第46話「両手に花」

 イザベラの宝石ジェムを売った俺達。

 今は、髭面の店主ダックヴァルの案内で店内を物色している。

 

 俺とジュリアは、イザベラの依頼以外にも仕事を請け負っている。

 タトラ村のモーリスからは錬金術用の金属素材の調達を頼まれていた。

 なので、ダックヴァルと確認の上で交渉。

 その結果、練金術用の素材は見付かったが、残念ながら俺達の提示した金額とは折り合わなかった。

 俺は金属の価値や相場は皆目見当がつかないが、ここでもやはりジュリアが冷静に判断してくれたのである。


 商談が成立せず、錬金術用の金属を売る事が出来なかったダックヴァル。

 どうにかして俺達に自分の店の商品を買わせたいらしい。

 意味ありげに頷くと、この店の1番奥の部屋に俺達を誘ったのである。

 案内するダックヴァルの表情には、何やら悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


 連れて行かれたその部屋は、広さが15畳程の奇妙な部屋。

 強力な魔法障壁が付呪エンチャントされた壁で覆われた三方は商品棚で囲まれ、一見すると殺風景な部屋である。

 中央には粗末なテーブルがあった。

 そしてこれまた銀製のトレイのような容器が、テーブルに置かれていた。


 ダックヴァルはニヤリと笑う。


「ふふ、ここの部屋の商品は俺が気に入った奴しか案内しないんだよ。というのも、はまれば大儲け、最低でも元は取れる掘り出し物ばっかりだからさ」

 

 それって、凄く美味しい話。

 でも……世の中にそのような美味い話があるわけがない。

 

 俺は気を引き締めてダックヴァルがどう切り出すか身構えている。


 ここは何だか分かる。

 店に来る前にジュリアが言っていた、この店独特の未鑑定商品の販売コーナーであろう。

 山積みされている商品は、どれもこれもやばそうな物ばかりだから。

 俺が見た所でも禍々しい瘴気が出ていたり、怪しい魔力波オーラに覆われていたりする。

 中には何者かの怨念らしき魂の残滓ざんしが付着していたりする。


 魂の残滓って何かって?

 いわゆる怖い口調で「うらめしやぁ」って言って出てくる方々です。

 あれですよ、あれ!

 邪神様め!

 俺にこんなモノまで見える改造までしてくれちゃいました!

 はっきり言ってそんなモン見たくねぇ!


 おぞましい瘴気を我慢して何とか値札を見ると、ダックヴァルが言う通り。

 ジュリアに確認すると、彼女も頷いた。

 質のわりには確かに安いと言う。 


 しかし俺にはカラクリも見えて来た。

 これらを安く売る代わりに、この店では高い料金で鑑定したり、解呪魔法ディスペルを掛けたりして手間賃を稼ぐ。

 そうやって帳尻を合わせているのだろう。

 

 ちなみに決定的なルールがあった。

 ダックヴァルが解呪するのは勿論、そうでなければ客が自ら解呪するかして、完全に無害な商品にしないNG。

 もし買い上げても、店外には持ち出せない事となっているそうだ。


 ほらぁ!

 やっぱりこの親爺が言っているほど美味しい話じゃない。

 あんな甘い言葉は、真っ赤な嘘なのだ。


「ジュリア、当然この部屋の決まりルールは知っているな」


 ダックヴァルは念を押すように聞いた。

 対して、ジュリアは顔をしかめて吐き捨てるように言う。


「ああ、知っているよ。でも悪趣味だ」


 ほら、ジュリアも俺と同じに思っている。

 まともな人間なら、皆そう思う筈。


「ははは、褒め言葉と受け取っておこう」


 悪趣味と言われた偏屈店主のダックヴァルは、不敵に笑っていた。


 しかし、どうしよう?

 割り切れば、良い売り物を安く仕入れるチャンスなんだけど。


 俺には何となく価値のあるものの見極め……鑑定なら出来るけど……解呪魔法ディスペルは全く出来ないし……

 無理して呪われた商品を仕入れるなんて、絶対何か悪影響を及ぼす。

 そんなの真っ平御免だ。

 そこがA級魔法鑑定士であり、解呪魔法ディスペルも使えるらしい、この親爺の『手』だと思うが……


 そんな俺の気持ちを読んだのだろうか?

 イザベラが含み笑いをしてしなだれかかって来たのである。


「トール……さっきのお返しじゃあないけど、私にぜひ解呪をやらせて! 下手な呪いなんかは受け付けないし、解呪魔法ディスペルだって完璧に発動出来るよ」


「本当か!?」


 俺は思わず声が上ずってしまう。


「うん! 私は体質的に呪いに強いし、国では周りも皆、呪法が得意だから、この魔法に関しては小さい頃から徹底して教え込まれるんだよ、当然解呪もね」


 凄い!

 お前ってとても『使える女』じゃないか、イザベラ!


「ねえ、私って役に立つよね」


 大きく頷いたその瞬間、俺に向かって放たれた凄い殺気。


 ええと……ジュリアだな、これ……


 俺が振り返ると、ジュリアは唇を噛み締めながら何とか怒りを抑えていた。


 よしっ、こういう時はハグが一番だ!


「ジュリア、おいで」


「あ、ああ……」


 俺の呼びかけに、ジュリアは素直に応じて近付いて来た。

 すかさず片手を伸ばして、俺は彼女の華奢な身体を抱き締める。


「きゃっ、トール……」


 俺は片やジュリア、こなたイザベラといった両手に花といった形でダックヴァルに向き直った。

 そんな俺の姿をダックヴァルは感心したように見詰めている。


「不細工坊主! いや、もうそうは呼べないな。お前……やるなあ! 男の夢だよ、それ!」


「ダックヴァルさん、商品……ゆっくりと見させて貰いますよ」


 俺は、にやりと笑って商品を見始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺は、ジュリアとイザベラのふたりを連れて商品棚を見て行く。


 新旧の鎧に盾、魔法が付呪エンチャントされたらしい剣、短剣、杖……

 アミュレットやタリスマンなどの護符、そして真鍮製、銅製、銀製など様々な指輪。


 多種多様なものがある。

 店主のダックヴァルによれば、コーンウォール迷宮から冒険者達が持ち帰ったものが殆どだと言う。

 

 俺達は改めて、商品を見て回る。

 イザベラみたいに耐性がないとあっさり呪われてしまうらしいから、直接触るのは絶対にNG。


 でも未鑑定で呪われたりしているだけに、滅茶苦茶安い!

 店内の同じ様な商品の値段をダックヴァルに聞くと、格段に安いのだ。

 ジュリアも割り切ったようで、この機会を最大限に生かすつもりらしい。


 気持ち悪いけど、解呪すれば……同じか……

 商人は割り切って稼がないといけない。


 俺は熱心に商品を見て回るジュリアを見て、決意を新たにしたのであった。

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