第589話「大戦終結」



 邪神〈ラーン・テゴス〉から噴出した黒い光が完全に消え去り、世界を照らす光が月灯りのみになったころ、少し離れた海の方でさっきの変な爆音が聞こえた。

 オスプレイの飛翔音だろう。

 しばらく同じ音が聞こえた後、どこかへと消え去っていった。

 さっきの水柱を確認しに来たのだろうか。


「どうやら、先輩は死ななかったようだのお。あの程度で死ぬようなお人ではないから、それも当然かな」


 振り向くと、全身に毛布を巻いた鉄心さんがやってきたところだった。

 巫女装束はどうした、と聞く前にどうも毛布の下になにも着ていないらしいことがわかったので、深く追求しないことにした。

 裸を隠すという意味合いよりも、まるで世紀末救世主がマントを纏っているようにみえる、ハチャメチャな男ぶりの女性である。

 そもそもあまり毛布一枚であることをまったく恥じらってさえもいないのだから。


「先輩って、ララさんのこと?」

「おうさ。わしと別れて〈グラーキ〉を追っておったから、まあ十中八九、あの〈湖の神〉とやりあったのだろうさ。しかも、まあ派手なことだ。ミサイルぶちかまして斃すとは、さすがは何をしでかすかわからん悪魔の様な先輩だ」

「……ミサイル?」

「そうだ。あれほどの大熱量と大音量、それ以外考えられないだろうて」


 納得いった。

 神撫音ララさんは〈S.H.T.F(特殊聖力戦略部隊スペシャル・ホーリー・タスク・フォース)〉という軍隊そのものの武力を配下に従えている。

 そして、あのオスプレイだ。

 自衛隊に無いはずの機体があるということは、国の機密で運用されているか米軍との協力関係にあるという以外の答えは出ない。

 つまり、ミサイルの一発や二発撃っても構わないほどの権力を秘めていてもおかしくないのだ。

 そして、その権力パワーを邪神に対して行使したのだろう。

 あの爆心地にいたとなるととても心配だが、鉄心さんの言う通りにその程度で死ぬような人じゃない。

 あの人はきっと誰よりも善人に近い悪党のはずである。


「……しかし、さすがは我が幼馴染だ。真っ正面から、人の身で邪神を打ち破るとは」

「鉄心さんだって、屋敷の中で戦いに勝ったんじゃないの?」


 さっきの屋敷の中の爆風はきっとその余波だろう。

 この漢らしい顔つきのマッチョな女の子も邪神に勝ったのだ。

 おそらくは―――〈イゴールナク〉に。


「いや、わしは奴の霊体を破壊しただけだ。〈イゴールナク〉そのものを滅するまではいかなかっただろう。それは先輩も同じだろう。結局のところ、わしらはせめて〈護摩台〉でもなければ神々を滅ぼすことは叶わんのだ。情けないことにな」

「ララさんも?」

「ああ。ミサイルで完全滅殺できるのならばわしらもこんな苦労はしておらんよ。だが、先輩の手口ならばしばらく〈グラーキ〉が復活できない程度には消耗させたことだろう。まあ、神物帰遷のターンに〈湖の神〉が絡んでこないだけ、こちら側にとって有利になったとはいえるがのお」


 すると、実質この戦いで〈社務所〉―――人間サイドが得たのは〈ラーン・テゴス〉を斃したということのみか。

 少しきつい結果かもしれない。


「そんな顔をするな、升麻。御子内のおかげで、〈社務所にんげん〉のやっていることもまんざら捨てたものでないということがわかったのは収穫だぞ」


 珍しくロバートさんが励まそうとしてくれた。


「透明人間殿の言う通りだな。わしらはまだまだ邪神には及ばんが、こちらの切り札エースであればなんとか勝つことができるという実証が得られたのだ。そして、こちらには或子だけでなく神宮女も明王殿もおる。―――これはでかいぞ。人類がなすすべもなく滅ぼされることだけは断じてないということが証明されたのだからな」


 鉄心さんが腕組みをしながらかんらかんらと笑った。

 彼女からしてみればこれは真に偉大な大一歩なのだろうから当たり前か。


「う、うん、そうだね。……僕、御子内さんを助けに行ってくるよ。きっと〈闘戦勝仏〉を使って疲労で動けなくなっていると思うから」


 御子内さんが心配で仕方なかったのだが、その僕に鉄心さんがミネラルウオーターのペットボトルを差し出してくれた。

 それを受け取って僕は〈護摩台〉目掛けて走り出した。

 巫女レスラーが朱く塗られたコーナーポストに寄りかかって荒い息を吐いている。

 ほとんど身じろぎもしない。


「御子内さん!」


 彼女は振り向かなかった。

 でも、返事だけはしてくれた。


「ヴお゛ずがぎょヴいぢ……」


 意味がわからないほどに掠れていた。

 よく見ると、さっきまで喉に貼りついていたチョーカーがどこにもなかった。

 代わりに紅いミミズを思わす索状痕が残っていた。

 肉が擦り切れそうなほどに引き攣っている。

 どれだけ強い力で締め付けられていたかがわかる。


「無理しなくていいよ。今は黙ってて。……水があるから飲みなよ。でも、急激に飲むとまずそうだからゆっくりとね」


 僕から受け取った水を御子内さんはゆっくりと飲みこんだ。

 それから静かに腰を下ろす。

 体育座りになった御子内さんの足が小刻みに震えていた。

 痙攣だ。

 無尽蔵の体力と言われた彼女がこんなにも披露することはかつてなかった。

 気絶しないで意識を保っていられるだけでもさすがという感じだった。


「きょういぢ……あじ……おさえて……」

「うん、わかった」


 震える足を僕は抑えた。

 確かに痙攣かもしれない。

 けれども、邪神とはいえ神々と呼ばれるほど高次元の存在と戦ったことによる恐怖からの震えもわずかにはあるだろう。

 いかに彼女といえども、本当にがむしゃらな勇気だけで出来ている訳はない。

 心中にはおそらく弱い部分もあるはずだ。

 でも、それをなんとか仕舞い込んで御子内さんは戦ったのだ。

 鉄心さんも、ララさんも。

 僕の胸が熱くなる。

 

(この人たちは凄い)


 僕はあまり泣くことがない。

 だけど、今日ぐらいは泣いたってかまわないよね。

 この震えている小さな身体がどんな偉業をなしとげたか知っているんだから。


「さすがは、僕の巫女レスラーだ。君こそがチャンピオンだよ」

「あ゛だりまえ゛だお……」


 御子内さんはにっこりと微笑んだ。

 いつもの不敵な笑みではなくて、年相応の十代の女の子らしい、とても明るくて暖かくなるそんな笑みだった。


「お疲れ様」

「おっ、おお゛―――」


 僕はなんだか変な声を出す彼女の体を静かに抱きしめて、本当に素晴らしい勝利を祝福したのであった……




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