ハウスメイド・メルの物語
みゃも
《第1話》
はじめての決断(1)
《共和制キルバレス》と《カナンサリファ》及び《コーデリア国》との経済圏摩擦により始まった、第一次・北部戦争の勃発。
激闘の末、共和制キルバレスの大勝利に終わる。
そして次に始まった、《北部連合カルメシア》と《共和制キルバレス》との間で起こった、壮絶な第二次・北部戦線。
それから数年後に再び始まった、悲劇の第三次・北部戦線。
……わたしは、父さんの顔をはっきりとは覚えてはいない。まだ母さんのお腹の中に居て産まれてもいなかったから。だけど、その時に見せた父さんの母さんへのあの優しげな笑顔の残像は、自分でも驚くほど不思議とよく覚えている。だってわたしは、その戦争であんなにも明るかった父さんを亡くし、同時に大切な家族を失ったのだから──。
……時は経ち、あれから11年後。
「メル、仕事先は見つかったのかい?」
「いえ……マーサさん」
あのあと生まれて間もなく母さんから捨てられたわたしは、州都の街外れにある孤児院で育てられ、幼少期をこの施設内で過ごしていた。その孤児院へと夕方頃になりようやく外から戻り帰って来たわたしを、マーサは困り顔に見つめたあとため息混じりでそう聞いて来たのだ。
マーサはこの孤児院を管理している人で、年齢は五十を過ぎたとても優しく大らかな女性の人。だけどこの孤児院には、そんなマーサでさえも逆らえ切れない決まりごとがあった。
「メル、分かってはいると思うけど。あなたは今年で十二歳になるのよ」
「……それは分かってる、マーサ。でもね、見つからなかったの! だから仕方がないでしょう? 今日だって、最近噂になっている《仮面の商人》の屋敷には行ってみたんだよ!
だけどね、そこのご主人様 が今は不在だから……って、また取り合って貰えなかったから!!」
「仮面の……って。まさかお前は、またアーザイン様のところへ行ってきたのかい?」
「え? ぅ、うん、そうよ! もちろん行って来たよ! だってさ、そこでもし勤められたらそれはとても素敵なことだとマーサも思わない?」
マーサは目をパチクリとさせ、驚いた様子を見せていた。それから間もなくわたしに呆れ顔を向け、次に困り顔に変えて肩をすくめ見せている。
だけどわたしには、その理由がどうにもよく理解できなかった。思わず困り顔に肩をすくめてしまう。
「余計なことかも知れないけどね、メル。それはちょっと無理があるってモンだよ。諦めた方が良い。だってアーザイン様と言ったら、最近のこの州都アルデバルではとても有力な商人様なんだよ。その屋敷へ押しかけるハウスメイドも、皆それなりの紹介状を持って訪れているんだ。
そんな中へ、孤児院育ちのお前が無策に訪ねたところで、誰もまともに取り合ってくれないのは仕方のないことだと私には思えちまうがね」
「……」
そうは言われても、このわたしにだって少しは見栄えのある仕事に付きたいと思う気持ちくらいはあったし……というか、拘りみたいなのがあったから。マーサの言うことはとてももっともな話だとは思うんだけど。でもそれでも、どうしても反感したくなる気持ちの方が強くあった。
そりゃあ~さ……まだ仕事を見つけられないことについてはとても申し訳ないなとは思ってはいるんだけどね?
マーサは不愉快気に顔を背けるわたしを困り顔に見つめ、再び肩をすくめてから口を開いた。
「もう少し、自分の背丈に見合った仕事を探したらどうなんだね? そうじゃないと来年には、この施設を出なければならないんだよ……。
私はね、メル。その事が何よりも気掛かりで心配なんだ。少しはこの私の苦しい立場と気持ちも分かっておくれな……」
「……」
この孤児院は約十九年前まで、《コーデリア国》が直接管轄する福祉施設であったが、戦争に負けたことで、今では《共和制キルバレス》が管理運営する様になっている。
そして、その共和制キルバレスが定めた新たな規則として、原則十二歳までの間までしかこの孤児院には居られないことになっていた。
わたしはまだ十一歳だけど、今年で十二歳になる。だから、それまでに仕事を見つけここから出なければならなかった。マーサはその事を案じ、そう言ってくれていたのだ。決してイジワルな気持ちからそんなことを言ってる訳じゃない。そのことは本当のところちゃんと分かってはいる。マーサがわたしのことを思う気持ちは、とてもありがたい。だけど残念なのは、マーサにはわたしの本当の思いや願い気持ちなんてわかってないっていうこと。
わたしは出来ることならマーサの傍から離れたくなかった。だからこの近くで働きたかったんだ。
そんなマーサが今も見せる困り顔をわたしはそんな思いで悲しげに見つめ返し、軽くため息をついて、次に仕方なくコクリと頷き、静かに俯いたまま泣きそうになる思いを懸命に堪え口を開く。
「分かった……。明日も《政都庁舎》へ行って。なにかいい仕事がないか見つけて来ることにする」
観念したようにわたしがそうポツリと呟き言うと、マーサはホッとした表情をようやく見せ安堵の吐息をついていた。
「そうだね、その方が良いと私も思うよ!
さあ、疲れただろう? 一度部屋で休んで、それからいつもの様に食事の支度を手伝っておくれな、メル」
「はぃ…マーサさん……」
わたしは二階の自室に荷物を降ろし、五分ほど一休みしたあと、再び一階へと戻ってマーサを手伝い夕食の準備をし、孤児院のみんなと一緒に温かな食事を頂く。
それからこの日は、早めに休むことに決めた。
◇ ◇ ◇
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