第38話「姉さん女房」

 俺達3人はジェトレ村の商業ギルドへと来ている。

 

 既にジェトレ村の商人として登録しているジュリア。

 彼女に連れられて、俺と新たに仲間になったイザベラが一緒に商人として登録する為だ。

 

 ここでも、村の特別村民証が役に立った。

 商人の鑑札を、魔法により記憶させる事が出来るそうなのだ。

 

 つまり、新たに鑑札を作らなくてもOK。

 村民証に商人の鑑札を記憶させて、共用する事が出来るのである。

 それって……凄く便利。

 はっきり言って、前世の様々な特典付きの『クレジットカード』と何も変わらない。

 この世界は一見不便なようでいて、とんでもなく便利な世界なのかもしれない。

 俺の大好きな中二病的世界なのに、だ。

 

 イザベラも俺と同じ様に、所持していた特別村民証に記憶する形で鑑札を発行して貰う。

 でもあの村民証の登録作成機って、はっきり言って凄くザルなものだ。

 だって怖ろしい?悪魔族が魔力で「ちゃちゃっ」と、簡単に誤魔化せるらしいからね。


 まあ良い。

 とりあえず俺は目の前の事をひとつずつこなして行くだけだ。

 ちなみにこの商人鑑札の登録料は金貨1枚、10,000アウルムだと。

 ああ、また約1万円もの出費だ。

 

 邪神様が託してくれた所持金がどんどん目減りしているから、早く稼がないとあっと言う間に貧乏まっしぐらになる。

 でも神の使徒が、お金に不自由するってどうよ?

 それともこれは、邪神様の与えた試練?


 まあ冗談はさておき、話を戻すと……

 この鑑札を得た事で村の中での売買実施、露店の出店、オークション入札、落札の参加など種々の権利が獲得出来た。

 これで俺が、商人としての活動する範囲は格段に広まったのである。


「これでトールとイザベラも私と同じ商人の仲間入りだね、おめでとう!」


 ジュリアが笑顔で祝ってくれる。

 俺とイザベラは鑑札の受け取りと同時に、商人の規約も守る様にしっかりと誓わされた。


 密輸や窃盗の禁止、税金支払いの義務遵守、危険物の取り扱い禁止等々。

 すなわちこのヴァレンタイン王国において公序良俗に反する行為はいろいろ禁止って事。

 人として規律を守って生きる、これは前世の決め事と変わらない。

 

 でもさ、人として……ってのも少し引っかかる。

 俺が神様に改造された人間で、ジュリアが竜神族と人間のハーフ、そしてイザベラは悪魔王女では微妙なのだが……まあ良いか、細かい事は。


「じゃあ、早速イザベラの依頼に取り掛かろうよ」


 ジュリアがそう言っても、俺達はきょとんとしてしまう。

 

 いやぁ、はっきり言って俺は何をして良いか全く分からないから。

 傍らのイザベラを見ると、彼女もポカンとして同様である。


「もう! ふたり共、しょうがないなあ。商人は情報が大事なの! まずはオリハルコンの持ち主の所在の聞き込みだね。このジェトレ村と周辺に該当者が居ないか探ってみよう」


 おお、成る程!

 聞き込みね。

 うん、どこかの刑事ドラマみたいだ。

 でもジュリアって、本当にしっかりしてる。


「でも聞き込みたって、どこで誰から?」


 イザベラが首を傾げた。

 そうだよね、イザベラの言う通り。

 俺もそう思うよ。


 村で見ず知らずの人にいきなり聞いても教えてもくれない。

 オリハルコンの所在をを知っていそうな身分のある人なんか、会ってもくれないだろう。


「この商業ギルドの窓口のおっちゃんは私くらいの年齢の娘が居るって結構可愛がって貰っているんだ。オークションの出品の件もあるし色々聞いてみようよ」


 商業ギルドの職員?

 そりゃ、良い。

 何か知っているかも。

 

 でも早速ジュリアの人脈が役立ちそうだ。

 やっぱり人脈って大事なんだ。


「職員なら何か知っているかも、やっぱり人脈って凄いのかもな」


「へぇ! トールも良い事言うじゃない。やっと人脈の大切さが分ったみたいだね」


「うん、まあね」


「人脈はとっても大事だよ。商人は特にマンパワー、人との繋がりが新たな仕事を生むからさ」


 俺はジュリアにそう言われて、この世界ではひとりで生きていけない事を改めて実感したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達はオリハルコンの情報収集の為に、商業ギルド受付カウンターに赴いていた。

 ジュリアの知り合いという、職員に会う為だ。


「おっちゃん! 久し振り! 元気?」


「おお、ジュリアちゃん! いつも元気さ、俺は……で、その彼と彼女は誰?」


 何か、ジュリアってどこでも人気者なんだな。

 皆に可愛がられている。

 明るくて可愛いから当り前か。


「ははは、あたしの彼氏と友達さ。彼氏はトール、友達はイザベラ……ふたりとも商人になるんだよ、今後とも宜しくね」


「成る程! 俺はジェトレの商業ギルドの係員でチェスターって者だ。商業ギルドのいろいろな案内をしたり、申し入れを受けて上席にあげたりする……いわば何でも屋だ」


 何でも屋ね……

 普段から、色々とこき使われていそうだな。

 大変だ。


「実はさ……このイザベラが探しているものがあるんだよ」


「イザベラちゃんが探しているもの?」


 いきなり初対面で相手を『ちゃん』付けかい?

 このおっさん、軽い!

 凄~く軽い!


「ああ、驚かないで聞いてくれよ。……何とオリハルコンさ」


「おおお、オリハルコン! そりゃまた珍しいものを探しているね」


 チェスターは大仰に驚いてみせる。


「そうなんだ、少々訳有りでね。このジェトレで誰かが持っているとか、何か情報は無いかな?」


「あるよっ!」


「ええっ!」


 

 相変わらずこのおっさんは軽い!

 凄く軽い!

 手懸かりがある事をいともあっさりと、これ以上無いくらいに軽~く言いやがった。

 まあ、こちらにとってはとてもありがたいのだけど。


「実はさ、ジュリアちゃん。今夜午後6時から行われるここジェトレ村のオークションでオリハルコンの鋳塊インゴッド、約10kgが出品される。先日、西にある旧ガルドルド魔法帝国の遺跡、コーンウォールの迷宮から発見されたそうだよ」


 旧ガルドルド魔法帝国の遺跡の迷宮……

 コーンウォールの……め、迷宮!?

 おおっ、素晴らしい響きだな。

 怖いし危なそうだけど、中二病の俺はワクワクするぜ!


 俺の上気した顔からワクワクした気持ちを察知したのであろう。

 今回はイザベラが先に気付いたらしい。

 いつもならジュリアが俺の無鉄砲さを諭すのだけれど、イザベラの思考は全く逆であった。


「トール、迷宮だってさ。ぜひ行こうよ! そこならトールの強さを思う存分見せられるね! 私も暴れられるし」


「おう! 行ってみたいな、迷宮!」


 そんな俺の言葉にやはりジュリアは反応した。


「こらっ! イザベラは余計な事を言わないの。 トールに危ない事をさせるようにあおり立てるのは私が許さないから!」


 うっわ~!

 何か俺より年下のジュリアが、完全に姉さん女房のようになっているよ。

 それはそれで凄く嬉しいけどさ。


 ジュリアの矛先はイザベラにも及ぶ。


「イザベラ! あんたの為に仕事をしているんだから、少しはそれを理解しなさい」


「ご、御免!」


 しおらしく素直に謝るイザベラ。

 これでは、悪魔王の娘もかたなしだ。


 竜神族として覚醒しつつあるジュリアが、悪魔王の娘であるイザベラをも圧倒するって凄い。

 まあ、何となく分かる。

 ジュリアははっきり言って『叩き上げ』の強さがあるから。

 か弱い少女の身なのに厳しい世の中に揉まれて生きて来たからね。

 経験不足の俺やお嬢様育ちのイザベラとは根性が違うのだろう。


 俺はこれから完全に尻に敷かれる未来を予想しながらも、何故か頼もしく思ったのであった。

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