第70話「覚悟」

 ジュリアは腕組みをする。

 そして店主のアンソニーを見据えた。

 このポーズって、相手の意のままにならないという意思表示の表れだという。


「店主さん、ちょっと良い? この魔法杖マジックワンドと別に魔法水晶を10個買うわ。だから130万アウルムにしてくれる」


「ええっ、それって……都合200万アウルムを130万アウルムって事かい? それじゃあ安過ぎる。到底売れないな」


 さすがに渋い顔をするアンソニー。

 ならばと、ジュリアは逆に割引料金を提示して欲しいと切り返す。


「そっちの最低料金は幾ら?」


「う~ん、せいぜい180万アウルムかな。さっきも言ったけど、この魔法杖は中々出ない稀少品レアものなんだぜ」


「ふ~ん。稀少品レアものって、どうだか……まあ良いわ。その値段じゃあ、とりあえず保留ね。トール、別の店に行きましょうよ!」


「おいおい、待ってくれ!」


 ここで店の外に出ようとするのは、取引におけるジュリアの駆け引きである。

 相手の反応次第で、こちらがどう動くか判断するのだ。

 

 俺達が店を出ようとしたら、アンソニーは引き止めた。

 提示額を安くしても、売りたい意思表示を示した事になる。


「ううっ、じゃあ魔法杖と魔法水晶10個合わせて150万アウルム! こ、これでどうだい?」


 ジュリアは値引きしたアンソニーをちらっと見た。

 だけど首を振り、再度俺達へ店を出るように促す。


「トール! みんな! 他の店に出物があるかもしれないし、行きましょう!」


「うおお! ま、待ってくれ! じゃあ、お姉ちゃん。あんたが言う通り130万アウルムで良いよ」


 とうとう『アンソニー城』が陥落した。

 強気なジュリアの粘り勝ちである。

 しかしジュリアはまだ攻撃の手を緩めない。

 遂に彼へ『止め』を刺したのだ。


「ふふふ、OK! じゃあ、ついでにまっさらな魔法水晶も3つくらい追加でサービスしといてね」


「はぁ!? なんてこったい!」


 アンソニーは頭を抱えて絶句した。

 ここでジュリアは口調を変えて『口撃』する。


「その代わり5万アウルム積んであげるからぁ。135万払ってあげるよ」


 呆れたという目でジュリアを見るアンソニー。

 両手を上に挙げた。

 降参したというポーズであろう。 


「あはは……負けたよ、お姉ちゃんは俺なんかよりずっと上手の商人だ。じゃあ魔法杖と魔法が込められた魔法水晶10個、そしてまっさらの魔法水晶3つ、135万アウルムで売ろう」


 ジュリアの絶妙な駆け引きの結果……

 ミスリル製の万能魔法杖(回復魔法水晶付き)、回復魔法水晶6個、解毒魔法水晶2個、麻痺回復魔法水晶1個、魔法水晶3個を手に入れることが出来たのである。


 ちなみに後から他の店も回ってみた。

 ジュリアの見立て通り、この魔法杖はレアというほどではなかった。

 ありふれたとまではいかないが、同じものがいくつかあったのだ。


 相場は大体130万アウルム、魔法水晶は15万アウルムといったところ。

 ジュリアの見立てでは、他と品質は変わらないという。


「稀少品っていうのは真っ赤な嘘だけど。あの魔法杖と魔法水晶の価格は相場よりだいぶ安いと感じたんだ。これは買い……だと思ったね」


 成る程!

 今回のやりとりはジュリアの持つ商品知識と相場感、そして度胸と駆け引きの妙がないと出来ない芸当なんだ。


 そんなジュリアに対して、イザベラは尊敬の眼差しを持って見つめている。

 自分の知らない世界で、身内が鮮やかな手際を見せたせいであろう。

 ましてや、自分はこれから同じ商人になろうというのだから……

 

 俺はその後、乾し肉と野菜や果実などの食料品と水、そして大量の薬草を追加で買い込み、見えないように収納の腕輪に入れた。

 ジェトレで充分に買い込んではいたが、これらの消耗品はいくらあっても邪魔ではない。

 腕輪の中で食べ物や水は腐らないし、回復系の魔法が使えない俺達のクランでは魔法杖に加えて回復系の薬草は必須であるから。


 買い物が済んでから、俺達は冒険者用の宿屋に入り迷宮での対策と作戦を練る。

 戦いに関して、真っ先に口を開いたのはやはりアモンである。


「お前はまだ同胞を殺した事がないようだが……お前のみならず家族に害を為すものを容赦なく倒すことが出来るか?」


 アモンがそう言うのには理由わけがあった。

 

 コーンウォールの迷宮は地下5階からなる迷宮だ。

 買った地図によれば、地下1階と2階にはゴブリンなど弱い魔物以外に敵である人間が存在するらしい。

 山賊バンディットと呼ばれるならず者と初心者殺しルーキーキラーと呼ばれる駆け出し冒険者目当ての不心得者が存在するのだ。


 奴等は隙を見せれば女は容赦なく乱暴し、男も虫けらのように殺すのだという。

 そんな局面になった時に俺は……


 その時気付いた。

 俺をじっと見守るふたりの女を……愛する嫁ズを。

 もし彼女達がそうなったら……俺は取り返しのつかない後悔に襲われるだろう。

 俺はやはり前世とは価値観を変えねばならない。


「俺は……やるよ」


「そうか……なら大丈夫だ。腹さえ括ればお前は俺など全く問題にしないくらい良い戦士になるだろう」


 アモンの鳶色の瞳が、射抜くように俺を見つめていた。

 やりとりの後、俺は迷宮の地図に出ている魔物の対策をアモンに教えて貰い、クランの作戦を立てたのである。


 ……いよいよ明日は、迷宮に潜る。


 俺は最初に感じた中二病の高揚感に加え、厳しい覚悟を持って迷宮に挑む。

 そんな俺の思いを感じているのだろうか……

 

 邪神様から与えられた魔剣は、いつもより禍々しく漆黒の刀身を光らせていたのであった。

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