第84話 三章 何もない三人

勢いよく飛び出してきたものの、行き場はなかった。


「くっそ。支配人(ミステル)の奴、見つけたら喉を切り裂いてやる」


クララは拳を握りしめてどんどん路地の裏へと進んでいこうとするが、目的があるわけではない。


エマが問いかける。


「これからどうするの?」


「さあな。まずは隠れるところを探す」


「闇雲に探し回って見つかるの?」


「昨日だって、その前だって、こうやって凌いできたんだ。

 他に手があるなら教えてくれよ」


クララは苛立ちを隠そうともせずにエマに食ってかかった。


「ごめんなさい。責めているわけではないの。

 ラファエルを早くどこかで休ませてあげたくて」


殊勝なエマの思いやりに、クララは怒りをぶつける場所をなくす。


「ラファエル、大丈夫か?」


クララの問いかけにラファエルは答えない。


クララは改めてラファエルの正面に回り込んで顔を覗き込んだ。


「ラファエルはどうしたいんだ?」


「僕は……」


ラファエルは言いよどんだ。


(支配人(ミステル)は僕を騙した。

 だがそれがなんだって言うんだ?

 母はもうこの世にはいないんだ。

 母に元気になって貰うためにいままで頑張ってきたというのに。

 会いたい。

 お母さんに会いたい)


「何だ? 何でも言ってみろよ」


「……わからない」


「なんだよわからないって。

 支配人(ミステル)に復讐したくはないのかよっ」


クララがラファエルの胸ぐらを掴む。


「どうなんだよっ!」


クララは火事で死んだ両親を思っていた。


家族を失った辛さは身に染みてわかっている。


ラファエルはみるみる目に涙を溜めて体を震わせる。


(僕は支配人(ミステル)を、殺したいのか?)


「やめて。ラファエルは混乱してるのよ」


クララの手をはねのけてエマがラファエルをかばう。


「母さんが死んだ……母さんが……」


ラファエルは堰を切ったように想いが溢れ、ついには大声をあげて泣いた。


「うわわわわわわああああっっっっ」


エマがラファエルの頭をその小さな胸に抱きかかえた。


ラファエルは腰に手を巻き付けて感情のままに泣きじゃくる。


クララが本気で怒ってくれているのが、


エマが本気で心配してくれているのが、


どうしようもなく、ラファエルの感情を大きく揺さぶっていた。

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