第25話 愛と勇気と平和のために!


「いったい、どこまで行くんだよ」


 水野の能力で浮かんだままの天城は思わず不平をこぼした。


 てっきり牢屋へと連れて行かれるものだと思っていたのだが、いつの間にか外へと出てしまっている。

 別の建物に向かっているようだが、地面をすべるように移動する水野はこちらの問いに答えない。


「あ、恭平さん。あれって、ロボットじゃないですか? おっきいですね」

「やれやれ……さすがに文香は慣れてるせいか、落ち着いてるな」


 同じように浮かんでいるというのに、白河はどこか楽しげだ。

 また水野に対しても悪印象を抱いていないらしい。

 目の前の建物からは、前に一ノ瀬が騒いでいた巨大ロボットの頭部が見える。


「千佳さん、千佳さん。もしかしてあのロボットのところに向かってるんですか?」

「そう」

「なんでロボットのところに向かってるんだ?」

「…………」

「おれの質問は無視かよ」


 建物の入口に見張りのマネキンが立っていた。

 けれど、水野が一緒のためか行く手を阻むこともなければ、武器を向けてくることもない。


 水野は天城たちを連れたまま、エレベーターに乗り込む。

 エレベーターはどんどん上昇していき「R」の表示で止まった。


「うわぁ、すごいですね」


 扉が開くと正面にロボットの顔がいくつか並んでいた。

 二つの目に、鎧を思わせる無骨なデザイン。

 まさに人型の巨大ロボットだ。


「イチが見たら大喜びだろうな……って、なんだ?」


 水野はなぜかそこで、能力を解除して天城と白河を降ろした。

 こちらが疑問を口にする前に、水野は簡単な動作でロボットを指さす。


「これを使うといい。あの水面を通り抜けるのには条件がある」


 ここから抜け出すために必要な条件。

 ずっと考え続けてきたが、やっと答えにたどりついた。


「なるほど。あの湖を出入口として使う、その鍵はフィクションテクノロジーか」

「どういうことですか?」

「ここへ来るとき、湖を通り抜けた。そのためには、宮永とかいう男が持っている飴玉が必要だったんだ。つまり水面を扉とすれば、飴が鍵だということになる。だが、必ずしも飴玉でなくてもいいんだな?」

「そう。物に対応して出口が決まる」


 水野がうなずくと、再びロボットを指で示した。


「だからこれを使うといい。現在、この場にあるフィクションテクノロジーで動く乗り物はこれだけ」

「理屈はわかる。だが、どうしてお前がおれたちに協力するんだ?」


 今度はなにが狙いなのか。

 一度あざむかれている以上、慎重にならざるをえない。


 すると水野は、まっすぐとこちらを見上げてくる。

 相変わらずの無機質な瞳。


「あなたは友達を迎えに来ただけと言った。それならそれでいいと思うから。それだけ」

「そんなはずありません」


 きっぱりと白河は言った。

 唖然とする水野の手を、白河は両手でしっかりと掴みこむ。


「千佳さん。私たちと一緒に行きましょう」

「いきなり、なにを……」

「私、あの宮永という人の言い分が好きじゃありません。あんな風に女の子の気持ちを理屈で縛ろうとする大人の言うことなんて聞かなくていいはずです」


 コントロールルームで聞いたのは、なにも上川の告白だけではなかった。

 宮永との口論もしっかりと聞こえていた。


 もしも水野千佳が自分たちを助けようとするきっかけがあったとすれば、それは上川だけでなく、宮永の言葉による影響もあったのだろう。


「私は……ダメ。あの人には、恩がある」


 水野はかぶりを振ると、白河ではなく天城の顔を見上げた。


「あなたはさっき、どうして協力しているのかと訊いた。特区制度は知っている?」

「常識だからな。スキルによって暮らす地域を指定されるアレだろ?」

「私は一昨年までSF特区にいた」

「へぇ、重力を操れるからか? そりゃまた雑な判断だな」

「どうしてですか?」

「SFにおける不思議な現象には理由があって、それに対する理論とか技術ってものがある。ものにもよるが大抵はそうだ。それがファンタジーとの違いになってる」

「えーっと……?」

「つまり宇宙服を作ったり、擬似重力の発生装置を研究をしているところに身一つで重力操作ができる存在ってのは異質すぎる。文香も少女漫画は読むだろう? あの中に突然、上川が出てくるようなもんだ」

「それもちょっと面白そうですけど、言ってることはわかりました」


 男女が真剣にドキドキしているシーンに、ラッキースケベを頻発する上川が登場したら空気が壊れてしまう。

 それと同じことが水野の周りでは起こったのだろう。


「そう。私はあそこになじめなかった。そのとき私を連れ出してくれたのがあの人」


 目の前のロボットを見れば、想像がつく。

 ラノベ特区でやったことと似たようなことを、SF特区でやったのだろう。

 水野も内田と同じくさらわれてここに来たのだ。


「ここでなら私の力は役に立った」

「役に立つなら、たとえそれが拉致の片棒をかつぐようなことでもいいのか?」

「それでも……恩がある」

「ウソだな。お前は、迷っていた。トラックを落とすときも、人質を使わなかったのも、そしておれを撃たなかったことも、そうでないと納得がいかない」


 ほとんどの命令に即答していた水野がトラックを落とすときだけは迷いを見せた。

 文香たちを救出するために戦ったときも、人質を使わなかった。

 コントロールルームでも、天城のことを撃たなかった。


 そのすべてが、水野千佳の迷いを証明している。

 拉致の手助けをすることに、誰かに危害を加えることに、ためらいがあるのだと。


「それは……あなたの勘違い」


 それもウソだ。

 まったく表情を変えない水野の感情が、手に取るようにわかる。


「ごたくはいい。おれが知りたいのは一つだけだ。一緒に来るのか来ないのか。それはお前が自分で決めろ」

「私が……?」

「そうだ。SF特区に送られたのも、ここに連れて来られたのも、お前の意思じゃなかったんだろう。だから今は自分で決めろ。ここに残るのか、一緒に来るのか」

「…………」


 水野は黙って、うつむいたままだ。

 天城は追手が来るギリギリまで答えを待つつもりだった。

 白河もその意図をくんでくれたのか、黙って待っている。


 どれくらい経っただろうか。

 水野はやがて顔をあげると、小さく言った。


「一緒に、行きたい」


 声こそ小さかったが、見つめてくる瞳に感じる意思は強い。


「もう誰も、傷つけなくて済むなら……そうしたい」


 水野の言葉に、思わずふっと口元をゆるめてしまう。


「じゃあ行くぞ」

「……うん」


 コックピットの中に水野を導く。

 それから白河に向き直った。


「これでいいよな、文香」

「もちろんです!」

「なら早いところ乗ってくれ。あいつらと合流しないといけない」


 白河を先にのせてから、自らもコックピットに乗り込む。

 内側を埋め尽くす複雑な計器類は飛行機の操縦席を彷彿とさせる。

 とりあえず、二つある操縦桿を握ってみた。


「これ、あと四人ものせたら過積載かもな。ま、行くしかないが。えっとハッチを閉じるのは……」

「これ」


 背後から水野が手を伸ばし、ボタンの一つを押す。

 するとハッチが閉じ、内側は真っ暗になった。


「水野、動かし方がわかるなら代わりに操縦してくれないか? 車の運転くらいはできるけど、これはどうも難しい」

「私には無理。操作には、叫ばないといけないから」

「は?」


 思わぬ言葉に、素っ頓狂な声が出てしまう。


「これもフィクションテクノロジー。起動に特殊な条件がある」

「え、いや、だからって叫ぶのか?」

「そう。操縦桿を握って、情感たっぷりにこう叫ぶ」


 水野は小声で、かつ平坦にその言葉をつぶやいた。

 天城には難聴スキルがないため、一言一句残さず聞き取ってしまう。

 さすがにため息をつかずにはいられなかった。


「やれやれ……イチが好きそうなシチュエーションだ」

「がんばってください、恭平さん!」

「ああ、もうくそっ! やってやる!」


 他に方法がない以上、羞恥心は捨てるしかない。

 せめて文香が見ていない場であればよかったのに、と思いながら天城は叫んだ。


「行くぜ! 愛と勇気と平和のために! 起動せよ、ヴァン・バ・バーン!」


 冗談みたいな台詞を吐くと、コックピット内に周囲の映像がモニタリングされる。

 まるで先ほどの口上によって、命を吹き込まれたみたいにあらゆる画面が立ち上がった。

 だが、そんなことよりも恥ずかしさで死にたくなった。


「愛と勇気と平和ってなんだよ……もうおれの心が平和じゃねぇよ。しかも、なんだロボの名前、擬音じゃねぇか。ダサすぎて笑えないレベルだぞ」

「かっこよかったですよ、恭平さん!」

「くっ! 他の操縦は叫ばなくてもいいんだろうな。叫ぶようならもういっそおれは腹を切るぞ」

「叫ばなくていい」

「よぉし! 今日一番嬉しい情報だ! じゃあ行くぞ。これが腕を動かすレバーなら、足は……フットペダルか」


 素足のままペダルを踏み込むと、ロボットの背部にあるブースターが火を噴く。

 どうやって発進するのが正しいのかはわからないため、思い切り踏み込んだ。


 すると、ビルを力づくで割るようにしてロボットが動き出した。

 無理をしたためにコックピットが激しく揺れ、背後で水野と白河が小さく悲鳴をあげる。


「動かし方、雑」

「仕方ないだろ。免許持ってないんだから!」

「え、ロボットを動かすのに免許っているんですか? どこで取れるんでしょう?」

「ただの冗談だよ!」

『応答したまえ。試作機はいったい誰が動かしてるんだ』


 モニター脇のスピーカーから、そんな声が聞こえると水野は怯えたように肩を震わせる。

 誰の声かはそれだけでわかった。

 スピーカーの横にあるスイッチを押し上げて、気さくに応答した。


「あー、テステス。このロボット、起動システムに問題があると思いますよ」

『そうか、やっぱり学生くんか』

「そっちは、たしか宮永さんだっけ? お察しの通りこちら、元気な学生の一人ですが」

『なぜそれを動かしている。いや、わかる。チカが手引したんだね。それしか考えられない。チカ、そこにいるんだろう。ぼくが君を救ってあげた恩を忘れたというのか?』

「……すいません」

『君も所詮は子どもだったということか』

「へぇ、拉致の手伝いをさせることって、そんなに恩着せがましく言うことなのか」

『君たちはわかってないんだ。その力が、世界にどれだけのことをもたらすのかを』

「やれやれだ。なぁ、宮永さん」


 水野と宮永の関係について、それほど深く知っているわけではない。

 けれど、一連の出来事について一つ言っておきたいことがあった。


「あんた、子供の頃から世界がどうとかそんな風に思ってたのか?」

『バカなことを。ぼくが子供の頃はまだ世界は安定していた』

「そんなことは関係ない。あんたの言うとおりおれたちは子どもだ。だからこそ帰って飯食って、デートのために四苦八苦して、そういう風に生きていくんだよ」

『…………』

「以上、通信は終わりだ」


 スピーカーを殴り潰して通信を終わらせた。

 操作を止めないまま、ちらりと水野の様子を確認する。

 無表情の仮面の隙間から、罪悪感を抱いていることがかすかに読み取れた。


「心配すんな、ライトノベルってのは懐の深いジャンルだ。当然、特区もな。学校っていうのは結構面倒だが楽しいところでもある。だから、大人の事情は大人になるまで棚上げでいいんだ」

「……うん」


 水野がうなずく。

 その表情を確認しなかったが、少しくらいは落ち着いているといいなとは思った。


「ふふっ、恭平さんも上川さんと一緒ですね。かっこいいことを言います」

「からかうなよ、文香」


 今になって少し恥ずかしくなると、熱くなる頬を隠すためにペダルを強く踏み込んだ。

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