第31話 二章 羽交い締め

まだ真冬には遠いというのに、とても寒い日だった。


時代遅れの薪ストーブがぱちぱちと音を立てる。


「どうかな?

 寒くない?」


ラファエルは隣の檻にいるマノンに声を掛ける。


彼女は毛布をしっかりと抱きしめて、気怠そうに身じろぎした。


他の子たちは練習に出ていた。


次の演目の練習ということでマノンには出番のない日が度々あった。


呼ばれないということは、彼女には次がないことを示している。


「……寒いわ。とても」


マノンは寒いのがとても苦手だ。


だから彼女の近くではストーブを焚くことを許されていた。


ラファエルは仕事の合間にときどきこうしてストーブの様子を見に戻る。


「ねえ、ラファエル。

 もっと暖かくできないのかしら」


ラファエルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん。これ以上は暖かくならないみたいだ。

 僕の毛布も貸してあげる。

 暗幕の余りがまだあったからそれも持ってくるよ」


「いいの。こっちへ来て」


マノンにいわれるがまま檻の格子にもたれかかると、マノンがそこにぴったりとくっついた。


檻から尻尾を出してラファエルの躰に巻き付ける。


マノンが意地悪そうに笑みを浮かべる。


「ふふ、暖かい」


ラファエルは狼狽える。


「あの……、マノンさん……?」


「ごめんなさい。迷惑よね……」


マノンが絡みついていた尻尾をほどこうとしたので、ラファエルはその尻尾を抱いて逃がさないようにした。



「いいよ。別に」


自分の躰と彼女の尻尾の上に毛布を巻く。


「人の温もりなんて久しぶりだわ」


マノンは安心したように深い息をついた。


「そうだね」


ラファエルにとっても懐かしかった。


母に抱かれていた頃を思い出す。


来た当初こそ戸惑った彼女の鱗の感触も、いまは心地良いくらいだ。

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