第八章 灰色の世界

第29話 灰色の世界 1



 フォートに案内されたサリアスとフィラーシャがその村に辿り着いたのは、そろそろ日が茜に色づく頃だった。デュクシスは単身、一足先に帰っている。移動の間、フォートは他愛のない話しかしなかった。ここでの暮らし、兄妹の事、大陸で初めて見知ったもの――その様子は聖都で会った時と全く変わらない。サリアスが必要最低限の返事だけであとは警戒に徹しているため、必然的にフィラーシャがその相手となる。


「――あれが、僕たちの村です。この島に他に人間の集落はないので、名前は無いのですが……」


 随分と均され、広くなっていた山道が大きく曲がった先で、唐突に木立が途切れて視界が開けた。その向こうを指差して、フォートが言う。その先を追うと、牧草地と小さな畑の向こうに集落が見えた。畑には刈入れ時期を迎えた麦が、穂を重たそうに揺らしている。


 おどろおどろしい空気は一つもない。用水路は森を流れていた小川と同じ清流が走り、むしろ今まで見たどこよりも平和で穏やかな雰囲気を醸している。景色全体が夕日の茜に染まって黄金色に輝き、ひどく郷愁を誘う光景にフィラーシャは目を細めた。眩しい。


 近づいた集落の端で、少女がひとり大きく手を振っていた。彼女がデュクシスとフォートの妹だという。髪の色はフォートと同じ、顔立ちはデュクシスと似た少女はフィラーシャと同い年で、山歩きと弓が得意な暴れん坊だそうだ。肘まで捲り上げた袖から伸びる両手は健康的に引き締まり、伸びやかな四肢が闊達そうにきびきびと動く。


「初めまして、ベルルサージュって言います。ベルって呼んでください。お兄ちゃんがお世話になりました」


 ぺこり、と勢いよく頭を下げると、耳の上辺りで一つに束ねた髪がしっぽの様に跳ねた。


「あ、ああ、いや……」


 さすがにきつい態度がとれず、サリアスが毒気を抜かれたような返事をした。人懐こい笑みに逆らうこともできず、二人は村の奥にある、一際立派な館まで案内される。途中見る風景はこれまで見てきた村々と変わらぬのどかなものだ。


 ここが、魔王の城に最も近い村だというのか。村人は危険に晒されたりしないのだろうか。いや、村人は魔王に仕える人々で、だから害を与えられないのか。だが「闇に仕えてきた村」という言葉から想像される暗い雰囲気や、変わったところは何一つない。


「魔物って、なんなんだろう……」


 改めて、そう思う。教えられてきたことと、魔王の城に近づくに連れて見えてくる現実は余りに違いすぎる。思わず漏れたフィラーシャの呟きに、意外な返答が返ってきた。


「魔物って言うのは、光の魔力を浴びて狂化した夜の民のことでしょ?」


 前を向くと、ベルがきょとんとした顔でこちらを振り返っていた。


「え?」


 「魔物」とは、フィラーシャたちにとっては「夜の民」の別の呼び方である。彼らは常に人間に敵意と害意を持つ「魔のもの」なのだ、と。そのつもりでフィラーシャは呟いたのだ。こちらが驚いたことに驚いたのか、ベルは更に目を丸くしたあと眉を寄せた。足を止め、思案するように宙を睨む。それに笑ったフォートが、ベルの肩を一つ叩いて先に行く、と前を示した。頷いてフォートに手を振り、ベルがフィラーシャに向き直る。


「うーん、と。狂化……って、知らない?」


 首を傾げてベルが尋ねた。


「う、ん、聞いたことないけど……」


 フィラーシャが答える。


「狂化っていうのは、昼の民が闇の魔力を、夜の民が光の魔力を強く浴びたり、その魔力で傷つけられたりしたら精神と肉体が蝕まれてしまうことなの。『闇に魅入られた』とか『取り憑かれた』って言うじゃない? 人間は昼の民だから、対極の、闇の魔力に触れると蝕まれてしまうの。逆に、夜の民はその対極の光の魔力に触れると同じように精神も肉体も壊れて破壊の権化になる、それが、魔物なんだけど……あ、ちなみに狂化した人間は狂者、ほかの昼の民は狂獣とかって呼ぶよ」


 まるで子供でも知っている常識のようにベルはそう言った。いや、彼女にとっては本当にそれが常識なのだろう。彼女の常識もまた、フィラーシャたちとは全く違う。魔物は生来の悪であり、破壊を好み欲望のままに全てを貪り、光の魔術によって消滅させられるものであったはずだ。闇とは即ち悪であるのだから。それが、光の魔力によって生まれるなどあってはならない。


 ぐ、とサリアスが拳を握った。フィラーシャは難しい顔で考え込んだサリアスの手にそっと触れる。このベルもまた、自分たちを騙そうとする敵なのか……そう考える事は辛かった。出会う誰もかれもを疑い続けるのは、辛く苦しい。周囲の光景が優しく美しく、相手の態度に敵意が無いならなおさらだ。


「サーちゃん……」


 自分よりも信仰の篤いサリアスが、この話に納得するとは思えない。最悪、ここで言い争いになるのではないか。そう心配してフィラーシャは声をかけた。


「ああ……」


 低く呟いて手を少し握り返し、そのままフィラーシャの手を引いてサリアスが歩き出す。前を向いてしまったサリアスの表情は分からなかったが、少し安心してフィラーシャも歩き始めた。ただならぬ雰囲気にベルが驚いている。


 あってはならない……。しかしその反面、ベルの話はセイレンの立場を説明しうるものだ。彼女らは「魔物化していない夜の民」であると考えれば、話は通る。


 彼らの話は正しいのか。だとしたら、自分たちの教えられてきた「世界の姿」は何だというのだろう。いや、全ては闇の魔術によるまやかし、その可能性もまだ無ではない。全てがあやふやで、酷く心許ない。


 フィラーシャはその存在を確かめるように、サリアスの手を握りしめる。今ここにいる、唯一絶対の仲間の手を。


 目の前で、館の重たそうな扉が、正に開かれようとしていた。



***



 二人をベルに任せたフォートが家に帰ると、全身で疲労を表すようにデュクシスが長椅子に伸びていた。フォートがテネルに連れ去られたせいで、デュクシスがフィラーシャたちを迎えに行かなければならなかったのだ。厄介ごと嫌いの兄にとっては、非常に不本意だっただろう。


「……兄さん」


 なんと声をかけたものか、一瞬迷う。あの洞窟での事を今言うべきか。だが何を、どこまで言うべきか決めかねていたし、第一あまり時間もない。すぐにベルと客人たちが着いてしまうだろう。


「あー?」


 気の抜けた返事だが疲労のためか、兄からはどこか不機嫌な空気が滲み出ていた。


「――その、ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」


 改めて謝っておく。自分がやったことではないとはいえ、自分が原因で彼の機嫌を損ねた事は間違いない。


「あ、僕は母さんを手伝ってくるから。そろそろベルも帰ってくると思うし、兄さんも着替えなよ……じゃあ」


 兄の顔を見ずにそう言うと、フォートは居間を後にした。結局何も言えずじまいだ。

「お、おいっ……!」


 慌てたような声が背中にかかるのを振り切って部屋を出る。


 ――とりあえず、誰か灰の一族と話をしないと……ルチルナという人と合流するのが先決だ。灰の計画にしたところで、陛下の魂がそこに無いんじゃ器だけ解放しても意味が無い。


 ナースコルはルチルナも居る状態ならばやりようがあるだろうと言ったが、具体的にどうすれば良いのかは分かっていない。それも含めて諸々尋ねるべき事があった。


「出来れば、ノクスがいてくれれば良いんだけどね……」


 サリアスとフィラーシャは、夜の民の言葉が分からない。ノクスペンナがいれば自分が通訳をしなくて済むのだが。


 ふ、と息を吐いて、台所に入る。母親にする事がないか尋ねると、かまどにくべる薪を取ってくるように言われた。



***



 微妙な空気をまとったままの、サリアスとフィラーシャを連れて玄関に入ったベルを出迎えたのは、むっつりと眉間に皺を寄せたデュクシスだった。


「うわっ、デュクシス兄機嫌悪っ!」


 最低ぇ、とこぼして後ろを振り返ると、ベルルサージュは思いっきり笑顔を作ってサリアスらに言った。


「ようこそ、我が家へ! 歓迎しまーす! ……デュクシス兄、笑顔、笑顔っ!」


「おう、まあ上がれ」


 絶対に笑ってない。そう確信できる声音であった。理由は大体想像がついているが。


 戸惑い気味の表情で、サリアスとフィラーシャが家に入ってくる。これから何が起こるのか、そんな緊張も感じ取れる顔だ。ここはやはり、相手の緊張を解くのが重要ではないか。なのに何で、こんな時に限って不機嫌なのだ、ウチの長兄は。


「さあ、こっちにどうぞ、晩餐の準備できてると思うから」


 そう言って、二人を食堂に案内する。こちらはちゃんと朗らかに、客人を歓待してくれる母親に二人を任せ、ベルは廊下に立ったままのデュクシスへ向き直った。


「お兄ちゃん、ちゃんとしてよもうっ! ナニ言われたの? フォート兄に」


「……ごめんなさい、ご迷惑をおかけしました、ってな。そしてサッサと逃げられた。どこで何をされたかも全く、何も聞いてないぞ俺は」


 どうしようもない。両方とも。


「あいつは俺をなんだと思ってるんだ? はっきり言って、家族だと思われてないだろ、俺っ!」


 魔術の才能があったら火を吐くのではないか、と思うくらいの勢いで、デュクシスが嘆く。当人に聞かれる心配とかはしないのだろうか。


「フォート兄はどこさ」


「薪取りに、裏の薪小屋まで行ってるよ。親父はまだ仕事部屋だ。俺が呼んで来るから、ベルはお客さんを頼む」


 軽く手を挙げてそう言うと、デュクシスは踵を返した。心なしか肩が落ちている。ベルルサージュには分かっていた。上手くいっていない長兄と次兄は、本当は相手と仲良くしたくて仕方がないのだ。


「あたしが気を回すのも馬鹿らしいじゃんか。大体、二人とも何歳あたしより年上なのよ?」


 その気になれば何とかなるはずと信じている。だから深くは首を突っ込むまい。そう心に決めているベルルサージュであった。



***



 フィラーシャは食事の途中、改めて周囲を見回した。


 大きめだが、素朴で家庭的な食堂。柔らかく、温かくそれを照らす灯り。使い込まれた木の食卓には、所狭しと家庭料理の皿が敷き詰められ、食欲をそそる匂いを漂わせている。


 物静かで穏やかそうな初老の家長に、おおらかで朗らかなその妻。加えて、随分と歳のはなれた三人の兄弟がわいわいと食事をしている姿は、正に「家庭の夕飯」そのものだった。


 ――あたし、何でここにいるんだっけ?


 決して、友達の家に遊びに来ているわけではない。故郷とは違うパンやスープが、それを物語る。ここは、自分の家とは遥かに離れた異郷の地なのだ。隣のサリアスはと言うと、食欲がないから、と食事に手を付けなかった。色々と考えた挙句、フィラーシャは結局食べている。疑う事、警戒する事はサリアスに任せればいい。それらがどうしても苦手な自分は、食事も話も全て素直に受け取ってみよう。そろそろフィラーシャはそう開き直っていた。


 重要な話は食事の後、と言われている事もあり、本当に他愛ない会話が食卓を彩っている。サリアスはそれにもあまり関心のない様子で、訊かれた事だけを手短に答えていた。


 食事が終ると場所は居間に移され、絞りたての木苺ジュースが配られる。皆で輪になるようにして座り、まず村長のアクイラが口を開いた。


「先程も申しましたとおり、この村の長を務めているのは私です。道理から言えば、私が全て説明するべきなのでしょうが、今ここには、私よりも適任の者がおります。その者……息子のフォルティセッドに任せたいと思いますので、ご了解ください」


 穏やかな口調でそう言うと、アクイラは彼に良く似た二番目の息子に目配せした。フォートが頷いて姿勢を正す。


「フォルティセッドはこの村で唯一の、いえ、人間のうちでただ一人の『闇使い』です。夜の民との交渉、交流は全て、これを通じて行われますので、あなた方の疑問のうち、我々に答えられうるものの全てを、これが知っております」


 つまり、魔物たちとの事は全て、フォートが行っている。そのため、フォートの知らない事は、この村で答えられる者はいない、ということである。


「分かりました、宜しくお願いします」


 成り行きで、フィラーシャが受け答えをすることになる。サリアスは警戒しているのか、相変わらず自分から口を開こうとはしなかった。そのまとう空気が冷たいこともあって、自然、フィラーシャの口調はとりなすように丁寧なものになる。


 敵のはずである相手とはいえ、親切にしてもらっているのに悪い態度は出来ない。ついそう考えてしまうフィラーシャであった。単純に経験の問題として、争い慣れていないとも言える。


「ええと……それで、どこから何を話せばいいかな? 今更になって申し訳ないんだけど……僕達の知る、この世界の事をお話しましょうか」


 そこで口を湿らせるようにジュースを一口すすり、やがてゆっくりとフォートが言を継いだ。


「既にお分かりでしょうが、あなた方の知っている世界とは大きく違います」


 了解を示すため、フィラーシャは無言で頷いた。覚悟はしているつもりだが、それをどう受け止めたらいいのか見当もつかない。その為、内容の重大さに比して随分と自分が緊張していないように思えた。――最初から、信じられるわけもない。そんな思いが心のどこかにあるのだろう。


「この世界には、その創世より光の女王と闇の王が存在します。それぞれは光と闇、昼と夜、太陽と月、未来と過去、争いと調和……ありとあらゆる相反するものを司り、二人でこの世界を支えてきました」


 静かに、フォートの声が響く。彼は語った。この世界は、相反する二つの存在の中間に成立していると。魔力のうち炎と風は光を根源として太陽から生まれ、太陽に還るが、水と地は闇を根源として月から生まれ、月へ還る。彼の指し示す魔力の配置はフィラーシャの知るそれとは違う、見事に上下対称の美しいものだった。


 フィラーシャの知る魔導理論では、四大元素は全て光から派生する。そして太陽が光、炎、風を、月が水と地の魔力を循環させ、闇は独立して全く別の、死と破壊を招く「悪」そのものとされていた。そんなものだと信じていれば、さして問題にはならない。元々人間にとって、闇の魔力は感じる事さえ出来ないものだ。


 だがこうして説明を受けると、これまで信じていたものが酷く歪に思えてきて、フィラーシャは膝上の上衣をくしゃりと握りしめた。世界を解き明かす魔導理論を学ぶ者にとって、「美しさ」は重要な意味を持つ。何故ならば、より真理に近い理論はより単純で美しいからだ。単純さ、対称性、汎用性。それらは理論にとっての「正義」だった。


 フォートは続けた。昼の民とは、光の女王の庇護を受け、その霊は光を主とした魔力で構成される。ほんの僅かの例外を除いて、昼の民がその霊体や肉体に闇を宿す事はない。反対に、夜の民とは闇の王の庇護を受け、霊体と肉体を闇と四大元素によって構成されている者達のことだ。それぞれが相反する魔力である闇、光を強く浴びると、己を構成する魔力との反発から心身の均衡が崩れ、狂化するのだ。


 昼の民と夜の民は互いに時間や場所を住み分け、それぞれが己の住み良い世界で平和に暮らしていた。その均衡が崩れたのは千年前。アダマスという名の、精霊の一族の青年が発端だった。



***



 戸惑いや疑いを隠さず、だが黙ってこちらを見詰める琥珀と碧の二対の双眸を前に、フォートはこちらの意図を説明していく。実は灰の老竜の計画どおりならば、一から十まで丁寧に話さなくても良かった。とかく、彼女ら二人が闇の城まで行ってくれればそれでいい。そうすればテネブラウィスが闇の魔力を使って彼女らを操作し、銀月王の器の封印を解くのだろう。それが本来の、この計画の手筈だった。


 銀月王復活の計画。それは、中央神殿司祭長ビイク・イフサンと、灰の一族族長テネブラウィスが出会ったところから始まった。月の消失に危機感を抱いた双方は、その解決策を模索する中で互いを知ることとなる。そして、闇の王である銀月王の封印を解く為に、一大計画を立ち上げたのだ。


 まず、ビイクが神殿の力を使って全世界から、ある「特定の資質を持つ者」をかき集め、養成施設に入れる。それと同時に魔導協会に掛け合って、特に能力の高い魔導師を最低一人ずつ、養成施設で戦士に育てた者と組ませるのだ。こうして、最低二人一組の「勇者」たちは、中央神殿から闇の宮城へと送り出される。そして彼らを操って、テネブラウィスが闇の王の封印を解くことになっていた。


 テネブラウィスは精神に強く干渉する闇の魔術の中でも、特殊なものが扱える。他の者の使う闇の魔術のように、相手の意識を奪い乗っ取って操るのではなく、本人の意識を持たせたまま、内部の理論のみを捻じ曲げるのだ。それを用いれば相手を傀儡にすることなく、本来の思考では理屈が通らないはずの事でも、「信じ込ませて」しまうことができる。――そう、神帝の為、世界を救う為には魔王を復活させることが必要だ、と。ビイクもテネブラウィスも、その魔術を用いて「勇者」たちを操るつもりで、この計画を進めていた。


 しかしルチルナという要素が加わり、彼女らとセイレン族が縁を結んだ事で予定は大きく狂っていた。デュクシスと同行していたノクスペンナがルチルナを連れ去った上に、精霊の魔力の存在、そして灰の一族の計画について、ナースコルがあっさりとばらしてしまったからだ。フォートのこの計画での役割は、神殿から送り出されてきた「勇者」たちを村に迎え入れて休息を与え、彼らを励まして闇の宮城へと送り出す事だった。その為に村の被害者的立場や偽の真相など、様々な手札も用意してあったが最早無用の長物だろう。


「アダマスはまず、光の女王――金陽王を封じ、彼女の持つ『太陽の剣』を奪いました。そしてそれを手に、闇の王――銀月王のもとへ向かった。『太陽の剣』と『月の杖』は光の女王と闇の王がそれぞれ持つ、純粋な光の魔力と純粋な闇の魔力で出来た二柱神の象徴です。それ自体が強大な力を持っていて、夜の民では決して太陽の剣に触れる事は叶わない」


 フォートが聖都や森で見た夢は、正にアダマスが銀月王のもとへ辿り着き、太陽の剣で銀月王を封じる場面だったのだ。


 アダマスの名が出て、客人二人の表情が一層険しくなった。特にサリアスは、夕食に手を付けなかった事からも分かるが、相当こちらを警戒している。


「その太陽の剣をもって銀月王の器を封じ、銀月王から月の杖を奪い、それを用いて金陽王の魂を完全に封印したのです。そしてそれぞれの王が担い、魔力循環のために運行していた太陽と月をその手中に収めた。それが千年前の事です」


「――いい加減にしろ。それではまるで、神帝こそが簒奪者……かつての秩序を乱した張本人のようではないか!」


「ええ、その通りです」


 耐えかねた様にサリアスが語尾を荒げる。それを肯定すると、彼女は剣をとって片膝を立て、腰を浮かせた。


「サーちゃん!」


 慌てたようにフィラーシャが制止する。場の緊張が最高にまで達し、妹の表情が強張った。兄は静かな視線を客人に向けている。しかし二人が事を荒立てればすぐに対処できるよう構えている事が、家族の誰よりも彼女らに近い位置で、油断なく相手を窺っている横顔で分かる。


「……ご不快な話なのは承知しています。ですが、それは貴方達もある程度覚悟されていたはずです。まずは最後まで、話をお聞きになって下さい」


 目を伏せて頭を下げる。相手の反応は当然のものだ。今自分に出来る事は、誠実さを見せる事以外にない。


「そうだよ、とりあえず全部聞こう、ね?」


 フィラーシャに宥められ、渋々といった様子でサリアスが座りなおす。それを確認してフォートは、話を次に進めるべく口を開いた。


「僕達の目的は、銀月王の器から太陽の剣を引き抜き、銀月王を復活させる事です。今……約十年前から、月を担う者はいない。何故かは分かりません。神帝がそれを放棄したとしか思えない。その事が水と地の魔力の減衰を招き、世界は崩壊しようとしています」


 そこで言葉を切り、フォルティセッドは一つ息を吸った。話の流れで既に彼女らの耳に入っている事だが、面と向かって断言するのは心苦しい事だ。彼女たちは、自分たちが誰より尊いと思っている人物に、騙されたのだと。


「あなた方にはこの危機を救う為、太陽の剣を抜いてもらいたい。それが『僕達』――中央神殿司祭長と灰の一族族長、そして僕が、あなた方をここへ呼んだ理由です」


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