私は大きくなりました。

@aida

第1話 帰省

 私の実家には、いわゆる「開かずの間」があった。

 二階の角にある、小さな部屋。

 祖母が言うには、そこには彼女と私の父親の他には誰も入ったことがないそうだ。私がまだ幼かったころ、よく祖母からは「開かずの間」には近寄ってはいけないよ、と言いつけられてきたのを覚えている。しかし、子どもだった私にとって、その忠告はあまり意味をなさなかったみたいで、その「開かずの間」は、私の興味関心を捉えて離さなかった。

 その当時は、祖母の目を盗んでは何とか入り込んでやろうとしたものだったが、時間というのは残酷なもので、時を経るにつれて私の興味関心は、流行りのファッションやメイクといったものにうつっていった。そして、ついには、大学進学を機に実家を離れ東京に出てきた私にとって「開かずの間」は、最早どうでもよいものになってしまっていた。つまり、大学生目前だった私の脳内は、大都会東京でのアバンチュールと、華の大学生活のことでいっぱいだったのだ。

 さて、ではその肝心の私の大学生活はどうなのか、と問われれば、答えはイマイチだ。入学したてのころは、なにぶん田舎から出てきた身だったので、都会の喧騒や高層ビル群には驚かされたものの、一週間もすればそれらにも飽きてしまった。

 大学生活初日は、それこそ気合も入っていたせいか、都会の女らしく振舞おうとしていたが、そんな自分に情けなくなったのですぐやめた。オシャレに関して言えば、中学生からそれなりに気をつかっていたおかげか、まわりから田舎者扱いされることはなかった。まあ、田舎者だと言われたところで、どうもこうもないのだが。

 話せば長くなるので、かいつまんで言ってしまえば、東京も、大学生活も、アバンチュールも、私が実家で思い描いていたものとはかけ離れていた。

 そうして私が夢と現実のギャップに悶えていると、いつのまにか大学は夏休みに突入していた。私は特にこれといった理由もなかったのだが、実家に帰省することにした。もっとも、実家なのだから、帰る理由など必要ないし、好きな時に帰ればいいのだろうに。



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