はじめての親友(3)

 この屋敷の中央には大きな庭園があり、同じく大きな噴水があった。その噴水の水溜りの中には、とても立派で見事な白い石の彫像が多数あり。その中のひとつである女神が持つ水瓶からは、水が途切れることなく流れ続けていた。


 わたしはあれから、女の子の手を掴んだまま怒った表情のまま勢いよくそこに座り……今更ながらに吐息をついて、困り顔に後悔をしたあと。でもやはりさっきの三人が許せなくて、また同じように怒り出していた。


 一方、そんなわたしの隣に座る女の子はというと……わたしの感情の起伏の激しさに対し、凄く驚いた表情で見つめていて、次に困り顔と呆れ顔を交互に見せていた。

わたしはそれに気がついて、思わず『また悪いクセが出てしまった』とそのことで赤面し。そこで咳払いをわざとらしく一つして、そのあと改まった表情で口を開いた。


「アンタもあそこまで言われて、よく黙っていられたものねぇ~?! 少しくらいは言い返してやりなさいよっ!!」

「あ、でも……事実ですから」


「え?」

 思ってもみない返答に、わたしは思わず困惑してしまう。


「私には、お父さんも母さんも……もう居ないの。あの人たちが言った通り、本当にみなし子だから」

「……」

 わたしはその言葉を聞いて、今更ながらに後悔をしてしまう。


「ごめんなさい……悪気はなかったの。ただ、知らなくて……だから…ごめん!」

「いえ、いいのです♪」

 その子の明るい表情と言葉の声色に、わたしの心は救われ、自然と笑みが溢れた。それに、わたしと家庭的な素性が似ていたから気持ちが通じ合えるような気がして。だからわたしは元気よく口を開いた。


「私の名前は、メル! メル・シャメール! あなたの名前は?」

「シャリル……シャリル・ロイフォート・フォスター」


「へぇー……なんだかとても壮大で、いい名前ね♪」

「ありがとう、メル。メルも可愛くて、とてもいい名前だと私は思う」


 シャリルとわたしは互いにそこで笑顔となり、空をほぼ同時に見上げた。

 小さな雲がひとつ、流れる空。わたしはその雲を目で追いながら、口を開く。


「実は私もさぁ~。シャリルと一緒で、両親共に居ないみなし子なのよ……」

「え?」


「あ! 正確にいうと、ちょっとだけ違ってて! 母親は消息が分からない、ってだけなんだけどねぇ~っ。

だからさっき、あの三人組みの話を聞いている内に、何だか自分のことを言われているような気になってきちゃってさぁ~……それでなんだか段々とさ、カァ~~ッ!と頭に血が昇っちゃったんだよねぇー。でもあれは流石にちょっと言い過ぎだったかなぁ~?? 

その辺り、シャリルはどう思う?」

「あはは♪ 確かに言い過ぎだったのかも知れないけど。でもね、なんだか気持ちが『スーッ』としたのも確かだよ♪」


 それを聞いて、わたしはなんだかホッと安心し、満足顔に笑顔を向けた。

 内心、シャリルがさっきの行動やら発言をどう感じ思っていたのかが心配だったから。でもその表情を見る限り、まるで心配はなさそうなので安心した。

 でもわたしは、次に元気なく俯き、ため息まじりに口を開く。


「心配なのは、明日以降かな……。今日の件でシャリル、あなたがまたあの三人組みからイジワルされなければいいんだけど……」

 それを聞いて、シャリルも元気を無くすが。でも直ぐにわたしの方を見つめ、『でもその時はまた、あなたが助けてくれるんでしょう?メル』という表情を見せてきた。

 だけどそれを受けたわたしは、目線を反らすしかなかった。

 だってわたしは、明日のお昼前にはきっと、もうここに居ないと思うから。


 そんなわたしの反応にがっかりしたのか?シャリルは残念そうに深いため息をつき、悲しげな表情で俯いている。それを見つめ、わたしも何だか悲しくなり、誤解を無くす為にも正直に全てのことを打ち明けることに決めた。


「実はわたしね、明日には孤児院に戻るコトになっているの」

「え? こじいん……」

 予想もしてなかっただろうわたしからのその告白内容に、シャリルは本当に驚いた様子だった。次第に、まるで絶望をした時のような表情に変わっていたから。

 そんなシャリルの表情を見つめ、自分がこの件であてにされていたことをわたしは悟り、尚更に辛く感じてしまう。なんとかしてあげたいけど、でもこればかりはどうしようもなかった……。


「どうして? どうして、ここに居ることができないの??」

「出来たらここに残りたいけど。こればっかりは、仕方がなくて……わたし、ここのメイドとして雇ってもらえなかったから。

早い話が、見事に面接で落ちちゃってさあ~! あはは♪ ハ…ハハ。いやまあ、そういうことだから、ごめん……」


「そう…なんだ……」

 シャリルはそれを聞いて静かに黙り、何やら真剣な表情をして思案顔を見せている。

 でも、どんなに考えたところでこればかりはどうしようもないと思う。折角こうして親友にもなれる人と出会えたのに、これでお別れなんて、とても悲しかった。

 そこでわたしは一大決心をし、力強くその場で『うん!』と頷き、口を開いた。


「ねぇ、シャリル! いっそさ! シャリルもわたしと一緒に、孤児院へ来ない? そうすればわたし、シャリルのことをずぅーっと守ってあげられる!!」

「……」

 だけどシャリルは、いつまで経ってもそれには快く返事を返してはくれなかった。わたしはそれで、少しだけ心の中に寂しさのようなものを感じた。

 だけどそれは、仕方のないことだと思う。こんなにも立派で大きな屋敷と孤児院を比べることの方が、むしろどうかしている。この屋敷になら、多少辛いことがあったとしても居続けたいと思うのは当然のことだから。


「わたし……」

 わたしがそう思い、元気なく静かにしていると。シャリルが急に口を開き、わたしの方をそれとなく横目に見つめ、小声にも確かな口調で真剣な眼差しをして口を開いてきた。


「メルと会って、まだ一時間も経ってないけど。でもね、メルとなら『ずぅーっと、一緒に居たい』って本当に思ってる!」

 わたしはそれを聞いて、告白された気分で、顔全体が紅潮し瞳も輝いた。が、シャリルは顔を次にうつむかせ、声も小さく元気を無くしこう繋げてくる。


「でもね……それはできないことなの…」

 次のその言葉を聞いて、わたしは天国から地獄へと急に落とされた気分になる。


「どうして……?」

「私は、この屋敷から出ることの許されない身の上なの。事情は、あまり詳しくは言えないんだけど……本当はね。こんな目立った屋敷内の庭園に居ることさえも許されない立場の人間なのよ。メル」


 わたしには、その理由がまるで想像できなかった。だから一度は、その事情を聞こうと思い口を開きかけては見たんだけど……。でも考えてみると、自分は明日にはここを去り、居なくなる。詳しく話すことが出来ないって事情を無理に聞き出して、シャリルを苦しめるのはよくない、そう思い直し開きかけていた口を再び閉じて。ただただ静かに俯くしかなかった。


 日はもう半分、地平線ほど向こうにある山間の中へと沈み始め。白い壁と赤い屋根を基調とした、このパレス=フォレストと呼ばれるメルキメデス家の屋敷全体と屋敷周りの森を真っ赤に染め始めている。

 わたしは、明日の今頃にはもうここには居ない。そのことをふと改めて思うと、やはり凄く寂しく感じてしまう。だけどそれでも、わたしはまだいい。それでもわたしには、まだ帰る場所があるのだから。だけどシャリルの方は……どうなのだろうか? そのことを聞くことがとても怖く感じ、わたしは結局のところどうしても聞き出すことが出来なかった。

 聞く勇気がなかったから。


「いつか……いつかさ…」

 わたしはこの時、自分自身でもこれから何を言おうとしているのか分からないままにこう告げていた。

「いつか……お互いに大人になった時。きっと必ず、また会おうね!」

 気がつけば、笑顔でそう言い切っていた。それはとても自然な思いから出た言葉だったと自分でも思う。だから後悔はない。わたしはきっとこの時、こう思ってたんだ。

 『それなば、このわたしが! 心のゆりかごになろう』って!

 シャリルはそんなわたしを驚いた表情で見つめ……間もなく全てを理解してくれたような改心の笑みで「うん♪」と満足顔をして答えてくれた。わたしはそんなシャリルを見つめ、同じく改心の笑顔となる。


 この日、わたし達二人は親友になることを互いに誓い合う――。


 また会えるその日が、いつやって来るのかなんて分からない。もしかするとその日は、生涯やって来ないのかも知れないけれど……だけど、わたしが心の拠り所をどこかに求めるように。シャリルにとっての心の居場所に、こんなわたしがなれたらいいな……ううん。そうあって欲しい、ってこの時のわたしはそう願っていたんだと素直に思う。


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