第140話「信用って?」

「ええと、350万アウルムあるわね。うん、確かに受け取ったわ」


 情報屋のサンドラさんは俺が出した金を受け取り、しっかり数えて「にやり」と笑った。

 妖艶なその笑みは、男なら全員がとりこになりそうな危険な雰囲気を漂わせている。

 危険な雰囲気=女のフェロモン。

 そしてこの身体!

 ボンキュッボン!


 たまらない!

 ゾクゾク来る!

 ここで俺は、はっきり言おう!

 デックアールヴが醜いなどという風評は『嘘っぱち』であると!


 ああ、ソフィアから冷たい視線を感じる。

 許してくれ、我が嫁よ。

 何もしていないし、単にサンドラさんを見ているだけだって。


「じゃあ、早速説明するわ。地図を持ってくるから少し待っていてね」


 金を受け取って満面の笑みを浮かべるサンドラさん。

 席を外して奥へ引っ込む。

 ソフィアは、彼女の後姿を見送りながら怪訝な表情である。


「なあ、トールよ! あの女は本当に信用して良いのか? 金貨350枚は結構な金じゃぞ」


 ソフィアに言われて、サンドラさんに会う算段をしたヴォラクは微妙な顔付きだ。


「ソドムの情報屋の話では、彼女はこの商売をやって長いそうですぜ。情報の内容も確かだそうだし、俺ぁ、信用出来ると思いやすがね」


 俺もサンドラさんは信用出来ると思いたい。

 だが、ヴォラクは余りにも無防備とも言える。

 ちょっとだけ、注意しておこう。

 自分自身に対する戒めでもある。


「ヴォーラ、基本的な事を教えておくぞ。商人というのはな、初めて会う人を信用するとか、簡単に言い切っちゃ駄目なんだ」


「兄貴は疑り深いなぁ! そんなものですかね……」


 偽名で呼ばれたヴォラクは俺の意見にも半信半疑といった面持ち。

 こいつ……もしかしてサンドラさんが美人だから信用したのか?

 放出する波動が彼の気持ちを語っている。

 

 そこで俺はヴォラクに再度念を押した。


「商人は信用が第一なんだ。そして信用ってのはすぐに作れるものじゃあない。何度か商売をして少しずつ築き上げるものだ」


「ふ~ん……信用するしないって難しいんですねぇ」


 そうさ!

 臆病にも見える慎重さは全てに通じるのだ。

 俺はそうやって生き抜いて来たもの。

 この異世界を……


 だけどヴォラクの意見にも同意は出来る。

 全てを否定はしない。


「まずはさっきの話を覚えておけ。それと話が別にはなるが、お前の言う事も一理ある」


「俺の言う事に、一理……ですか?」


「ああ、そうさ。最初からあんまり疑い過ぎるのも良くないな」


「そうじゃ! 最初から疑い過ぎるのは良くないのじゃ!」


 いきなり、ソフィアが口を挟んで来た。

 

 お前……さっきと台詞セリフが全然違うじゃないか。

 俺には分かっているんだよ。

 お前はね、世界征服を企む、お腹が真っ黒な女の子だから疑ったんだって。

 結婚して気持ちが伝わり合ったけど、世界征服だけは阻止しないと。


 俺は偉そうに語るソフィアを、華麗にスルーして話を続ける。


「この情報は自分で直接確認した情報じゃない。所詮は金で買う情報なんだ。参考レベルと考えて良いと思う」


「参考レベルと考える……ですかい?」


「うん、話半分くらいだと思っておけ。じゃないと、事実と全く違った時にコノヤローって事になるじゃないか」


「成る程」

 

「お前の言う通り、相手だって一応商売だ。特に情報屋は信用が看板だものな」


「でしょう! 確かに嘘やガセばっかりじゃあサンドラさんも商売は続けられませんねぇ、兄貴!」


「ああ、そうさ! これから『失われた地ペルデレ』を探索する俺達にとって情報はとても大事だ。少しでもあれば俺達が危険な目に遭う確率がそれだけ下がる。だが情報屋の情報は参考レベル……あくまでもそれくらいに見ておくのが一番さ」


 俺の言葉を聞いたヴォラクは笑顔になった。

 素直に「分かった」と頷いたのだ。


 こんな時、相手の言う事を全て否定すると、身構えられる。

 肯定しながら、説得すればスムーズに行く。

 今、俺が使ったのは、ジュリアに教えて貰ったひとつ。

 商売における、交渉術の応用なのだ。


 ただサンドラさんの色香に惑わされるなという事は、今後もはっきりと認識しておかなければならない。

 サンドラさんには悪いが、彼女は初対面では同性から誤解されるタイプであろう。

 魔力波を見る限り、腹を割って話をすれば、竹を割ったような性格だから、きっと分かり合えるに違いないが……

 

 そんなやり取りをする最中、サンドラさんは戻って来た。


「お待たせ! これよ、迷宮の地図は」


 サンドラさんは俺達が注目する中、テーブルの上に手書きの地図を広げたのであった。

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