第109話「勝利と約束」

 悪魔フルカスは憤怒ふんぬの表情を浮かべていた。

 相当怒っているのは間違いない。

 傍らに居た騎乗馬らしい蒼い馬に跨る。


 奴の様子を見ながら、俺は暫し考えた。

 

 槍とはどのような武器か?

 間を置かずに戦わなくてはいけないので、余り考える時間は無い。

 槍については少し資料本を読んだ。

 主にチェックしたのは日本の槍だ。

 

 しかしフルカスが持っているのはスピアと呼ばれる西洋槍。

 西洋と東洋……槍に違いはあるだろうが、基本的に構造や戦法はほぼ同じだと考えるしかない。


 槍が棍棒、斧などと並んで古くから良く使われてきた理由で、最も大きいのはリーチの長さであろう。

 はっきり言って敵の攻撃圏外より、先に攻撃出来るというのは大きい。

 敵への恐怖心が随分軽減されると言えよう。


 突くというイメージが強過ぎる槍だが、決してそれだけではない。

 斬撃や打撃などでも戦えるのだ。

 

 戦国時代に生きた、某カブキ者の物語を読むと良く分かる。

 

 彼が長大な朱槍の名手なのは有名。

 敵に対して攻撃を軽々と受けるのは勿論、薙ぎ払い、打ち下ろし、斬り裂き、刃先で引っ掛ける等々、様々な攻撃や防御にと自由自在に使いこなしているのだ。

 あそこまで行くと神に近い領域の腕だが、他の一般的な武器に比べると基本動作や用途が簡便と言えるであろう。


 そうだ!

 あと、……投げる!

 すなわち投擲とうてきと言うのもあった。


 槍の数少ない弱点とは達人になる為の習熟が難しい事、柄が長い為に狭い場所での戦闘時に不利な事などが上げられるが、相手が相手だし、ここは開けた地形だ。

 槍の弱点は……全く考えなくて良いだろう。

 更に相手は馬上である。


 ええっ!?

 となると俺、滅茶苦茶不利じゃないか!?


「いざ! 参るっ!」


 そんな俺の思いを他所に、フルカスは裂帛の気合で戦闘開始を告げる。


「トール! 今迄積み上げてきた戦闘の経験とお前の才能を信じるのだ!」


 背後から珍しくアモンの熱の籠った声が飛ぶ。

 普段冷静沈着な彼にしては珍しい。

 俺の経験か、よっし!

 頑張ろう。


「おう!」


 早速、見える!

 フルカスの魔力波オーラが!

 奴の意思が見える!

 あいつ、俺の右側から接近してあっさりと首を刎ねるつもりだ。

 違う攻撃の場合もあるので、万が一の時も考えておく。


 ようし!


 俺はじっと待った。

 反撃のタイミングは俺の首を刎ねようとした瞬間だ。

 どのような武器でも攻撃を仕掛けた直後が、相手に隙が出来て最大の反撃のチャンス。

 すなわち、カウンター攻撃というものが仕掛けられるのだ。


 奴の馬は凄い速度を誇る冥界の馬らしい。

 あっという間に俺に近付いて来る。


 そして!

 

 奴が俺に近付き、槍が一閃したその時!

 俺はその一撃をかわすと、魔剣に込めた例の特別な魔力波を飛ばす。

 一拍の間に3回攻撃する例の無明の剣の攻撃を『神力波ゴッドオーラ』を放出して行ったのだ。


「おお、これは!? も、もしやっ!?」


 アモンが驚愕する声が聞こえた。

 どうやら彼は俺が何を使ったのか気付いたらしい。


 そうだよな……


 アモンはスパイラル率いる神の軍勢と散々、戦った。

 俺が行使するモノなど遥かに凌駕する神力波ゴッドオーラを体感しているに違いない。


 そもそも悪魔にとって『神力波ゴッドオーラ』とは猛毒のようなものかも。


 俺の神力波の攻撃を受け、創世神に忠誠を誓っていた神の騎士のゴッドハルトでさえ、あっけなく意識を失ったのだ。

 槍を握った手、心臓、そしてこめかみに俺の『神力波』を受けたフルカスはあっさり硬直してしまった。

 意識を手放して馬上から転げ落ちると、ぴくりとも動かなくなってしまったのである。

 しかし、この技も魔力を著しく消耗する。

 放った直後の、俺の全身を強烈な倦怠感が襲う。


「トールの勝ちぃ~!」


「やった~!」


「ほほほ、でかしたぞ、トール!」


「ふむ……」


 気だるい感覚でいる俺に、いつも通りジュリアとイザベラの嬉しそうな声が聞こえ、ソフィアさえ褒め称える声も聞こえた。

 アモンの満足そうな魔力波オーラも伝わって来る。


 勝った俺はだるい身体に鞭打ち、すかさず仲間の下へ戻る。

 約束を違えた悪魔軍が、突出した俺を包囲するのを避ける為だ。 

 

 ジュリア以下女子は笑顔。

 しかし、ここでアモンが余計な事を言う。


「トール、良いか? 夫としてイザベラ様を抱く時は今の『神力波』は厳禁だぞ」


 それを聞いたイザベラは真っ赤になってアモンの脛に思い切り、蹴りを入れる。

 凄い音がして、アモンは苦悶したがイザベラは「ぷいっ」と横を向いた。

 

 『戦い』の先生は良いけれど、『夜』の先生はまずいだろう?

 俺は思わず苦笑したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 悪魔とは魂が滅びない限り、未来永劫不死の存在であるらしい。

 しかし神力波は悪魔の魂さえも簡単に破壊するという。

 倒れたフルカスにあのまま俺の『神力波』を注げば、彼は消滅していただろう。


 この悪魔王国ディアボルスにおいて……

 国王の娘イザベラが俺の嫁ではなく、戦鬼アモンも俺の知己でなかったら、こんな憎たらしい奴などさっさと消滅させているところ。


 だがフルカスの奴も哀れだった。

 彼の部下は人数だけは多かったが、質は著しく酷かったからだ。

 

 1,000体居た悪魔軍団もいわば烏合の衆……

 弱そうな下級悪魔の面子を見ただけで予想していた事だが、フルカスが俺にあっさり敗れると一斉に逃げ出してしまったのである。


 まあ襲われたり、戦う手間が省けたから良かったものの……


「よくあんなの……雇っているね?」


「…………」


 逃げ出す悪魔達の後姿を見て、俺が呆れたように言うと……

 アモンは黙ってこちらを見た。

 凄く、うんざりした顔をしていた。

 

「はぁ……確かに、な」 


 大きく溜息を吐くアモンが何故か人間臭くて俺はにやっと笑う。


 結局……

 俺がフルカスに圧勝して悪魔軍団は瓦解。

 もう行く手を阻む者達は居なくなった。

 

 束縛の魔法で縛ったフルカスを奴の馬に乗せた俺達。

 無人の関所をあっさりと越えて、ぐんぐん進んで行く。


 アモンは相変わらず無言だが、珍しくイザベラも無言だ。

 フルカスには勝ったが、奴と交わした約束が履行されるかは微妙であると考えているのだろう。

 聞くとフルカスは公爵であり、爵位は侯爵であるアモンより上ではあるが、実質的な役割は地方長官といった所。


 イザベラがぽつりと言う。

 相変わらず微妙な表情である。


「父は水晶球でトールの戦いを見ている筈よ……フルカスと約束をした事もね」


 ふうん……

 全て見られているか……悪魔王アルフレードルに。

 ……なら、フルカスが俺達の行動を知っていたのも合点がいく。


 そう考えながらまた歩いて行く。

 すると、地平線の彼方に大きな街が見えて来た。

 どうやらあれが悪魔王国ディアボルスの王都、ソドムであるらしい。


 ああ、また悪魔達の反応がある。

 先程の1,000体より遥かに数は少ないようだが……100体は居るようだ。

 

 暫し歩くと奴等が……見えた。

 先程の様な混成軍ではなく、全員が逞しい魔界馬に乗った屈強な騎士達である。


「そこの者達、停まれ!」


 中央に居る指揮官らしい騎士から、鋭い声が発せられた。


「彼等は王家親衛隊だ……」


 アモンが低く呟いたのを聞きながら、俺は悪魔の騎士達をじっと見据えていたのであった。

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