第43話 西郷隆盛、そして地獄の関ヶ原

「そなたが西郷吉之助殿か?」


 突然、現れた信長が西郷吉之助に訊いた。

 そこは西南戦争で西郷が終わりを迎えた鹿児島の城山であった。

 西郷の周りを殺気を帯びた侍たちが取り囲んでいる。

 その数、350余名。


「よかよか。半次郎、斬るでない」


 咄嗟に刀で斬りかかろうとした桐野利秋こと人斬り半次郎を西郷が制する。

 黒衣の僧形の天海がさりげなく信長との間に体を入れて居合いの姿勢を取っている。

 

「お前の方が斬られていたな、半次郎」


 西郷はにっこりと笑う。

 天海の居合いの速度を一瞬で見抜いたようだ。


「西郷殿、この信長と共に関ヶ原に来てもらえないか?」


 信長は一気に本題に入った。


「信長? 狐にでも化かされているのかのお」


 さすがの西郷もにわかに信じがたいようだ。


「冗談ではない。この国の存亡がかかっている。力を貸してもらえぬか?」


「――仮に信長殿のいうことが本当だとして、その誠をどのように示されるか?」


 西郷は厳しい表情で言葉を吐いた。

 信長が言葉を継ごうとした瞬間、天海が静かに大地に座った。

 そして、僧衣の前を開いて短刀を腹に当てた。


「それはこの明智光秀改め天海の命で示します。すでに一度、死んだ身です。この戦いのために死ねるなら本望です」


「明智光秀……」

 

 その様子を西郷は鋭い視線で見つめながら、しばし沈黙した。


「――なるほど、明智殿が信長様と一緒いる。では、一緒に行きましょう」


 西郷の言葉に信長も光秀も唖然とした。

 西郷が言葉を継いだ。


「本来、敵同士が力を合わせなければならないような危機が、日ノ本に迫っているということなのでしょう。ひとつだけ、条件がありまする」


「その条件とは?」


 信長の問いに西郷は意外なことを言った。




    †



  

(信長様が帰還するまで持ち堪えろ!)


 信長の留守に関ヶ原の総指揮を任された雛御前の号令テレパシーが飛ぶ。

 派手な十二単のミニスカ姿で白羽扇を左手に持っている。

 真田幸村、石田三成の活躍で関ヶ原の情勢は一気に傾き、信長率いる西軍が圧倒的勝利で終わるかと思われた。

 だが、ひとりの魔女の出現で戦況は逆転し、むしろ、苦戦を強いられていた。

 その名は魔女ランダ。

 ゾンビマスターとして死んだはずの兵達を蘇らせて、アンデットの魔人兵を量産していた。


(了解。しかし、ゾンビ兵の勢いが止まりません。幸村さんの真田丸を中心に、三成さんや精兵がよく持ちこたえてますが、消耗が激し過ぎます。そもそも、信長様はどこへ行かれたのですか?)


 メガネ隊長が前線の情報を送ってくる。

 旗艦<天龍>を中心に円陣を組んで兵を厚くして防衛しつつ、真田丸は出城として敵主力の攻撃を引き受けていた。


(もうすぐ帰ってくるはずです。援軍を連れて)


 雛御前は少し険しい表情で言った。


(援軍? 了解です。信じるしかないですね)


 メガネは副隊長のザクロ隊、心之助隊などに檄を飛ばし、自らも前線に切り込んでいった。

 その時、真田丸の前方にワープアウトする何者かが亜空間レーダーに映った。


「間に合ったか」

 

 雛御前が胸を撫で下ろす。

 黄金色に輝く重機動ボトムストライカー<天牛>200機余りが前線に出現した。その名の通り通常の二倍の大きさの機体であり、巨大な槍と盾を主装備とした防御力に優れた機体であった。

 大将はもちろん西郷吉之助こと西郷隆盛である。

 だが、その隣には副将、大久保正助こと大久保利通がいた。


 その背後の150機は白銀色に輝く高速ボトムストライカー<天狼>である。

 スピードスターと称される高機動機体で日本刀装備で早速、敵の前線に切り込んでいく。

 こちらの方は桐野利秋こと人斬り半次郎が指揮を執り、抜刀隊として強力な攻撃力を誇る。

 だが、何よりの特徴はその日本刀で倒されたゾンビ兵は砂のように姿が消えてしまって、もう二度と復活しなかったことである。

 

「信長様、あれは例の禁術を使ったのですか?」


 雛御前が問いかける。

 信長と天海は旗艦<天龍>に帰還していた。


「そうじゃ、真言立川流の禁術<死人舞しびとまい>の呪いをかけた」


「では、西郷たちは……」


「わしが死ぬまで死ぬこともできない。不死身の強兵、アンデットソルジャーにしてしまった」


「彼らがそれも承諾したのですか?」


「条件を出されたがな」


「それは、一体?」


「大久保正助を連れて来い言われた」


「大久保利通、明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と並んで『維新の三傑』と呼ばれている男ですね」


「西郷の死んだ西南戦争の翌年に暗殺された。西郷とは幼い頃から同じ釜の飯を食う家族同然の関係だったという。西南戦争では敵味方だったが、心残りだったのだろう」


 信長は嘆息した。

 天海が隣で何ともいい笑顔で笑っていた。


 


   †




   

「かごめかごめ 籠の中の鳥はいついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった うしろの正面だあれ?」


 あれから安東要はカゴメ歌をつぶやきながら、『鶴と亀を統べる試練』について考え続けていた。


 異世界スマホでネット検索してみたが、『鶴と亀を統べる』と解釈できるなら『敦賀つるが亀岡かめおかを明智光秀が統治した』という説が浮かび上がってくる。

 明智光秀こと天海に関する説としては「鶴と亀」は日光東照宮御宝塔(御墓所)の側に置かれている「鶴」と「亀」であり、徳川家康の側近つまり天海(鶴は『天』を舞い、亀は『海』を泳ぐ)が「統治する」という解釈がある。


 『かごめかごめ』についても籠目の形がすなわち六芒星であり、陰陽道を基礎とする秘密結社<天鴉アマガラス>とも縁が深いように思える。

 また『かごのなかのとり』についても「籠の中の鳥居」と解釈すれば『籠に囲まれた小さな鳥居』、もしくは『竹垣に囲まれた神社』を表していることになる。


「清明様、敦賀つるが亀岡かめおかに行ってみましょう。たぶん、そこに謎を解く鍵があるような気がします。考えているだけでは答えは出ない気がします」


 安東要は安倍清明と高市麻呂たけちまろに対して答えを出した。 


「そうだの。とりあえず、ここにいても仕方がないし、行ってみるかのう」


 清明は高市麻呂に目配せした。


「それでいいと思いまする」


 高市麻呂は正解とも不正解とも取れる表情でうなづいた。

 秘密結社<天鴉>の異能力者を統べる<勾玉の民>のリーダーは代々、平凡過ぎる人間であることが多いという。

 安東要がその意味を知るのはもう少し時間がかかりそうだった。





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