六.青年将校
翌朝、朝餉の後に宿を出た麗蘭は、真っ直ぐ燈凰宮へと向かう。
思った以上に紫瑤の街は広い。宿の窓から眺めると皇宮は近くに見えたが、歩いてみると相当な距離が有る。
参殿するとはいえ、装いは何時もと同じ着物と袴。風友から預かった文を懐に入れ、腰に刀を差している。弓を背負っているのは流石に目立つので、宿の客室に置いて来た。
大通りを抜けてゆく時、人々が店番もせず街頭に揃って並び始めているのに気付く。道の真ん中を空け、何かがやって来るのを待っているらしい。
足を止めて不思議そうに見ていると、白髪の交じった年配の女性が話し掛けてきた。
「今回は早く片が付いたねえ。
女は感心した様子で、皇宮とは反対の方向を見ている。他の人々も一様に同じ方角を見て立っている。
「辰の反乱軍を鎮圧しに行った禁軍が、帰って来るのですか?」
尋ねると、女性は麗蘭を見て頷いた。
「そうだよ。
瑛睡公とは、麗蘭が尊敬する高名な将軍の一人だ。風友が現役を退いてのち後任の上将軍になった人物で、風友と並び聖安軍で英雄的活躍をした軍人として知られる。
「上将軍だけじゃない、副官としてご一緒されている
「蒼稀上校?」
そちらは聞いたことのない名だった。都では有名な将校なのだろうか。
「あ、来たぞ!」
女性の連れらしき男性が指差した向こうから、次第に人々の歓呼が聴こえてくる。大きく為るにつれ、騎乗した軍人たちがゆっくりと近付いて来た。
掲げる旗は金の双頭龍が刺繍された紫色で、兵士が纏う甲冑の色も同じ。話に聞いていた禁軍の特徴通りだ。
先頭を進み大隊を率いているのは、一際目を引く壮年の男だった。他の者よりもやや派手な鎧を身に付け、穏やかさの内に底知れない激しさを秘めた、厳しい顔付きをしている。
先程の女性も、周囲に
麗蘭も声こそ上げなかったが、生まれて初めて間近で見る禁軍と名高い上将軍の姿に目を輝かせていた。幼い頃から軍に入りたいと願って来た彼女にとって、
「あれ? 蒼稀上校が居ないぞ」
湧き上がる喜びの声の中、疑問の声がぽつぽつと聴こえてくる。
「後ろの方に居られるのか? まさかお怪我をされたのではあるまいね?」
勝者の列は暫く続きそうなので、麗蘭は
憧れの禁軍を何時までも見ていたかったが、僅かでも早く向かわねばならない。風友によると、女帝は麗蘭が十六に為ったら直ぐに自分の許に赴くよう命じたというのだから。
思った通り路地には人が殆ど居らず、低い屋根の建物に挟まれた細い道が皇宮の方向へと伸びている。
再び歩き出そうとした時、背後から誰かに呼び止められた。
「凱旋を見なくて良いの? 聖安一の上将軍と禁軍なんて、結構な見物だと思うんだけど」
聞いたことの無い、若い男の声だった。振り返ると、麗蘭と同じ年頃の青年が立っている。
鮮やかで深みの有る蒼い髪に同じ色の瞳。端正で物柔らかな顔立ちに、見るからに育ちが良さそうな品の有る笑み。更に上質な軍服に長い外套が、彼が上級士官であることを裏付けている。
「失礼、僕は
怪訝そうな顔をした麗蘭を見て、青年は幾らか申し訳なさそうに言う。
「蒼稀……上校の?」
彼の名前を聞き、先程観衆が口にしていた蒼稀上校を思い出した。
蘢が頷くと、麗蘭は我知らず目を丸くする。自分と変わらない年頃の青年がそんな上位の将校に為れるのか、と。だが確かに、蘢からは並々ならぬ神力が感じられる。
「禁軍の上校であられると聞いたが、凱旋に加わらなくても良いのか?」
「ああいうのは得意でなくて、瑛睡殿に押し付けて来てしまったんだ」
麗蘭の問いに、蘢は言葉の割に悪びれない様子で笑っていた。
「此の方向だと、皇宮に向かっているの?」
蘢の示した方角に、目指すべき城が見えている。何時の間にかかなり近くまで来ていたようだ。
「ああ、女帝陛下に拝謁したい」
他人に言う積もりは無かった。しかし蘢の誠実で人の良さそうな人柄に触れて彼を信用し、謁見の方法を訊こうと考えを改めたのだ。
「私は清麗蘭。陛下にお会いするために来た」
身分の無い少女が女帝に会いたいなどと、事情を知らない者は不審そうな顔をしてもおかしくない。だが蘢はそんな素振りを見せず、微笑んだまま頷いた。
「そう、なら都合がいい。僕も此れから陛下の御許へ参ろうとしていたところなんだ。此れも何かの縁、案内するよ」
そう言って麗蘭に背を向け、燈凰宮へと歩き出す。そして数歩進んだところで立ち止まった。
「成程、話に聞く通り……目の覚めるような美しさだ」
「え?」
何やら呟いた蘢に、麗蘭が思わず聞き返す。彼は振り返ると黙したまま、人懐っこく笑むだけだった。
※上校…大佐のこと。
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