第82話「ガルドルド魔法帝国の悲劇」

「あのさ……アモンは昔、ガルドルドと戦ったんだよな」


 地下6階への階段を降りながら、俺はアモンに向かって話し掛けた。

 それにしても数千年前にはもうバリバリ大悪魔として戦っていたアモンって、一体何歳なんだよ……

 そんな事を考えながら問いかける俺。

 対して、アモンは目線を合わせずにぶっきらぼうに答える。

 このような所作もアモンらしい。


「ああ、俺達悪魔の軍勢とガルドルド魔法帝国は真っ向から戦った」


「良かったら、話してくれないかな」


 俺は栄華を極めた旧ガルドルド魔法帝国がどのような理由で滅びたのか、何となく知りたかった。

 そんな俺の気持ちを理解したのか、アモンは珍しくぽつりぽつりと話し始める。

 ジュリアやイザベラも興味があるらしく、背後で聞き耳を立てている様子だ。


「ガルドルド魔法帝国は魔法工学の粋を極めた人間族の王国であった。彼等が信仰していたのは当然の事ながら天地創造を行った創世神であり、建国当初はその教義を忠実に守り、信じる事で国家は繁栄の一途を辿った」


 成る程……

 やはり謎の声の女が『神の使徒』という事で俺の力を認めた言葉通り、創世神の教えを守る国家なのだな。


「だが……彼等の軍はこの地上において、その版図を広げ切り、他に敵対する者も無くなった時にとうとうその運は尽きた」


 そう言うと、アモンは「ふう」と溜息を吐いた。


「彼等は自分達ガルドルド帝国こそが神の代理であると勝手に位置付け、人に飽き足らず悪魔など魔族を掃討し、冥界や魔界までその版図に組み入れようとした。それが神の意思だと主張してな」


 ええっ!

 異界である冥界や魔界に攻め入るって!?

 人間の世界に飽き足らずにか?

 そりゃ……思い上がりってものだろう?

 俺が思わず頷くと、アモンはゆっくりと目を閉じた。


「だが創世神は元々彼等の所業を良しとしていなかった。その最たる物がゴーレムの製造だ」


 ゴーレムって……

 結局、今で言えばロボットだろう?

 造るのがそんなにいけない事なのかなぁ……


「ゴーレムとはいわば人造生命体だ……つまりゴーレムの製造は神のみぞ行える『命の創造』であり、いわば究極の真理エメトだ。それを神が定めた本能の営み以外に軽々しく行って良い訳がない」


 はぁ……

 そういうものなんだ。

 神がそう定めているなら、それは確かにまずいだろうなぁ……


「最初のゴーレムは、ただの魔法水晶に人間の行動パターンを特殊な魔法で読み込ませたものであった。しかしそれでは同じ行動の繰り返し……応用が利かない。意思が無いから只の道具と一緒だった」


 確かに俺の前世で、ロボットという形態を取る『道具』と一緒だな。

 だが……

 もしもゴーレムに独自に考える意思を持たせるとしたら?

 そうなると……人とゴーレムの線引きが曖昧あいまいになる。

 結局収まりがつかずに、よりリアルな物にしようとどんどんエスカレートするだろうな。


 俺の表情を見てアモンはゆっくりと頷いた。


「お前の思っている通り……ガルドルド魔法帝国の悲劇はゴーレムに対して人と同じ物を求め過ぎたのだ。所詮、造り物のゴーレムや自動人形オートマタは人間のような『生物』ではありえない。決定的にどこが違うか? ……それは感情だ」


 感情……か。

 確かに『ロボット』に人間のような感情は無いものな。

 あるように見えても、それは所詮見せかけの偽物だ。


「喜怒哀楽……愛や喜び……そして怒りや憎しみ……それは所詮、人型たる造り物に宿せないし、宿すべきものでもない――何故ならばそれは神が創りし物だからだ」


 人間と同じように受け答え出来て、感じる心――俺の前世のロボット工学でもそれは永遠のテーマだったろうな。

 しかし感情を創り出す事は容易ではない。

 その行き着く先は……


「そうだ! 創れない物を無理矢理創ろうとした悲劇は人の不幸にもなった。彼等は感情が創れないとみるや、何と! ……人の魂を秘法で抽出し、魔法水晶に封じ込めてゴーレムや自動人形の中枢としたのだ……同胞を道具の部品と化す愚かな所業……そのような事は我等悪魔でもやらぬわ」


 しかし……

 そうなったゴーレムは?


「ああ、見かけは強靭な身体を持つ別次元の存在となった。人を超えた至高の存在と言われてな。そして至高の人たる、歴史上最強の軍隊は遂に魔界へ攻め込んだのだ」


 ガルドルド魔法帝国の軍は緒戦において、その最強の陸戦兵器であるゴーレムと、強力な魔法使い達の力で悪魔軍団を圧倒したようである。


「しかしガルドルド魔法帝国が一身に受けていると信じ込んでいた神の加護は既に彼等には無く、最初は劣勢だった我々悪魔軍は反撃に転じ、ガルドルドの軍勢は連戦して連敗。最後には殆どが壊滅して無残に敗退して行った」


 悪魔達は敗退したガルドルドの軍を追撃して、逆に地上に現れたそうだ。

 本来なら神がそのような悪魔の行為を決して許す筈もないのに……


「本来なら許されぬ我々、悪魔の地上での跋扈ばっこもガルドルドの罪悪を罰して、人の撒き散らした『穢れ』を払うという理由で創世神はあっさりと許したのだ」


 おびただしい数の、怖ろしい悪魔が地上を覆う……

 異形の群れ……人間にとって、文字通り阿鼻叫喚の地獄だったであろう。


「それでもまだガルドルドは抵抗をやめず、創世神の加護を信じて戦った。だが到底、もつわけがない。結局、彼等は現在の国家とは比べ物にならぬ高度な魔法工学文明を持ちながら呆気なく滅びたのだ」


 そこで口を挟んだのがイザベラである。


「時代が古過ぎて私が生まれる前の話だから分からないけど……おかしくない? 私達悪魔が地上を蹂躙すれば人間は滅亡してしまったではないの?」


 確かにそうだ!

 だという事はどこかで……


「もしかして創世神から悪魔達へストップがかかったんじゃあ?」


 俺が思わず口を挟むとアモンは満足そうに頷いた。


「お前は勘が良いな、その通りだ。イザベラ様が知らないのは当たり前。我等にとって、これはいわゆる黒歴史だからな」


「黒……歴史」


「そうだ、悪魔の公的な歴史書からは一切削除されておる。話を戻せば悪魔軍はこの際、地上も自分達の版図にしようと、つい欲が出た。そこで悪魔討伐の為に遣わされたのが創世神の御子である闘神スパイラルとその配下の天使達というわけだ」


 おわぁっ!

 ここで出たよ、邪神様!

 もしこの場に彼が居たらその時の自慢話を延々と聞かされそうだ。


『ははっ、いつでも聞かせてあげるよ! 約5時間コースかなっ!』


 ……聞こえなかった事にしておこう。


「で、どうなったの?」


 俺が思わず聞くとアモンは俯いてしまう。

 どうやら余り話したくないようだ。

 それでも結果を伝えないで誤魔化す方がアモンにとっては男として卑怯なのであろう。


「負けた……あっさりと、それも圧倒的な敗北を食らってな……」


「な、成る程……そうか……」


「全く思い出したくも無い……スパイラル……奴は一見、美しい少年の姿をしているが、そんな姿は見せかけ。正体は神の御子とは到底思えない悪鬼だ……残虐で情け容赦なく強欲なのだ。いわば悪魔……いや悪魔どころではない! 世を滅ぼす邪神そのものだ」


 吐き捨てるように言うアモンを見て、俺はまるで自分が責められている気分になっていたのであった。

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