあの会社が襲われたのかは調査中ですが、悪魔達の人間界侵攻の障害になるので力ずくで排除にかかった様です」

 いきなり信じ難い事を言いだすので唖然とする有菜だが構わず続ける。

「奴らは以前から世界を操ろうと画策していたのですが、最近になり急激に侵攻を進めて来たのです。これからも人間界を侵略するためにいろんな施設を襲撃して来るでしょう。

私はそれを阻止するために活動している神界の者で、急に活発になった魔族の動きに対して人手不足で悩んでいたので、人間界で協力者を探しているのです。どうです? 私達と手を組んでお父さんの汚名を雪ぎませんか?」

 話を聞いて思考が停止する。

 いきなり神だの悪魔だの言われても信じられる訳が無い。

 しばらくの沈黙の後、

「あれは事故では無く、お父さんは誰かに殺されたっていう事?」

 と、そこだけでもと確認を入れると、

「そうです」

 と、ゆっくりとうなずかれた。


 俄かには信じられない話だったが、あれが事故ではなく父が誰かに殺されたのが事実だという事が分かると、父の汚名を雪ぐ為とその提案を飲む事にした。

「分かったわ。それでボクは何をしたら良いの?」

「そうですね、基本的には情報収集です。魔族が何を企んでいるのか、またお父さんの会社や関連企業の動向なども含め、まずは今後この様な事件が起こらない様にする事が第一目的です。こちらからもバックアップしますので、

分かることはすべて知っておきたいです。あなたが調べられる限りで構いませんので情報の提供をお願いします。もちろんこちらからも分かったことがあればお教えします。そうだ、これを渡しておきますね」

 そう言って懐をゴソゴソと探ったあと取り出した物は、少し変わった形をしたペンダント

だった。

「これは・・・・・・?」

 と聞くと、

「万が一魔族と出くわした場合に身を守るための物です。場合によっては施設の爆破もやりかねない連中です。こちらにその意志が無くても最悪戦闘になる可能性もあるでしょう」

 そう言われても、こんな物が何の役にたつのか良く分からなかったが、教えられた呪文を唱えるとその意味が少し分かった。

 ペンダントにちりばめられた宝石が光の粒に変わり、全身を包むとそれらが剣・盾・鎧に変化したのだ。

「魔法の武具・・・・・・こんな物が本当に在るなんて・・・・・・」

 鎧の見かけは少々厳ついが思った以上に軽い。盾は左腕に固定されたスモールシールドだ。

 長剣を抜いて少し振ってみるがこちらも見た目以上に軽いので驚く。

 全身に力が漲るのも分かる。身体能力が上がっている。そういう魔法のかかった武具なのだ。

 武具自体にも強化の魔法が掛かっているので見た目以上に強固だという。

 最初からは無理でも慣れればいろんな魔法も使えると言う。

 この不思議なアイテムによりようやく神とか悪魔だとかの話しを信じた。

 それからしばらくの間、このアイテムの使い方を教わった。

 その日以来学校と仕事に忙しいスケジュールの合間を縫って一人戦士として活動する事になった。


 それからしばらく経ったある日の事、魔族のアジトの一つと思われる場所をつきとめ、夜になってから誰も居ないのを確認して潜入捜査をしていると、急に一人の男がアジトに入って来た。

 慌てて物陰に隠れ男の様子を伺っていると、男は明かりも付けないまま何かを探している様だった。

 しばらくそんな状態が続いた後、静かな室内にコトンと何かにあたった音がした。

『ヤバイ・・・・・・!』

 そう思った次の瞬間、男が

「誰だ!」

 と声を上げたため、意を決して武具を纏い男の前へ姿を見せる。

「チッ、神界の戦士か」

 そう一言いうと何処から出したか剣を構え斬りかかって来た。

 その一撃を受け止め返す刀で斬り付けるが避けられる。

 そんな事を何度か繰り返した後男が少し間を取り、手の平をこちらに向けポゥっと光ったかと思うとその光の弾がこちらに飛んでくる。

 寸前でゆうなも魔法で光の弾を打ち出しぶつけると、爆発を起こし煙で視界が利かなくなる。

 その爆風に紛れて男が外へ向かったのがチラリと見えたので慌てて後を追う。

 と、男が外へ飛び出した瞬間、

「うっ」

「きゃぁっ!」

と、誰かにぶつかり体勢を崩していた。

 その隙に追い付く。

 見ると高校生くらいの制服を着た女の子とぶつかった様だ。

 男の視線がその女の子の方に向いている事に気付くと二人の間に飛び込んで行く。

「そこまでよ! 通りすがりの女の子にまで乱暴するなんてゆるさないわよ!」

 と叫ぶ。

 倒れていた少女は二人が剣を持っているのに気付くと、二人が対峙しているその隙に少し離れた場所に身を隠す。

 今度は有菜の方から斬り掛かって行くが、なにぶん実戦は初めてなので分が悪い。

 明らかに防戦一方に回っていると、体勢を崩され危うい一撃が襲い掛かる。

 その時、何かが相手に向かって飛び込んで来てパパパンと爆発を起こす。

 さっきの少女が何かを投げつけた様だ。

「うっ」

 爆発のダメージは無さそうだが、男が一瞬怯んだ隙に一撃を打ち込む。

 大分浅かった様だが牽制くらいにはなった様だ。

 男はさっと後ずさり、今度は地面に向けて光弾を打ち込むと、さっき以上の爆炎の中逃げにかかった。

「逃がさない!」

と、煙の中に飛び込んだ瞬間小さく光が見えて、一撃は光弾で打ち落とし、後の一撃を咄嗟にかわす。

 体勢を立て直し煙の向こうへ出た頃には、もう相手の影も見えなかった。


 一難去った事を確認すると、先ほどの少女の事を思い出し振り返る。

 様子を窺いながらゆっくりと物陰から出て来た少女に

「大丈夫だった?」

 と声をかけると

「はいっ、大丈夫です。ありがとうございました」

 と大きな声で返事が返って来た。

 とりあえずは大丈夫そうだ。

 しかし、このおかしな状況を目の当たりにし、目の当たりにされた状況で何をどう説明すれば良いか分からず、お互いに「あの・・・・・・」「えっと・・・・・・」「その・・・・・・」といった訳の分からない言葉を発するだけだった。

 共に気まずそうに顔を合わせ、この状況をどうしようかと思案していると、急に少女が

「あーっ!」

 と大声を出す。

「え!? なに?!」

 とゆうなが聞くと、

「もしかしてアイドル歌手の仲谷ゆうなさんじゃないですか?」

 と言う。

 暗がりとはいえ、街灯や非常灯などの明かりは有るので、至近距離で見られてはバレバレである。

 正体までバレてしまってどうしようかと慌てていると、少女の方から

「もしかしてあなたも会社の事故の事を調べているの?」

 と聞いてきた。

 一瞬意外に思ったが、こんな時間にこの場所に居る時点で目的は限られる。

 夜中に女の子が一人でうろつく様な場所では無い。

「も・・・・・・って、あなたも事件の事を調べに?」

「はいっ、あっあの、わたし椎名愛恵って言います。仲谷さんは事故の事どれくらい知っているんですか?もし良かったら情報交換しませんか?」

 緊張しているのか随分とかしこまって質問する。

「ボクもそれほど知っている訳じゃなくて・・・・・・、それを調べにここへ来たんだ」

 二人はお互い知っている事を話あった。

 しかし、結局分かっているのは大きく分けてあの事故は誰かに仕組まれたという事と、あの会社の事を良く思わない連中が居るという事、さっきの男がそれに関係があるだろうという事だけだった。

 肝心の、なぜあの会社が襲われたのかという理由はまるで分からない。

 さっきの男が持ち出したのか、それとも最初から大した物は無かったのか、今日忍び込んだこの場所も密会の場所として使われている程度らしいというだけでたいした情報は得られなかった。


「そう、あなたのお父さんもあの事故で・・・・・・」

「はい・・・・・・」

 そう言ってしばらく黙り込んだ後、愛恵がゆうなの事をじっと見ているのに気づいた。

「どうかした?」

 と聞くと、

「さっきから気になっていたんですけど・・・・・・、仲谷さんのその格好って・・・・・・。それにさっきの光の弾や爆発も・・・・・・」

「あっ・・・・・・」

 言われてようやく自分が戦士の格好をしたままだった事に気付く。

「あ・・・・・・いや・・・・・・あの・・・・・・これは・・・・・・その・・・・・・」

 慌ててじたばたするが身にまとっている物を隠しようも無い。

 そしてしばらく思い悩んだが、自分と似た境遇の少女に共感を覚え話す事にした。

「実はボク、いろいろ調べているうちにある人に出会ってこの魔法の武具を貰ったんだ」

「魔法・・・・・・?」

 いきなりの突拍子も無い話に唖然とする。

「その人は神の使いで、話によると会社を襲撃した奴らっていうのは実は悪魔らしいんだ」

「・・・・・・悪魔・・・・・・?」

 無理もないだろうがきょとんとした表情でゆうなを見つめる。

「自分でも信じ難い話だとは思うけど、実際にこんなアイテムがある訳だし、さっきの男も魔法を使って来たんだから信じるしか無いよね」

 と苦笑しながら言う。

「なるほど・・・・・・。マジック違いでしたか」

「マジック違い?」

「いやぁ、さっきの爆発ですけど手品とかにしては危ない事してるなぁと思ってたんですが、本物の魔法だったんですね。タネとかいろいろ想像しちゃってました」

 へぇー、などと言いながらゆうなの事をまじまじと見つめる。

「素直に信じちゃうんだ・・・・・・。こんな事やってるボクでさえ最初は信じられなかったのに・・・・・・」

「こんな誰も居ない所で私なんか相手にお芝居したって意味無いですよね。嘘ならもっとマシな嘘つくと思います。それに本気で戦っている様だったし、目の前で不思議な光景見ちゃったら信じるしかないじゃ無いですか」

 案外すんなり魔法だの悪魔だのという話を受け入れたようだ。

「私にも使える様になりませんか?」

「え?」

 一瞬言葉の意味が理解出来ず聞き返す。

「魔法です。私も魔法が使えたら調査も楽になるだろうし、さっきみたいに襲われても切り抜けられる様になるかなって思って。私も一応見つかった時の護身用に爆竹や煙幕なんかは仕込んでましたが、相手が悪魔なんかじゃ役に立たないですよね・・・・・・。

私と仲谷さんが一緒になって調査した方が効率が良いと思いませんか?」

 真剣な眼差しでゆうなを見つめる。

「そうは言ってもボクの一存では決められないからなぁ・・・・・・」

 当然のように困り果てる。

「私、どうしても事件の真相が知りたいんです! お父さんが誰かに殺されたって言うのならそれが誰なのか突き止めたいんです! そうじゃないとお父さんが、いいえ、あの事故で死んでいった人達みんながうかばれません!」

 そう言いながら目から涙をこぼす。

 それを見て

「分かった。すぐには無理だけどあなたも仲間になれるように神界の人に頼んでみる。

とりあえずお互いの連絡先を交換しよう」

 と言って書く物を探しだす。

「ありがとう!」

 そうして互いの連絡先を教えあった所で今日の所は帰る事にした。


 後日連絡をもらい改めてゆうなの家に行った愛恵はそこで例のアイテムを貰った。

 そして今後どうするかといった事を話し合う。

 普段は芸名のゆうなでは無く本名の有菜(ありな)と呼んでほしいとの事だ。

 芸名で呼ばれるとどうしても目立ってしまうからだ。

「それにしても・・・・・・、随分と散らかってるわねぇ・・・・・・」

 話をしつつも、散らかった部屋や台所が気になり閉口する愛恵。

「いや・・・・・・色々と忙しかったから・・・・・・」

 恥ずかしそうに俯いてしまう有菜。

 部屋が広めなのでさほど目立つ訳では無いが、良く見ると部屋の隅にゴミや洗濯物が溜まっている。

 学校に仕事に調査にと急がしかったため、家事がおろそかになっていたのだ。

「私、こういうの見ると放って置けないのよね・・・・・・」

 と言って立ち上がり手近な所から片付け始める。

 愛恵は家事をこなすとの事で、気になった様だ。

「いいよぉ後で自分でやるよ・・・・・・。ボクだってお父さんと二人暮しだったから家事ぐらい出来るよぉ・・・・・・」

 その話を聞いて、

「あなたもお母さんが居なかったんだ・・・・・・。私のお母さんも小さい頃事故で死んじゃったから・・・・・・」

 と悲しそうな顔をする。

「あ、いや、うちは生きてるよ。ボクが小さい頃に両親が離婚してお父さんの方に引き取られたんだ。会社社長ってだけあって経済力があったからね。・・・・・・でもお母さんとはもう長い事会って無いなぁ・・・・・・」

 と遠い目をする。

「そうだったの・・・・・・」

 そう言ってしばらく沈黙した後、ゆっくりと片づけを再開する愛恵。

「だからいいってばぁ、悪いよぉ・・・・・・」

 有菜はそう言うが

「私がやりたいだけだから気にしないで、こういうの得意なんだから任せて!」

 と言いながらテキパキと片付けが進んで行く。

 本当に手馴れたもので、片付けながら話をしているうちにあっと言う間に片付け終わってしまった。

 そして話し合いの結果、調査の仕事で一人でも出来る手間のかかる様な事は愛恵が担当し、有菜はあまり手間のかからない事を担当する事になり、多少楽な生活を送れる様になった。




 それからしばらくの間はたいした情報も得られなかったが、ある日有菜のクラスに変わった二人が転校して来た。そこから事態が急変していく。

 神崎御影(みかげ)と高田裕美(ゆうみ)という名の少女達は互いに違った意味で近寄りがたい雰囲気を発していた。

 二人ともパッと見は普通の少女だが、ロングヘアの御影は小柄な体つきながら時折野獣のように鋭い目つきを見せ、背の高いショートカットの裕美はいつも感情を見せない冷たい表情をしていた。

 転校したばかりという事もあるが、基本的に無口で、喋ってもぶっきら棒な二人は当然の様にクラスで浮いた存在になった。

 そして有菜も仕事で学校を休みがちだったり、周りから変に特別な目で見られたりするため、人付き合いが無い訳ではないが親しい友人は少なかった。


 しかし、この二人は有菜がアイドル歌手だと知っても別に変わった様子は見せなかった。

 向こうがこちらをアイドルだからと特別扱いしない事もあって、互いにクラスのみんなから距離を置かれていた三人は自然と一緒にいる事が多くなり、しだいとそれなりに親しくなる。

 と言っても有菜が一方的に話しかける事が多いのだが、他のクラスメートに向けるような視線は送られなくなった。

 二人は一緒に住んでいて、アパートは有菜の家から通学路の途中、ちょうど学校との中間ぐらいにあるという事もあって、いつしか一緒に登校するようになった。


 そして、一緒に登校するようになってしばらく経ったある朝に事件が起こった。

 いつも出会うあたりの曲がり角で、有菜がセーラー服をなびかせながらおはようと挨拶を

して駆け寄り、並んで歩き出そうと動きだしたその時、何を思ったのか御影が有菜を押し倒した。

 何事かと思った次の瞬間、御影の頭に何かがあたりその衝撃によって吹き飛ばされるように倒れた。

 尻餅をついた有菜がお尻を擦りながら慌てて倒れた御影に駆け寄ると、御影は体をビクビクと痙攣させながら頭から大量の血を流していた。

「そんな・・・・・・」

 有菜は蒼白な顔をしながら倒れこみそうになるのを必死に堪える事しか出来なかった・・・・・・。

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