はじめての親友(2)
孤児院を出る時は、本当に寂しくて悲しくて思わず泣いてしまったわたしも、この屋敷に近づいて来ると次第に、その思いは消し飛んだかのように舞い上がり嬉しかった。
この森の中の宮殿パレス=フォレストと呼ばれるメルキメデス家の屋敷は、わたしが想像していたよりも遥かに立派で大きく、広い庭園や人工的ながらとても美しい川や美しい湖まであり。白や赤にピンクの花びらをつけた《姫サリス》の木々が道沿いに沢山立ち並び、まるで自分が来るのを歓迎してくれているのだと独り想像し、感動さえもしていた。それなのに……。
『悪いがね。うちではアンタを雇う訳にはいかなくなったよ、メル』
そうスコッティオさんから言われた瞬間、あぁ……そうか。これらは全てわたしが勝手に想像していた夢だったんだ……と現実に引き戻されてしまった。あれだけ好きだった孤児院も、今では監獄のようにさえ思えてしまう。明日には、その監獄へと自分は再び強制送還されるのだ……。
わたしはそんなコトを独り思い、絶望の思いで深い吐息をついていた。と、その時だった。
「だからアンタ! ケイリング様のなんなのよっ?!」
……?
それは、屋敷の裏手から外へ出て間もなくのことだった。急にそのような人の声が聞こえてきたのだ。建物の影からそっと覗き込み見ると、一人のわたしと同じくらいの歳の女の子に対し、十四歳から十六歳くらいの三人のメイドが取り囲んでいたので思わず目を見開いて驚いてしまう。
「そこで黙っていられても、何にもわかんないでしょう?!」
「聞いた話では、アンタってみなし子っていうじゃないの?」
み……みなし子…あの子が? とても信じられない……!
みなし子と言われるその子はとても清潔そうで、見るからにわたしなんかとは違って対照的なほど育ちも良さそうだった。髪型もその髪飾りも、貴族の子と見間違える程に似合う上に見事で。その着ている服さえも、三人のメイド達とはまるで違うとても上等な服装だった。
だからわたしには、とても直ぐには信じられなかった。
「ここの御屋敷には、わたし達のような身元がちゃんとした者だけが居るべきなのよ!
現に、こちらに
見ていて、実に仰々しく大袈裟に紹介なんかやっていたものだから思わず呆れる。だってさ、自身の胸に片手を添え、相手に手を指し示しながら自信満々にまるで自分のことであるかの様にそんなことを言うんだもん。そりゃあ確かに、そのベッティーとかいう人は元・上級貴族で凄いのかもしれないけど。だったら、あなたはなに? それとこれとは関係ないんじゃないの??
でも、それを受けたそのベッティーとかいう女の人は、そのことでその子を咎めるどころか無駄にドデかい面構えをして『ふふん♪』とばかりに得意げだった。それを真似して、残り二人もまた偉そうにふんぞり返ってる。
わたし、なんだかその様子を見ていて、急に……腹が立って来た!
怒り心頭といった具合で顔を真っ赤に染め、建物の影から飛び出す。
「いいからさ、明日にでもここからサッサと出てお行きなさい♪ 誰も引き止めたりしないよぉ~」
「そうそう♪ 早くそうなさいよねー」
「──アンタ達っ!!」
わたしの一言に、イジメられていた女の子とイジメていた三人のメイドは、ほぼ同時に驚いた表情をこちらへ見せ振り返った。
わたしは両腰に手を沿えたまま、その三人のメイド達を睨みつけ、再び口を開き繋げた。
「複数人で一人の子をイジメるなんて、最低な行いよッ!! 恥知らずっ! もうサイテーのうじ虫ども!!」
「は……恥知らず、ですってぇー?!」
「サ、サイテーって……」
「うじ虫、って……」
三人のメイドの内、ベッティーとかいう赤毛で巻き毛の子が『キッ!』と険しい表情でこちらを見つめ、このわたしに負けて堪るかとばかりに睨み口を開いてきた。
「わたくし達は、ここの御屋敷の品位を落とさないように。この王家……いいえ、共和制キルバレスの貴族員メルキメデス家の為にと思って、この子に注意していただけのことよ!
悪いのは全部、この子の方なんだから!!」
「品位? そんなモノがなんだっていうのよ??」
「――ぬわあっ……?!」
「品位がどうこう言うとしたら、アンタ達が今やっているコトの方が、よほど品位を落とし込めてるとは思わないの?!
アンタ達なんて、人としての品性のかけらもないじゃない……!!」
わたしは身を震わせながらそう言い切り、さらに相手を『キッ!』と睨み返してやった。
その迫力が物凄かったらしく、相手であるベッティーと他二人は途端に怯む。
でもわたしは、それでも容赦なんかしなかった。だって、頭にきてたから!
「人をたかが出生のみで差別する人間なんて、中身がまるでない、人間性無し能無しアホ丸出しもいいところ!
わたし、そんな人間なんか大嫌い!!」
そう好き勝手に言い切ると、わたしはその三人に囲まれていた女の子の手をサッと掴み、屋敷の庭園へズカズカと肩を怒らせながら歩き向かった。
ベッティー達三人は、その場で唖然と見送る……。
一方、そんなメル達の様子を……通る二階の廊下窓辺にて気がつき、遠目ながらも事の経緯を最初から最後まで伺っていたスコッティオは。ついつい、そんな少々困ったところのあるメルに対して、呆れ顔を向けたあと少しだけ感心した表情の笑みを思わず浮かべてしまう。
そうして丁度窓辺に落ちた、色違いの小さな《姫サリス》の花びらにふと気づき見つめると。それを今のメルに重ね合わせ、手を繋ぎ立ち去ってゆく二人の姿を、自分でも気づかないうちに満足げに再度微笑み見送り、ついついこう零してしまう。
「人の人生が多様であるように……人の良さというモノも、やはり多様……なのかしらねぇ?」
「ああ、そうだとも。少なくともワシはそう思うて、生きておるよ」
そんなスコッティオの言葉を耳にし、カジム管理長は満足そうに頷きながら杖をついて後ろから近づいて来ていたのだ。
それに対し、スコッティオも今回ばかりは満更でもなさそうに悟った風に軽く肩をすくめて見せ笑み。そのあとカジム管理長と共に、堂々と歩き去る二人を遠目に窓辺から見送っていたのである。
◇ ◇ ◇
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