第二章 日曜日を取り戻せ

第11話 誘拐犯はどこへ行った?


 意識を取り戻した上川は、重いまぶたを持ち上げる。


 昨日から意識をなくすことが増えた。

 この朦朧とする感覚ともずいぶん親しくなった気がする。


 あたりは暗く、目を開けているはずなのに見えるものはほとんどない。

 低くうなるような音が聞こえるが危険は感じなかった。


 なによりも真っ先に自分が浮いていないということに安堵する。

 身体はまだ浮いていたときのことを覚えているかのようにフワフワとするが、背中までぴったりと地面についていた。

 そこでふと、その地面が揺れていることに気づいた。


「地震!?」


 跳ね起きると額になにかがぶつかり、大きなものが倒れこんでくる。

 固く冷たい感触に、ぎゃっと悲鳴をあげそうになる。


「うわ、こ、これ、なんだ!?」

「落ち着いて。マネキンよ」

「え、なんだって!?」

「マネキンよ。幽霊でも怪物でもないわ」

「う、内田さん?」


 難聴スキルから開放されると、落ち着いた声の正体に気づく。

 内田の前で、みっともない姿は見せたくない。

 無理をしてでも冷静な返事をこころがける。


「お、おぉ……なるほど。マネキンか……え、マネキン?」


 段々と暗闇に目も慣れてきた。

 倒れこんできていたマネキンを押し上げて、立ち上がる。

 周囲にはまだ何十体とマネキンが整列していた。

 不気味だ、と弱気を悟られないようにつぶやく。


 内田はマネキンの間に、相変わらず平然と立っていた。

 取り乱した様子もなく、上川が倒した拍子に落ちた帽子をマネキンにかぶせてやっている。


「内田さん、大丈夫? ケガとか、具合が悪かったりはしない?」

「大丈夫よ。状況はまだ飲み込めてないけれど、ここが車内だということはわかるわ」

「そっか、それで少し揺れてるのか」


 トラックの荷台かなにかなのだろうか。

 マネキンの数からいっても、とても広い。


「どうなってるのか、わかる? 私は映画館で気を失ったところまでしか覚えてないの」

「えっと、どうも誘拐されたみたい。怪しい黒服たちに後ろから襲われてさ」

「黒服……それって私たちをつけていたあなたのお友達のことよね?」

「へ? いや、イッチーも天城も黒い服を着てなかったと思うけど……あっ、もしかしてあのとき尾行されてるって言ってたのは黒服たちのことだったの?」

「ええ」


 内田が当然といったようにうなずく。


「うわー……ちゃんと確認しておけばよかった。内田さんが見たのって、このマネキンみたいな格好をしたやつだったんだ。不審な男子高校生二人組じゃなくて?」

「そもそも三人組だったわ」

「じゃあ、映画館に入る前から狙われてたんだ。あー、最悪だ。てっきり天城たちのことだとばかり……ん? でも、なんで狙われてたんだろう?」


 黒服たちからは内田をさらおうという明確な意思を感じ取ることができた。


「内田さんはなにか心当たりはない? 最近、なにか変わったことがあったとか」

「…………」


 内田は黙って上川を見た。

 希薄な表情の中に、なにか言いたげな様子が感じ取れる。


「お、俺に関すること以外に」

「ないわ」


 即答されてしまう。

 少し傷ついた。

 帰ったらふて寝しよう。


 それにしても、どうして犯人たちは内田さんを狙ったんだろうか?

 考えようかと思ったが本人に心当たりがない以上、推測するのは難しい。


「とにかくここから逃げよう。あ、そうだ。天城たちに連絡を取らないと」


 ズボンのポケットから携帯電話を引っ張りだす。

 休日にしか使えないため、充電に不安はない。

 期待と共に画面を見ると、アンテナの代わりに「圏外」の二文字が堂々と鎮座していた。


「圏外かよ……」

「私のも圏外だったわ」


 内田が赤い携帯電話をかかげて見せる。

 ぜひ連絡先を交換したい、という誘惑を振り払って目の前の事態に集中する。


「えぇっと、じゃあどうするかなぁ……まさかパンくずをまくわけにもいかないし」

「でしたら、大きな声で呼んでみるっていうのはどうでしょう? そうしていると、いつも恭平さんは来てくれますよ」

「いや、いくら天城でもそこまで耳がよくは……って、白河さん!?」

「あ、はい。なんでしょうか?」


 マネキンの影から白河が顔をのぞかせる。

 内田さんと二人きりじゃなかったのか。


「まさかイッチーまでいるってことはないよね……?」

「いえ、私たち三人だけのようです。上川さんが中々目を覚まさないので、さっきまで内田さんと話してたんですよ。どこに向かってるんでしょうかとか」

「そ、そうなんだ。でも、良かった。これで天城たちへの連絡は心配しなくてもいい」

「どういうこと? 彼女の携帯電話も圏外って言ってたけど」

「白河さんがいるだけで十分なんだ。それだけでここにとんでくる男がいるから」


 すっかり安心した上川は壁に背を預け、そのままずるずると座り込む。

 内田はまだ納得のいかない顔で首をかしげ、話題の中心となっている白河はまるで気にした様子なくニコニコとしていた。


 ***


「あ、もしもし? うん、訊きたいことがあってさ。空飛ぶトラック見なかった? いや、オレたちはなんもしてないって。ホント、ホント。あ、そう。ならいいや。うん、じゃあな」

「もしもし。今、大丈夫? あのね唐突だけど、空飛ぶトラック見てないかと思って。あ、そっか。ううん、大丈夫。うん、ありがとう。うん。はい。はーい、じゃあねー」


 一ノ瀬が通話を終えるのと、仙石が電話を切るのは、ほとんど同じタイミングだった。


「どうだったん、委員長?」

「ダメ。めぼしい目撃情報はなし」

「こっちも似たようなもん」


 一ノ瀬はすでに知っているかぎり、今日外出している友人に連絡を取った。

 それは上川たちの行方を知るためのことだったが、結果はどうも芳しくない。


「どっか適当な駐車場かなんかに降りたんかねぇ」

「そうでしょうね。そのほうが目立たないし、車なんだから道路を走らない理由がないわ」

「ふ~む」

「ちょっと、マジメに聞く気あんの? 一回、箸を置きなさいよ」


 上川たちが連れ去られてから、一ノ瀬と仙石は学校近くの定食屋へと移動していた。

 時間も時間なので、とりあえずそこで昼食を取ろうという話になったのだ。


「え~、だってうどんだし。のびちゃうじゃん」


 うどんをずるずるとすする。

 立ちのぼる湯気の向こうで、仙石がため息をついた。


「はぁ……もう、あんたってホント緊張感の欠片もないわね」

「腹が減ってはなんとやら。それにアマギンが戻ってくるまでは動きようがないしね」

「まぁ、そうかもしれないけど。それにしても天城はなにしに寮へ帰ったのよ?」

「あれ、委員長は知らなかったっけ? アマギンは――」

「やれやれ……悪い、手間取った」


 タイミング良く店に入ってきた天城は、登山用かと見間違うほど大きなリュックを背負っていた。

 それを足元に下ろしてから、一ノ瀬の隣に座る。


「色々と必要な準備が多くてな。あ、すいません。カツ丼一つお願いします」

「あんたまでなに悠長に注文してんのよ」

「お前も食っといたほうがいいぞ。イチを見習え」

「もうツッコむのも疲れたわ……じゃあ、あたしはきつねうどん」

「きつねうどんも一つ追加でお願いします」


 天城は仙石の分も頼むと、一ノ瀬のお冷を取って一気に飲み干した。


「ふぅ、生き返る。そういえば、イチ。あのマネキンが持ってたやつな、片方はわからなかったけど、もう一方の内容に関しては検討つけたぞ」

「え、そうなん? どっち?」

「機械のほうだ」


 天城はリュックからマネキンが持っていた端末を取り出し、机に置いた。

 携帯電話より一回り大きなそれは、そのほとんどが液晶画面で構成されている。


「なによ、これ?」

「上川たちをさらった連中が持っていたものだ。電源入れてみろ。上のスイッチ」

「こう? あ、画面ついたわ。波線が映ってる」

「それをそのままイチに向けてみればいい。それで大体わかる」


 天城は仙石に端末をもたせたまま、その先端にあるアンテナを引っ張って伸ばした。

 アンテナを鼻先に向けられたので一ノ瀬はうどんを食べる手を止めざるをえない。


「あ、画面変わった。ビリビリ波打ってるわ」

「じゃあ次。今度はおれに向けてみろ」

「あ、ビリビリが弱まったわ。それでこれ、なにがわかるのよ?」

「察するに、おれたちが持っているスキルの強弱を測っているんだろうと思う」

「スキルを?」


 仙石から機械を返された天城はそのアンテナを片付けつつ説明を続けた。


「一応寮でも試してきた。大体、バトル系だったり変身できたりするやつに向けると波形の乱れが大きくなり、おれみたいなやつらに向けると小さくなった」

「その話だと天城のスキルはすごく弱いものってことになるんだけど」

「そりゃアマギンはやれやれ系だもん。委員長みたいなのとは比べ物にならんさ」

「へぇ、天城ってやれやれ系だったのね。言われてみれば、たしかに納得」

「おれの話はいいだろ」


 天城が顔をしかめる。

 彼もまた上川と同じく、自分のスキルを好いていない。


「本題はこっちの機械についてだ。これで連中がさらう人間を決めていたとすれば、誘拐したかったのは強力なスキルを持つ誰かだったと考えられる」

「ほうほう。つまり内田さんが実は大財閥の一人娘で、犯人は身代金をせしめるために誘拐したってわけじゃないのねん。それで、薬品のほうはどうなったん?」

「これか」


 天城がズボンのポケットから小瓶を取り出してテーブルに置いた。


「全然わからん。一応、においを嗅いでみたがこのとおりおれはピンピンしてるしなぁ」

「あーもう! こんなのんびりしてる場合じゃないの! 文香たちを追わないと!」

「まぁ、落ち着けよ仙石。こういうとき、下手にあわてると大怪我するんだぞ」

「なによ、天城。なんか経験があるみたいな言い方ね。大体、文香たちが今どこにいるのか、わかってるの?」

「当然わかってる」


 天城はポケットから薄型の電子機器を取り出した。

 手のひら大の画面には地図と、移動する赤い点が表示されている。

 それをのぞきこんだ仙石はわけがわからないといった風に首を傾げた。


「なによこれ?」

「文香の居場所だ。いくつか電波の届かないものもあったが、すべてが無効化されたわけじゃない。移動距離から考えてもまず間違いないだろう。やつらは東へ向かっている」

「……なにこれ?」

「だから、文香の居場所だ」

「違うわよ! なんでそれがわかるのかって話!」

「発信機をつけたからに決まってるだろう」

「バカ、なんで発信機をつけてるのかってことよ! あの子、このこと知ってるの?」

「知ってるものもある。が、安全面から一部は知らせていない」


 仙石がどうして怒っているのかわかっていない様子の天城は、平然と答える。


 もちろん、仙石がなぜ怒っているのか一ノ瀬にはわかる。

 でも面白くなりそうなので黙っていた。

 天城の天然ボケは時々こうして顔を出すから面白い。うどんがうまい。


「文香の所持品、衣服、その他諸々にはすべて発信機をつけてある。だから、いついかなる相手があいつを連れ去ろうとも見失うことはない。発信機の種類も分けてある。そのすべてを無効化するのは、たとえあいつが全裸にされようとも不可能だ」


 仙石の表情が凍りつく。

 わなわなと唇が震えていた。


「あたし、あんたらの中では天城が一番まともだと思ってたけど勘違いだったみたいね」

「十分まともな対応だと思うがな。仙石、お前だって知ってるだろ。文香のスキルを」

「そりゃ知ってるけど、いつもあの子は自分で戻ってくるじゃない」


 どうやら前提から認識に違いがあるらしい。

 一ノ瀬としてもこれ以上、仙石に癇癪を起こされてはかなわないのでそろそろ助け舟を出すことにした。


「ちっちっち。委員長、それが違うんだなぁ」

「なに、一ノ瀬。あんたもなんか知ってんの?」

「そうさなぁ、さらわれたお姫さまはいつもどっかの王子さまが助けてるから無事だってことは知ってるよん」

「え?それってつまり――」

「あ、カツ丼来た。いただきまーす」

「ちょっと天城、はぐらかさないでよ!」

「うるせぇな。お前もさっさと飯を食え。食べ終わったらすぐに追うぞ」


 反論を寄せつけないということを示すように、天城は丼の中身を勢いよくかきこむ。

 一ノ瀬も余計なことを言うのはやめ、少し伸びかけのうどんをすすった。


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