十一.闇に仕えし巫女
夢か、
生と死の狭間を行きつ戻りつした後、徐々に現世へと呼び戻される。目をゆっくりと開いてゆくが意識は朦朧として、此処が何処か、今が昼なのか夜なのかすら分からない。
――身体が動かない。四肢に鉛でも括り付けられたみたいだ。
やっとの思いで左手を上げる。ところが、当然在ると思っている自分の左手首より先が失く為っている。
「此れは……何だ?」
気付くまでは忘却していた傷の痛みが、彼の身体へと行き渡る。血は止まっているようだが、言い表し難い凄絶な痛みが男を襲う。
燃える苦しみに支配されそうに為るのを何とか耐えつつ、上手く機能しない脳を働かせ、自分の左手が失われた理由を思い出そうとする。
「奪われたのだ。聖安の蒼き獅子にな」
男の疑問に答えたのは、聞き覚えの有る女の声。
「誰だ?」
声のした方へ首を僅かに傾ける。長い黒髪を垂らし、全身黒い着物を纏った女が自分を見下ろしているのが目に入る。
「誰? とは……散々弄んだ女を見忘れるとは、冷たい男だな」
女は膝を折り、男の上に被さるような格好に為る。細く伸びた白い指で男の肌を撫でながら、彼の唇にそっと口付けを落とした。
「瑠璃なのか?」
間違いない。流麗な黒髪に香り立つ白い白い肌、紫水晶の瞳の女。男……玄武が決して自分の腕の中から離そうとしなかった美貌の女である。
だが今目の前に居る瑠璃は、玄武の見知る彼女と大分様子が異なる。だからこそ一目で分からなかった。
――俺の知る瑠璃は、こんな氷のような女だったろうか? まるで魂が宿っていない人形のような……
彼の質問に答える代わりに、瑠璃は両手を玄武の左手へと運ぶ。自分の左手で彼の腕をそっと持ち上げ、右手で失われた手の在った場所に優しく触れた。
傷口に触れられ、痛みが増すかと思い身体に力を入れる彼だったが、要らぬ心配に終わる。彼女が触れた瞬間から、触れた部分から、徐々に痛みが引いてゆくのを感じたのだ。
瑠璃は傷口に手を当てたまま
――瑠璃は神人だったのか? 何故此れまで分からなかったのだろう?
今ならはっきりと感じる。彼女の身に宿る、尋常ではない神力を。玄武と共にいる間自分の神気を隠し、非力な人間だと見せ掛けていたのだろう。そんな芸当が出来る神人は滅多に存在しない。玄武にとて無理である。
瑠璃が手を離す頃には、あれ程彼を苦しませていた痛みがすっかり消え失せていた。身体も何だか軽くなり、上に乗っている瑠璃を押し除けて身を起こすことも可能な程回復している。しかし彼は敢えて、其のままの体勢から動かなかった。
「俺としたことが……おまえが此れ程の治癒術を扱える神人だと露程にも気付かなかった。聖安の生意気な子供にも殺られ掛けたんだ。さぞかし呆れるだろう?」
残った右手で額を押さえて自嘲する。其の様子は、少年の頃から己が力に絶対的な自信を持ち、傲慢で尊大な何時もの彼とは全く異なっている。
「争いには敗れたが、貴殿には未だ其の心がある。限りない欲心だ。私……いや私よりも、私の主がそういう類の念を好む。だからこうして助けてやったのだ」
彼女の言葉は、玄武には良く解せない。未だ思考がはっきりしないからであろうか?
「俺は……あの小僧から、あの船から小舟で独り逃げて……此の島に流れ着いた。そして其のまま、血を流し過ぎて正体を失った」
辺りを見ながら、次々と呼び起こされていく記憶。逃げた此の島は海賊が我が物としていた小島で、今居る此処は彼の邸、寝所の寝台の上である。
「俺は海岸に倒れていたはずだ。此処まで連れて来て寝かせたのか?」
自分のようにがっしりした体躯の男一人を、瑠璃だけで如何やって運んだのだろうか? 思えば此の女には驚かされてばかりだった。
「其のような小さき事、如何でも良いではないか? 考えねばならぬ事は他にたんと有ろう?」
瑠璃は其の形良い唇に、ほんの少しだけ笑みを浮かべて囁く。笑っていると言うよりも、口元に僅かだけ力を籠めていると表現した方が近しい。
――手が冷たい。瑠璃の手は、こんなに凍り付いていただろうか?
彼の身体を妖しく弄り着物を脱がせてゆく彼女の指先は、雪の如くひんやりとした冷気を纏っていた。
続けて自分の着物の肩を落とし、眩い白光を放つ素肌を露わにする。其の豊かな胸の膨らみへと玄武の右手を持って行き、軽く触れさせた。
「さあ、貴殿の欲しい物は手の中に在る。傷を癒したら存分に奪うが良い。そうした邪念こそが我が君への
世界を照らす陽光が消え去り、夜の
闇に仕える女は玄武を再び絡め取り、果て無い情欲と力を満たしてやる。其れこそが、彼女が
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