それぞれの思い(2)


「……ふぅ」

 J・Cは戸口を閉めると吐息をつき、屋敷本宅へと向かった。そして屋敷本宅へと辿り着くと、台所奥にある部屋へと入る。ここは、キッチン・メイド達が休憩をしたり食事を頂く部屋だ。天井はそれほど高くはないが、3メートルほどあり16畳ほどの広さがある。ハウスメイドであるJ・C達もここで食事や休憩をよくする。

 普段は決められた場所に待機していたり、掃除や雑用などをやっていることが多いのだが。ここに居る時ばかりは、みんなリラックスしている。


 そこではベッティー達を含む十数人が既に食事をとっていた。時間帯的に、今が手も空いていて、この時間を利用してほとんどのメイド達は順番に食事を頂いているのだ。


 この部屋の中を今、コークスの明かりが数カ所で仄かに明るく照らし出している。外は既に暗くなり始めていたからだ。窓辺から入る月明かりだけでは薄暗かった。


「J・C、お疲れ様。それで、例のメルって子の様子はどうだったの?」

「……相変わらずでしたよ、イザベラさん。まったくあの子と来たら、強情な上に頑固なんだから参っちゃいます」


 J・Cの言葉自体はそうしたモノだったが、その言い方はメルに対する気配りのある遠慮深いモノだった。最後には困り顔に「まあ、悪い子じゃないんですけどね……」と苦笑い、付け足していた。


「そう……なんだか大変そうね、アナタも……」

 イザベラと呼ばれたそのメイドは、キッチン・メイドで。もう間もなく三十半ばにもなるベテランだった。実は結婚もしていて、子供も二人居る。その子供二人も間もなく十一歳と十三歳で、今は州都アルデバルにある科学アカデミーに在学中である。一人は女の子なので十二歳になったら、どこかの屋敷へハウスメイドとして務めさせ礼節を学んでもらい、やがては良い結婚相手を見つけてあげようと考えている。

 でももう一人は男の子なので、そのまま上級進学させ高等教育を受けさせるつもりでいた。可能なら、首都キルバレスにある《セントラル科学アカデミー》へ進学させてあげたい。そこを卒業すれば、この共和制キルバレスに於いてはエリートコース間違いなしだったからだ。出生など関係ない。実力主義の国、ならではのシステムだ。その為にもお金が必要で、一旦は引退していたものの、今度はキッチン・メイドとしてこのメルキメデス家の屋敷に再就職していたのだ。


「J・Cも食べるんでしょ? 今から直ぐに用意するから、空いている席に座ってて頂戴」

「あ、はい。いつもありがとうございます、イザベラさん」


「いえいえ♪ これが私の仕事なんだもの。当然でしょう?」

 J・Cはそんなイザベラに笑顔を向け、それから空いている席に座る。

 ただ困ったことに、そこはベッティーの隣の席だった。そのことに、座ったあとでJ・Cは気付くと、やや不機嫌顔でベッティー達三人の方へ視線を遠目に見やる。


「はい、J・C。飲み物よ」

「あら? ありがとう、ベッティー。今日は珍しく、気が利くじゃないの。今晩にでも雨が降りそうね?」

 J・Cはわざとらしく、窓の向こうに見える星空を心配気に見つめた。

 そんな言葉と態度を受けたベッティーの方は、瞬間だけ『ムッ!』としたが、直ぐに澄まし顔を見せて、口を開く。


「いえいえ。あんなメルなんかの為に、色々とご苦労をされているJ・Cを見ていると、少しはお役に立ちたいと思ってのことなので、お気になさらず♪」

「全くだよねぇ~。あんなわがままなメルなんか、放っとけばいいのにさあー。J・Cはもしかして、人が善すぎるんじゃないのかぁ?」

「エレノアも可愛そうに、明後日でメルなんかの為にココを辞めるなんて、愚かな話だよねぇ~。というかさぁ~、エレノアじゃなくてメルの方がココを辞めれば済む話なんじゃないの? その方が平和的で良い解決策なんじゃない?」


 ベッティー達三人は交互にそう言い合い、クスクスと笑っている。

 そんな三人をJ・Cは半眼の呆れ顔で見つめ、そのあとに不機嫌顔で口を開いた。


「アンタ達はよく平気でそんなことを言えたモノね! 元はと言えば、アンタ達三人が原因でこうなったんじゃなかったか? 今の、なにか違ってる?」


 J・Cのその強い口調に、ベッティー達三人は顔色が一気に青ざめた。

「ほぅ~ら、言い訳も出来ないじゃないの。少しはって思っているのなら、大人しく黙ってなさい」

 そう言い切り飲み物を頂きながら、ベッティー達の方などろくに見もせずに澄まし顔でそう言ってやった。

 流石のベッティー達も、それでカチン☆と来る。


「言っとくけど、J・C。コレでも私たち、一度はメルに謝りに行ったんだからね! それなのに、あのメルときたら……くぅ~~~っ!!」

「そうだよ、そう! あの時のメルのあの態度といったらさ、最悪なくらいに酷かったんだからね。もう二度と、こっちから謝りに行ってやるもんか!! ふん!」

「アビーとリップリの言う通りよ、J・C。あなたは何も知らないんでしょうけど。あの時のあの子の態度といったら……ぁああ~!! 今、思い出しても頭にくるー!」


 ベッティーは怒り心頭といった様子で頭を掻き毟り、「ふん!」とよそを向いていた。

 どうやらベッティー達三人は気付いていなかった様だが、あの時J・Cはメルと同じ部屋の中で、その時の様子を呆れ顔に伺い一部始終見知っていた。なので、この件については……ため息くらいしか返せそうにない。


 J・Cは困り顔を浮かべ、ベッティー達の方を向き、口を開く。


「メルはまだ十二歳の子供なんだ……全てを許してあげて、とは言わないけど。少しは寛容になって上げられないものなの?」

「十二歳? それなら私だって、まだ十三歳なんだよ! だけどたった一つしか違わないクセに、余りにもメルは子供過ぎるでしょっ?!」

「そうだよ! アビーは鈍間のろまで、どこかとこはあるけど。あんなにも癇癪かんしゃく持ちじゃないんだからな!」


「――え?? へ?? は?!」


「そうよ。アビーはて、て、もあるのは確かだけど」


「――ふあっ??」


「少なくても、あのメルみたいな乱暴者と違う! それだけがなんだから!! 

ねっ、アビー? ……って、なんでアンタそこで独り泣いてんの??」


「ふぇ……ふぇぇ~……」

 アビーを先陣に、リップリとベッティーが続いて悪びれもなくそう言い切ったのだ。が、アビーはこの世の終わりとばかりに顔が青ざめ、その場でヘタリ込んでいる。

 そんなアビーを挟み、J・Cはベッティー達をきつく睨んだ。


「アナタ達三人までもがこうも頑固だと、もう手の打ちようがないわね!

問題は、メルだけじゃない。アンタ達も同じでしょう? もう少しちゃんと反省なさい!」

「メルなんかと一緒にしないで頂戴!! だいたい私たちはよくても、エレノアの方が可愛そうよ。J・C、あなた自身はそう思っていないの?」


「そ! それは……そぅ、だけどな……」

 これにはJ・Cも困ってしまう。言い返しようがなかったから。

 そんなJ・Cの様子を見て、ベッティーは更に調子づく。


「あの子のせいで、エレノアは『ココを辞める』とまで言い出しているのよ。わたし達は、そんなエレノアが可愛そうだと思うからこそ、そう言って――」

「――辞めてよ!」


「「「――?!」」」

 戸口から張り裂けるような声が聞こえ、J・Cとベッティー達三人がほぼ同時にそちらを見る。

 そこには、エレノアが今にも泣き出しそうな表情をして立っていた。


「だ、だけどエレノア……」

「いいから、もうやめて!」

 エレノアは『キッ!』と三人を睨むようにして見つめ、ベッティー達三人もそれには怯んだ。しかしそんな中でもJ・Cは、真剣な眼差しでエレノアを見つめ、口を開く。


「エレノア……訳は、なんだよ? だってこのままじゃ……」

 エレノアはそんなJ・Cから眼を反らし、口を開いた。


「J・C、もういいの……これ以上、この件は持ち出さないで欲しいのよ。お願いだから……」

 エレノアはそう零す様に言うと、その戸口から静かに立ち去っていった。

 そんなエレノアを、そこに居た全員が呆然と見送る。


「な……なんなのよっ、一体……アレは!?」

「どうしてエレノアは、この件にあんなにも触れたがらないんだ?? 悪いのは全部、メルの方じゃないか! ……あ」


 ベッティーがポツリと零し、その後に続いてそう言い切ったリップリに対し、J・Cはきつ~く『んー? なんだってぇ?』とばかりに上から見下ろし見つめ、黙らせていた。

 それから直ぐに、エレノアの後を追い掛けて出て行く――。


 そんなおっかないJ・Cを青ざめた表情のままで見送り……ベッティーとリップリはため息をつく。そしてアビーは独り、「わたしって……そんなにもで……バカだったの??」と嘆き悩み続けていたのである。



 ◇ ◇ ◇


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