第9話 まさかの気絶?
「ほう、スゴイですね。 ここの訓練所は」
門をくぐって、丘の上から訓練所を見渡した斉藤が、感嘆の響きを滲ませながらそう言った。
その言葉に、隣にいるコータが声を弾ませながら応える。
「それは、ありがとうございます! あとで案内するので、まずは本部のほうへ行きましょう。 所長が待っています」
「ええ、わかりました」
所長から、ここに来るときに連絡をもらい、客人を本部へ招くように言われていたので、それを斉藤に伝える。
斉藤はなんの疑問を感じることなく頷く。
まぁ、ここに来るにあたり、所長に会わなければならないというのはわかっていたのだろう。
「そういえば……ここの所長は神様であられましたよね?」
「…………あぁ、はい。 えぇーと、一応、そうですね」
思い出したように言う斉藤の言葉に、歯切れの悪い返事をするコータ。
怪訝に思った斉藤が、話を聞いていたであろう近くにいる他の訓練生にも顔を向けるが、皆、目が合う前に顔を逸らしてしまう。
「まぁまぁ、行ってみればわかるよ~」
「うん、見ればわかる」
「期待しないほうがいいぞ」
顔を逸らしながら明後日の方向を向きながら、ワタル、誠二、ミツルが言葉を発する。
どれもハッキリとしない言葉だったが。
「はぁ」
ますますワケのわからなくなった斉藤だが、頑なに真実を語らず、うやむやにする彼らを見て気の抜けた返事をする。
「各班の班長は先に報告に行けよ~。 それと、それ以外のみんなは自分の部屋に戻って待機してていいぞ。 まぁ、どうせ集合がかかると思うケド」
場の空気を戻すように蓮が丘を下っている訓練生たちに呼びかける。
辺りから返事が返ってきて、その言葉に従い、みんなが足早に丘を下り、自分の部屋に向かっていく。
ここにいる訓練生たちには、各班ごとに部屋が与えられており、その中で生活しているのだ。
部屋の中には、各個人用の部屋があり、ルームシェアのようになっている。
なので、最低限のプライバシーは守られるし、半年に一度、部屋変え(という名の部屋取り合戦)があるので、かなり頻繁に部屋を変えられることができる。
別に、各班ごとに部屋が与えられているのだが、別に同じトコロに住まなくてもいいので、みんなはけっこうしょっちゅう部屋を替わったりしている。
例えば、夏の暑い時期には日の当たらない部屋に移るなど、わりかし自由である。
今は初冬なので、その部屋取り合戦が活発化する前なので、みんな穏やかに過ごしているが、部屋変えのある夏至と冬至には、みんなが敵対心を剥き出しにしている。
そうゆう、ちょっと変わった風習もあるのだが、斉藤は知る由もない。
「じゃあ、とりあえず本部に招待しますね。 ほら、正面にある白塗りのコテージが本部です。 そして、その奥にあるのが僕達が住んでいるアパートです」
「こんなキレイな建物が本部なんですか、羨ましいですね」
コータが本部だと説明した建物の前に来て、斉藤が羨ましそうに言う。
その言葉に興味を持ったコータが斉藤に質問する。
「システィーナ遊軍の本部ってどんなカンジなんですか?」
「ははは、遊軍でいいですよ。 わざわざ、そんないつも正式名じゃなくても。 皆さん、そう呼んでますし」
「はい、じゃあ、そうしますね」
律儀にも正式名で言うコータに、笑いながら言う斉藤。
「あぁ、そうそう。 私達の本部なんて、鉄筋コンクリートで固められた素っ気無い本部ですよ。 それに飽き足らず、ところどころから銃座が覗いていたりしてますからね。 完璧に要塞ですよ、要塞」
「へぇ、そうなんですか。 あまり、行きたい場所ではないですね」
「ほんとにそうですよ。 あ、でも私達、第二軍の居城はきれいな洋風の城ですよ。 まるで西洋かと思うくらいです!」
「すごそうですねぇ。 それなら、一回、行ってみたいです」
「ええ、コータさんならみんな歓迎してくれますよ、きっと」
「あ、あははは…………」
楽しそうに話す斉藤に、顔をひくつかせながら応えるコータ。
そんなコータの様子を周りにいた仲間たちは不審げな顔で見る。
斉藤と出会ったときもそうだったが、なにか遊軍とつながりがあるらしい。公言するつもりはないようだが、なにかがあるというのをみんなは悟っている。
よほどの馬鹿ではない限りわかるだろう。
「じゃあ、俺は部屋に戻ってるから、連絡よろしく~」
「待て、おまえも班長だったろ。 なに、逃げようとしてるんだ」
否、ここに二人いた。 全く悟っていない様子のワタルと誠二が呑気な声でやり取りを交わす。
「えぇ~、イヤだよぉ。 早く家に帰りたいよぉ」
「いいから、来い」
自分の部屋があるアパートのほうを恋しそうに見ながら駄々をこねるワタルだったが、その後襟(うしろえり)を誠二につかまれ、本部まで引き摺られていく。
なぜ、抵抗しないかというと、意外と真面目な性格をしているミホが厳しい顔でワタルを睨んでいるからであろう。
ミホには逆らえないワタルだが、せめてもの抵抗にと、自分で歩くことをしようとしない。
ただ、目を合わせるのは怖いらしく、視線は明後日の方向に向けられているが。
「じゃあ、僕達も行きましょうか。 今日のこと報告するからミツルも来て」
「そうですね」
「わかった」
そんなワタルを見てみぬ振りをして、コータは斉藤とミツルを促し、二人も同じように返事をした。
本部へと向かう途中に、斉藤とミツルと肩を並べて前だけ見て歩いているとコータの肩をだれかがちょちょいと叩いたので、誰かと思い振り返る。
そこにはユキがいて、真っ黒で、まるで吸い込まれそうなキレイな瞳でコータを見つめてきていた。
至近距離で美少女の顔を見たので、少々仰け反りながらコータから口を開いた。
「ど、どうかしたの。 ユキ?」
「うん、本部に行く前にちょっと話がしたいと思って。 ダメ?」
可愛らしい微笑と共に、弱々しい上目遣いの瞳で小首を傾げるユキ。
その超絶可愛い仕草を至近距離でかまされたコータは、目が回りそうな勢いだったが、かろうじて悟らせないように堪える。
「い、いあ、いや、全然だいじょうぶだよ! 任せておいて!」
口調からして大丈夫ではないし、なにを任せてなのかよくわからない発言だったが、ユキはこれを肯定と受け取ったようで、笑顔を弾けさせた。
その笑顔を見たコータは、またも目が回りそうになったが、
普段、よく女子と話しているおかげでなんとか大丈夫だったのだと思う。
決して、普段はあまり喋れていない(といっても、他の男共に比べれば圧倒的に喋れているのだが)ユキとの会話の最中に倒れるなんていう勿体無いマネはできないと思ったからではない。
「じゃ、じゃあ、二人は先に本部の客室に行ってて。 所長はまだいないと思うから、別に報告はしなくていいから、そこで待ってればいいよ」
最初の言葉は二人に向けて言い、後の言葉はミツルに向けて言う。
「わかりました。 案内、お願いします」
「…………」
斉藤はコータの言葉に素直に頷き、客室に案内してくれるであろうミツルに頭を下げる。
ミツルは面倒くさそうな顔をしたが、一応は頷いてくれた。
そして、コータはそんな二人が本部に向かうのを見届けてからユキに向き直った。
「ユキ、それで、話ってなにかな?」
ユキが言いにくそうにしているのに気付いたが、あえて単刀直入に言うコータ。
コータの言葉に目を背けながら、口ごもりつつ答え始める。
「あの、その…………マサルさんと連絡が取れなくなったの。 アキさんも一緒に。 だ、だから、それを伝えておこうと思って」
「そう…………ありがとう。 でも、あの二人はしょっちゅう連絡つかなくなるから大丈夫だよ」
「そ、そうよね。 きっと、大丈夫よね」
「うん、僕が保障するよ」
「コータが言うなら、大丈夫ね」
そう言って、見た相手が心を奪われそうな女神の如き笑みを見せるユキ。
だが、コータはその笑顔が本心ではないことを見抜いていた。
なのに、もう、これ以上は何も言えなかった。
マサルとアキは、ユキにとっては命の恩人であり、師に当たる人物だ。
もっとも、コータにとっては関係はもっと深く、義兄と実姉なのだ。
二人とも「意志をつぐ者」であり、今は訳あって全国各地を他の仲間と共に飛び回っている。
しかし、そのメンバーの中の何人かと、ここ最近連絡が取れなくなってきているのだ。
皆、5年前の大戦を生き残った者達なので、
そして、その中にコータのきょうだいであり、ユキの命の恩人でもある人物がいるのだ。
不安になるのも仕方が無いだろう。
ただ、コータ自身はそこまで心配はしていない。
何故か?
それは、あの二人があまりにも強すぎるからだ。だから、心配するだけ無意味だとも思っている。
なんせ、訓練生の中ではかなり強いほうの部類に入るコータが、一対一で全力でやっても全く敵わない二人なのだ。
軽く片手であしらわれてしまうし、なにより、向こうが本気で戦う前に決着がついてしまう。 コータの負けで。
あんな怪物ふたりが死ぬわけ無い。
恐らく、二人ともかなりの面倒臭がりやなので、ただ連絡をしていないだけだとコータは思っている。
なんせ、過去に誰にも告げずに旅行に繰り出したがために、心配で発狂しそうになった他の訓練生に通報され、警察沙汰になったこともあるといういわくつきの話を持つぐらいなのだから。
「はぁ…………」
「どうしたの、大丈夫?」
昔のことを思い出し、深く溜め息をつくコータ。
そんなコータを心配そうにみつめるユキ。
「うん、なんか今日は溜め息が多いなって思って」
そんなユキについつい本音が出てしまう。
別に隠す気などないので別にいいのだけれど。
「たしかにいつもよりやつれてるカンジはするわね。 熱でもあるのかしら?」
疲れてる様子がコータから滲み出ていたので、周囲に気を配ることを忘れないユキは、小首を傾げた後に、コータが思ってもみなかった行動に出る。
つまり、ユキよりも10センチほど身長の高いコータの頭を自分のほうに抱きかかえるように引き寄せ、ひたりと額と額を合わせたのだ。
「う~ん、熱はなさそうかしら?」
「??????」
ひたすら何が起こったのか理解できていないコータは、意識を冴え渡らせ、脳をフル回転させる。
だが、こんな状況でそんなことをするのは自殺行為である。
案の定、何が起こっているのか、遅まきながら理解したコータは、自分でフル回転させた頭が沸騰し、行動を停止した。
しかも、周りにはまだ何人か他の訓練生が残っていて、普段から何もしていなくても注目を集める(理由は単純、美人だから)ユキがそんなコトをしたらどうなるかというと…………。
「キャアアアアアァァァァァ!!!! ユキちゃんがコータのことを抱いてるぅぅぅ!?」
「うわあああぁぁぁぁ!?」
「テメェ、コータ、死ね! 死に腐れやぁ!!(誠二の声)」
ゴシップに目敏い女子が叫び声を上げると、その近くにいた先輩訓練生が悲痛な叫びを上げ、いつの間にか戻ってきていた誠二が呪詛たっぷりの声音で叫ぶ。
しかし、今のコータにその悲鳴やら呪詛は届いていない。
なぜなら、先ほどから嬉しさと困惑と嬉しさ(一回まわってもう一回)で頭が真っ白、というか何かを考えられるような状況ではない。
(ひたすら、この感触に酔いしれたい。 というか、このまま死ねるかも)
「ちょっ、そういうのじゃないんだからっ! コータがちょっと具合が悪そうだったから…………って、大丈夫?」
顔を真っ赤にしながら、額を離し、しっかりと説明(というか言い訳)をしようとしたユキだが、コータの様子がおかしいことに気付いて、覗き込むようにコータの顔を見る。
しかし、コータは視界にユキが映ってしまったことにより、気恥ずかしさを覚え、容量オーバーを起こす。
「きゅう…………」
「え? え、ちょっ、コータ!? しっかりして!?」
可愛らしい声を出して、ユキに
ユキは驚いた顔で困惑しながらも、しっかりとコータを支えた。
そんなコトが起こっている端のほうでは、誠二が天高くガッツポーズをし、気合の入った声を上げていたが、誰も彼を構おうとはしなかった。
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~次回予告~
誠二 「ふはははははっ!!」
ミツル「うるさい」
誠二 「ふはははははははっ!!」
ミツル「うるさい」
誠二 「ふはははははははははっ!!」
ミツル「うるさいって言ってるだろ」
誠二 「何があったのか聞いてくれたら静かにしようじゃないか!」
ミツル「……何があったんだよ?」
誠二 「お調子者のコータを呪ってやったぜ!」
ミツル「なぜ?」
誠二 「恋愛フラグ、リア充イベントをやっていたからだっ!!」
ミツル「ふぅん(興味なし)」
誠二 「全てのリア充は死ねばいいのだ!」
ワタルが二人の近くを通りかかる。
ミツル「あ、リア充」
誠二 「死に晒せ、この腐れムシがァァァァ!!!!」
ワタル「ほへ? ギャアアアアァァァァ!!??」
全力を因縁の敵(ワタル)に襲いかかる誠二。
ミツル「アイツ、キャラが崩壊したな(察し)」
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