灯.02

「――お前がサツキを殺したって、誰も喜んだりしねえんだよ! お前の親父も! お前のその光も! そんでもって、お前だってな!」


 暴風のような激しさで肉薄する極光の渦。カタナはそれを緑光迸る光刃で捌き続ける。緑光に染まったカタナの瞳が、メダリオンを射抜く。


「ニンジャ如きが! 知ったような口を!」


 絶叫にも似た叫び。双方の光の激突と共に夜空が輝く。メダリオンの極光が、もがくようにのたうちながらカタナの周囲で爆ぜ、瞬く。


「知らねえ、俺はなんにも知らねえ! けどな、こいつらがずっと俺に言ってんだ! お前をなんとかしてくれって、助けてやってくれって! 」

「何を――わけのわからないことを――」


 カタナの激情に呼応するように、緑光はメダリオンの極光を押し返し、更に強く、更に激しく輝く。そしてその緑光を自在に操り、最早緑光そのものと化したカタナの光刃が、尚も踏みとどまる極光を斬り裂く。


「まだわかんねえのか!? お前とずっと一緒だったこいつらが、一番お前のことを心配してるって言ってんだ!」

「心配――?」


 極光を切り裂かれ、空中で後方へと弾き飛ばされるメダリオン。その上空。無数の星々。そして月。緑光の粒子が幾筋もの流星となってカタナへと集結。

 夜の天上を背に、全てを飲み込むエネルギーの激流と化した光刃が、大上段に振り下ろされる。光刃が、メダリオンを捉える。


 衝撃――。 

 雷に打たれたような途轍もない衝撃に、メダリオンの意識が弾ける。メダリオンの目に映る景色が、スローモーションのように流れ、混濁する。最早、時間感覚すら定かならぬメダリオンの意識。その中でついに彼は見た。自身が身に纏い、物心ついた時から手足のように自らと共にあった極光が、その姿を変え、カタナの緑光へと合流していく様を――。


(そうか――あの光は、この世界に存在するあらゆる力の原初の姿――最も無垢な――全ての、始まりの力)


 それが、カタナの力が突然増大した理由――。

 ミドリムシの正体。それは、この世に偏在するあらゆる力の源。メダリオンの極光もまた、ミドリムシが持つ姿の一つ。メダリオンの力の顕現たる極光は、自らの意思で本来の主を離れ、カタナの力となることを選んでいた。そして、その光景を見たメダリオンは悟る。自らの敗北を――。

 無数の粒子が遥か彼方へと流れる。メダリオンの美しい長髪と着衣が、吹き抜ける粒子の圧によって激しくたなびき、最後まで彼に付き従っていた極光が、かき消える。


 緑光の渦に飲み込まれたメダリオンの脳裏に、白で覆われた景色が浮かぶ。

 吹きすさぶ雪。凍った大地。その中で自分を抱き、涙を流す父の横顔――。


『――お前が、居てくれて良かった――』


 彼は、父の涙を自分が止めると誓った筈だった。 

 ずっと傍に居る――。

 父さんの傷ついた心を、癒やしてみせる。

 父さんが、寂しくないように――。

 だが、父の負っていた傷は彼の想像を絶するほどに深く、残酷だった。


 メダリオンは町を作り。国を作り。人を集めた。全ては父を癒やすため。そのためなら、なんでもしようと決めていた。その筈だった。

 彼が父のために何かをすればするほど、彼は自分の無力を思い知ることとなる。もとより、父の負っていた傷は、癒せるようなものではなかった。

 思えば、メダリオンがそれを知り、自覚した時に何かが狂ってしまったのだろう。彼は他人を拒絶し、暗く黒い世界に身を沈めるようになった。

 まるで、癒せぬ父の傷と、自身の無力から目を背けるように。


(私が最も消し去りたかったもの……最も憎んでいたものは……無力な私自身だったはず……それが、この有様とは……)


 メダリオンは目を閉じた。閉じられた瞼の裏に、彼は父の背中を見ていた。


(父上――愚かな私を、お許し下さい――)


 緑光の渦の中、カタナが加速する。無数の粒子に捉えられ、身動きの出来ぬメダリオンを閃光が貫く――。


 ――ことは、なかった。


「……――?」  


 あまりにも突然。あれ程までに荒れ狂っていた緑光の気配と圧が消える。訝しんだメダリオンが、僅かに目を開き周囲を見渡す。

 夜空。そして海。

 そこでメダリオンは、僅かな緑光と共に真っ逆さまに落下してくカタナを捉える。


「一体、何をしている……? まさか、この私に情けを――!?」


 落下するカタナに向かい、困惑した様子でメダリオンが叫ぶ。だが、当のカタナは息も絶え絶えという有様である。カタナは落ちながらメダリオンへと体を向け、疲れきった顔で叫んだ。


「ちげーよ! お前が元気になったから、みんなお前のとこに帰っちまったんだ! おかげでこっちはすっからかんだよ!」

「私の……ところへ?」


 メダリオンは自身の周囲を見る。その目に映る虹色の極光。いままで、彼の傍を片時も離れることが無かった彼の光。それは、普段と何も変わらぬ様子でメダリオンの元に在った。

 その様子を見ていたカタナは、屈託のない笑みを浮かべてメダリオンに叫んだ。


「お前の悩み、吹っ飛んだかー!?」

「な、悩み――? まさか、貴方は本気で――」

「そいつらみんな、お前のことが好きだってさ! じゃあなー!」


 カタナのその言葉に、中空で立ちすくむメダリオン。だが、カタナはもはや気にした様子もない。メダリオンに向かって一つ手を振ると、その姿は雲を突き抜け、みるみるうちに小さくなっていった――。


  ◆     ◆     ◆


「――ごめんなさい」


 ユニオン艦隊旗艦内部。

 自らの居室へと向かうエレベーターの中。カタナとのやりとりを思い返すメダリオン。そしてその隣――何かを我慢するように、スピカが俯きながら呟く。


「私達……頑張ったけど……逃げられた……カルマにも……無理を……」


 スピカはその顔に表情を浮かべないまま、大粒の涙を零していた。メダリオンは、静かにスピカの前で膝をつくと、彼女の涙をその指で拭った。


「――謝るのは私の方です。二人に無理をさせてしまった。許してください」


 微笑むメダリオン。彼はそのまま、そのガラス球のような瞳を真っ赤に泣き腫らしたスピカを、優しく抱きしめた――。


 ――あの時。

 落下するカタナには今度こそ。正真正銘なんの力も残っていなかった。対して、メダリオンの力はほぼ万全――。

 追撃していれば、恐らく彼が勝利しただろう。

 だが、メダリオンは結局、カタナを追うことはなかった。


 メダリオンはまだ気付いていない。彼が父から受けた大きな愛情は、すでにスピカやカルマ。彼の身近に在る者達に対して、確かに伝わっていることを。例え、それだけでは父の傷を癒やすことはできなくとも。彼を必要とする者達は、大勢いるのだから――。


(ニンジャ――。いや、カタナ。この借りは、いつか必ず――)

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