探し屋九条巴の解決介入

surisu

0.九条巴

九条巴くじょう ともえはその日、喫茶店で店番をしながら暇を持て余していた。七月も中旬、平日の午後、夕方も近くなっていると言うのに、まったく客が訪れる様子はない。見事なまでに閑古鳥がないていた。


「やる事がねえ…俺がここに居る意味あるのか?」


 女性のような名前を持つ男、巴は愚痴を漏らしいつものように溜息を吐く。

 身長は百七十センチあるかどうか、中性的な顔立ちをしており大きな瞳が二十四歳という実年齢よりも巴を若く見せていた。

 髪は染める事無く真っ黒で、短すぎず長すぎず意図せずしてナチュラルショートを保ったていた。接客業だというのに寝癖が所々立っており、だらしなく見えるのはご愛嬌だという事にしておこう。

 体は細く見えたが、日々余っている時間でトレーニングをしているため、しっかりと引き締まっている。

 その男が白いシャツに黒いロングズボン、そこに九条亭と書かれたエプロンを付けて、やる気なさそうにカウンターの越しからボーっと入り口を見つめているのである。

 顔立ちも整っているので、巴目当ての客でも来て不思議ではないはずのなのだが、喫茶店『九条亭』は閑古鳥が鳴いているのが日常だった。


「はぁ…大体なんでこんな所に店構えたんだよ」


 巴は本日何度目かの溜息を吐き、毎度の如く愚痴を漏らした。それもそのはず、巴の働いている喫茶店『九条亭』はあまりにも立地が悪すぎたのだ。

 駅から歩いて十五分程度かかる住宅街の中、そこにある小さな商店の集まりの一角に『九条亭』はあった。

 一角は一角でも本当に端に位置しており、たどり着くためには錆び付いて老朽化した『九条亭』と辛うじて読めるブリキの看板が掛かった門をくぐり、中途半端に持て余した土地を適当にガーデニングした雑草と季節の花が生え乱れる大き目の庭を通って、ようやく店にたどり着くのだ。

 さらに入り口も中を確認できる窓などは存在しておらず、やけに重たい古びた扉を開けて中に入らなくてはならない。唯一の救いは、巴が働くようになってから立てられた「OPEN」と書かれた看板であろう。それまでは開店しているかどうかも分からない仕様だったというわけだ。

 因みに内装はさほど悪くはなく、大正ロマンといった様子で古風なテーブルと椅子、店長が集めたさまざまなアンティーク、動くかどうかも分からない蓄音機に、何年ものかも分からないが時間を正確に刻み続ける振り子の大時計がカウンターの隣に置かれていた。

 ただそのせいか、もともと広くはない店内の客席が四人掛けのテーブル席が三つに、五人ほど座れるカウンターがあるのみとなっていた。

 商売っ気など、どこ吹く風か。『九条亭』は常連客とその人達が連れてくる新客によって成り立っているのであった。


「紅茶入れるか…」


 あまりの暇加減に、巴は立ち上がると紅茶を自分用に入れて飲もうと、茶葉の入っている平たい缶を開ける。途端にフワリと独特のほのかに甘みを含んだ紅茶のにおいが広がった。

 巴はこの匂いが好きであった。とはいえそれが理由で紅茶を選んだわけではない。焙煎せずに済むから、紅茶を巴は選んだのだ。


―――――カラァンカラァン


 お湯を沸かそうと準備をしていると、古すぎて音が間延びし間抜けに聞こえる入り口の鐘が店内に鳴り響いた。

 客人だ、と巴は紅茶の缶に直ぐに蓋をすると待ちわびた客人へ視線を向けた。


「いらっしゃいませー!」


 無意味な時間を打破してくれた貴重な客人だった為、思わず巴の声に気合が入ってしまう。驚かしてしまったのではないかと、巴は思わず自分の口を押さえた。

 だが、客人は巴の心配などまったく気にしてないようで、物珍しそうに店内をキョロキョロと見回していた。今日は碌に外に出ていない巴には分からないが、外は相当暑かったのだろう、客人は額に汗を浮かべていた。すると巴の視線に気がついたのか、通学用であろう青色の鞄から出した白いハンカチで汗を拭くと、巴の居るカウンターへと歩いてくる。


「ここ、九条亭であってる?」


 半そでのセーラー服を着ている所、見た目の年齢からして女子高生であろうか、黒い長髪の似合う少女は巴にそう質問した。


「はい、そうです。暑い中ご来店ありがとうございます」


 わざとらしいほどに物腰柔らかく、巴はスラスラと答えた。店名を口にするという事はわざわざ分かりづらいこの店を探して着てくれたと言う事だ。常連客になってくれるかもしれないと、巴の声がいっそう明るくなる。しかも可愛い子だぞ万歳と、巴の心は先ほどとは打って変わって浮かれ模様であった。


「そう、あのね。私元々は猫なんだけれど、自分の死因を探って欲しいの」


 少女がその言葉を口にするまでは。巴は思わず固まってしまうが、すぐさま正気戻り少女の言葉を反芻する。

 そしてある結論を下した。


「ああ…そっちでのご入用って事か…。しかもまた変人かよぉ…」


 思っていたことを口にしてしまった後、この上ないほどいやそうな顔をして巴は頭を抱えてカウンターの中で蹲ってしまう。意気消沈した巴を見て、少女は面白そうにクスクスと笑っていた。詰まる所、こうなるであろうと理解しての台詞だったわけだ。

 季節は夏、晴れ晴れと雲ひとつない平日の午後、一人の少女の来店により、物語は始まる。これより巴の暇な時間は終わり、九条亭の副業「探し屋」の業務が始まろうとしていた。

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