第322話「升麻京一という少年」
鎖で拘束したなまはげ風の赤鬼人形からまんまと秘密を聞き出した升麻京一は、そのまま液晶テレビに近づいた。
先ほどから顕著なのだが、この少年は慎重で用心深い癖に行動そのものは大胆だ。
動き出す前に様々に試行錯誤を繰り返しているからだろうか、何があっても冷静沈着なところがある。
映像の中で人形が口走った「知恵と勇気」に関してはすでに遺憾なく発揮しているといえた。
仕掛けられた三つの罠は無事に回避して、それだけでなく人形という喋るヒントまで手中に収めている。
知恵と回転の速い頭脳があり、想像力の豊かさを十分に持っていることは証明していた。
さらに、動き出した人形を怖れることなく制圧する度胸。
とても単なる高校生のものではありえなかった。
だが、これまでの升麻京一の経歴には一切特別なものはない。
一年前、妹である
たった一年ほどとはいえ、妖怪退治に関わるということはまともな体験とは言えないだろう。
それまでの経歴を考えると、一年間でここまでタフな性格になったともいえる。
「さてと、どうしようかな」
京一は画面をじっと見つめる。
スイッチの存在には気づいているらしい。
もう一度触ることなくテレビを観察する。
〈護摩台〉に繋がっているケーブルをつまみあげ、軽く首をひねる。
それから、何度も表面を観察した。
眉間にしわが寄っている。
「―――ねえ、君」
『オレニハナシカケルナ。ジゴクニオチロ、ニンゲンメ』
「拗ねないでよ」
人形からこれ以上聴きだすのは無理と見たのか、もうそれ以上は話しかけなかった。
代わりにマットの上を歩き始めた。
動物園の熊のようであった。
なにをするでもなくウロウロとあてもなく歩くだけ。
それで何が起きるというのでもない。
前後左右、満遍なくマットの上を彷徨い続ける。
どれだけ動き回ったのだろう、しばらく黙ったまま中央に立つと独り言をぽつりと呟いた。
「……ここでテレビをつけると黒髪の女が画面からでてきて僕は襲われる。ただ、どんな妖魅だとしてもでてきたら僕が逃れることは不可能。このゲームにおいては生き残る方法は常に一つはあって、この場合は電源をいれないこと……。いや、必ずしもそうとは限らない。黒髪から僕を守ってくれる人がいればいいわけだ。御子内さん? 違う、彼女が来れるかどうかは不明だし、きっと他の手段が……」
俯いていた顔を上げた。
「そういうことか!?」
そして、彼は何かを思いついたすっきりとした顔をしてマット上の全てを見渡した。
◇◆◇
「―――おそらく京一は試されている」
「試される?」
或子は重々しく言い捨てた。
「うん。どういう方法かまではわからないけれど、ララはきっと京一をどこかに監禁しつつ、何かをさせているはずだ。おそらく命がけの……ゲームのようなものを」
「ゲームって……」
「京一の〈一指〉の運を引きだすためなら、あいつの命を賭け金にする必要がある。ただ、意味のない妖怪退治みたいなことはやらせないはずだ。ララはそのあたり計算高い女だよ」
「ああ、そういえば、神撫音は道場時代もそんな悪戯をしていたっけ。あれ、あとでかなり問題になったよな」
「昔を思い出せばわかるように、遊びでさえ命を賭けさせる女だ。〈社務所・外宮〉としての使命があるのだったら、どんな手を選ぶか知れたものじゃない。今回も〈殺人サンタ〉に切子の命を狙わせたようにね」
まだ子供と言ってもいい年頃に、御子内或子が神撫音ララから受けた印象はあまりいいものとはいえない。
今回、助手を強引に拉致されたことだけでなく、彼女の想像通りならば京一はとてつもなく危険な目にあっているはずだからだ。
「京一先輩なら、いつもみたいに飄々とくぐり抜けてくれますよー」
「グラシアス」
てんは慰めるように呑気な声を出し、音子が礼を言う。
別にスーパー音子さまに言ったわけじゃないのになー、とてんは内心で思いつつ、先輩たちの気持ちになって静かにすることにした。
もうこうなったら、京一先輩が自力で無事に戻ってくることを祈るしかないのだから。
「ララは京一が難問に挑んでいるのを近くで観察しているはずなんだ。なんとか、アイツまでに京一が辿り着いてくれれば助かるんだけど……」
「根拠はあるのかよ」
「自分の目で見たものしか信じないのが、あの女の特徴なんだ。〈殺人サンタ〉のためにわざわざカナダまで行ったのもそのせいさ。あいつが主犯ならきっと傍にいるはずだ。気がついてくれ、京一―――」
或子は八百万の神に祈った。
彼を今の境遇に巻き込んでしまった彼女としてできることは、もうそれしかなかった。
◇◆◇
升麻京一はマットの上をじっくりと眺めていた。
逃げ場をさがしているのか、それとも別のものを見つけようとしているのだろうか。
転がっている人形を拾い上げると、何を考えているのか鎖による拘束を解き始めた。
ジャラジャラと鎖がマットに落ち、人形を解放されると同時に放り投げる。
さっき自分の命を狙った怪物をあまりにも呆気なく解き放ったというのに、少年は躊躇もせずに行った。
無造作に扱われた赤鬼の人形の方こそ何が起きたかわからず、きょとんとしている状態であった。
だが、少年の行動には理由があった。
鎖の端を掴むと、自分が軸になって風車のようにマットの中央で回転を始めたのである。
コーナーポストに当たらないギリギリを見切って、力の限り回転させる。
もし、他に誰かがマットの上にいたら絶対にぶつかってしまうように乱暴な行いであった。
だから、それを避けるためにはいくら私でも動くしかなかった。
これまで姿を隠すために使っていた術を解いて、咄嗟にしゃがみ込む。
升麻京一の振るった鎖の勢いは、鉄鎖術の達人のものに比べれば実に大したことのないものであったが、やはり金属であり、まともに受けたら大怪我をしかねない。
やむをえないことであった。
それに、もう目的は達したともいえる。
「やっぱり隠れていたんですか。道理でさっきから視線を感じるし、おかしいとは思っていたんですよね」
京一は姿を現した私を驚きもなく見やった。
まさか見抜かれていたとは思わなかった。
私が月光の色に似た布を被る〈月の羽衣〉の秘術を用いて、彼の目に映らないようにすぐそばで観察していたことを。
「さすがに驚いたヨ」
確かに或子の助手に―――いや、〈一指〉の持ち主に相応しい頭脳と肝っ玉と、運の持ち主であったようである……
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