第302話「なっちゃん」
八人組のグループの一人として、彼女もデビューし、1stシングルから5thシングルまでの中核として活躍していた。
最初はバラエティ番組とタイアップしても鳴かず飛ばずであったが、自分たちだけの看板番組を東京だけの局で始めたとこで徐々に人気が出て、最終的には日本でも何番目かに有名なグループにまで上り詰めた。
菜月は、顔は十人並み、ぐいぐいと前に出ていくタイプではなく、アイドルとしてはやや押しの足りない女の子だった。
ただ、シンガーとして歌うことを夢見ていたため、バラエティの恥ずかしい企画にも文句ひとつ言わずにグループのために尽くす努力家でもあった。
事務所のプロデューサーは全員を平等にではなく、いわゆる「格差売り」をすることでまずはメインの数人の人気を高め、それから他のメンバーも売り出していくというやり方をとっていた。
普通ならば、他に比べて地味な役回りだった白本菜月も最終的にはそれなりの人気を得られたであろう。
事実、グループのファンの中でも彼女を推しているものは多くはなかったが、まったく皆無という訳でもなかったのだから。
グループのリーダーとエース格二人、このあたりから売りだしていき、なんとか他のメンバーの名前も出始めたとき、公開オーディションによって新人を取り、この新人が爆発的に売れた。
菜月からすると、「売れてしまった」ことになる。
芸能界は年功序列や芸歴ではなく、人気が命だ。
人気があるものが正しい。
事務所は、新人を新しくエースに据えると、彼女を中心とした「格差売り」プロデュースを開始した。
それは、菜月の売り出しよりも優先されるということである。
そして、幸か不幸かその戦略は当たる。
新人がもてはやされることで、この公開オーディションによる新人を増やすという手法に味を占めた事務所はどんどん新人たちを増やしていった。
つまり、結果的に旧メンバーは干されるということになる。
そのまま、菜月は徐々に居場所を失くしていき、番組の収録にさえ呼ばれなくなった。
ライブにでることまでは禁じられなかったが、ライブ中のMCでもほとんど話を振られることなく、どんどん埋没していくのは止められなかった。
芸能界というところはそういうところである。
前に出ない菜月が悪いのであり、彼女を応援しないファンや推さない事務所が悪いのではない。
まして彼女の場所を奪った後輩も悪くはない。
誰かを恨む筋合いはないのだ。
かといって割り切れるものではなく、菜月の素行は徐々に荒れていった。
だが、仮にも人気アイドルグループのメンバーである。
日本における大人気もののエース格ならばともかく、メンバーでありさえすれば、不人気と呼ばれるものに目をつけるお調子者たちはいる。
数が多すぎて事務所の監視の目が届かないのをいいことに、菜月やその他のメンバーを口説いて遊ぼうとするものたちが。
人気に左右されて、あまりの格差にやる気を失くしていて菜月たちは、簡単に男の口車に乗ってしまった。
誘われるがままに、怪しい合コンに参加し、未成年なのに飲酒をし、タバコを吸う真似をした。
誰が見ているとも知れない路上で抱き合い、ホテルで肉体関係まで結び、それを写真に撮らせ、仲間内で自慢し合う。
男たちは、菜月たちに惚れていたのではなく、「有名グループのアイドル」と付き合っていることを愉しんでいただけであり、彼女たちの立場も仕事も愛情もただ弄んだ。
自分たちはいい大学を出て、いい会社にコネで就職する予定であり、彼女らはただの遊び女でしかないと割り切っていた。
だから、ガードも甘く、自分たちの短慮が引き起こすだろう問題の大きさに気づかない。
この交際が写真週刊誌にすっぱ抜かれ、菜月たちは事務所から簡単に見捨てられて解雇された。
当時はまだSNSも発達していない時代であったからこそ、粛清は素早く、苛烈で、救いようがなかった。
アイドルでなくなった少女たちを男は無造作に捨てる。
ただ遊びたいだけであった彼らにとって、価値のなくなった菜月たちは無用の長物でしかない。
連絡先も変えられ、会うこともできなくなった。
そこまで支えてくれたファンも、男遊びを暴露された彼女たちには厳しかった。
多くのアイドルには処女性が求められる。
つきあえるはずもないが、彼女たちに対して一方的な神聖さを求める層からすれば、彼氏がいたということは裏切りにしかならないことだからだ。
ファンもある意味では勝手気ままに、男たち同様に彼女らを捨てたのである。
また、この頃の菜月にとっては酷いエピソードがある。
彼女が解雇される寸前、彼女と数人のでるサイン会があった。
当然、スキャンダルの影響で解雇寸前の菜月たちは謹慎処分を受け不参加ということになる。
当時、子供向けのアニメの主題歌を歌っていたこともあり、菜月はわずかではあるが小さな子供のファンもいて、その子たちがサイン会には参加していた。
応援する彼女のためにプレゼントを用意していた幼女がいて、その子は菜月が会場にいないことを知って泣いてしまった。
「どうして、なっちゃんはいないの?」
と、哀しそうに泣いたという。
プレゼントだけは他のメンバーが受け取ったが、幼女はサインももらわずに母親に手を引かれて帰っていった。
その映像が残っている。
そして、菜月はその映像を突きつけられることになった。
自分の仕出かした不始末のツケとして。
しばらくして、事務所を解雇された菜月は芸能界を引退する。
もういられないとわかったからだ。
彼女の居場所は失われた。
一緒に男と遊んでいたメンバーとも二度と顔を合わすことがなかった。
―――数年後、菜月はわずかに残ったコネを使って、独立したばかりの社長とともに小さな芸能事務所の立ち上げに参加し、一つの地下アイドルグループの企画を成立させた。
それが〈不死娘〉。
大手の力を借りずに彼女が育て上げたアイドルたちである。
◇◆◇
「なっちゃんは、二年かけてグループのイメージと曲を用意して、あたしたちを選んだんだ」
アヤコさんが言い、琥珀さんが引き継いだ。
「なっちゃんの時代と違って、ネットが発達しているから、それを使って今までにない売り出し方をしようって張り切っていた」
「実際、他のグループの研究もして、スポンサーも厳選したうえで、私たちを搾取しない人たちを集めたんだ」
「なっちゃん、アイドルを食い物にしようとする連中には詳しいから……」
全員が、白本菜月の素性を良く知っているようだった。
純粋にアイドル活動がしたいというメンバーを中心にしているせいで、下手に有名になりたいだけちやほやされたいだけという女の子はいないらしい。
ある程度、白本菜月の理想は叶っていたのだろうか。
ただ、彼女はいなくなった。
夢が結実したようなグループの成長を見届ける間もなく。
菜月がいなくなったのは先々月のことだ。
前触れもなく消えた彼女のあとは、別のマネージャーが引き継いで、今そこにいる人に代わったそうだ。
「―――先々月なら筋は通るね」
御子内さんからすると、白本菜月が今回の妖魅事件の最大の被疑者であることは疑いないのだろう。
「でも、なっちゃんがそんなこと!」
「するはずがない、か。でもね、こういう妖魅絡みにおいては、悪意や敵意だけが人を呪うとは限らないんだ。愛や思いやりが、人を地獄へと突き落とすことも多いんだよ。キミらも怪談や昔話でごまんと知っていただろう?」
「……白本菜月が原因であれば、何故か、という動機の部分は構わないということだよね」
「そう。ボクの京一の言う通りだ。「夢のポジション」という曲には自殺を誘発するような何かがあり、それを書いたのが白本菜月であるというのならば、彼女を疑うのが筋というものさ」
確かに「夢のポジション」の作詞・作曲は初代マネージャーだという。
「暗い日曜日」の例を待つまでもなく、呪われた曲だというのならば、書いた人間が疑われるのがまともな流れだ。
「でも、なっちゃんが……」
「だから、その初代マネージャーが犯人かどうかはこれからつきとめる。―――社長さん、もう少しこのライブハウスを借りていてくれるかな?」
「あ、ああ。不知火さんから、あんたの頼みは全部聞けと言われている。私も、〈社務所〉の巫女の言うことは全部聞くべしと身に染みているからわかっているよ」
「社長はこぶしが巫女だったときのことを知っているの?」
「ああ。凄い女の子だったよ」
御子内さんは微笑んだ。
「こぶしが現役だった頃なんて、だいぶ昔だよね。じゃあ、現在の〈社務所〉の媛巫女の力もいい見物になると思うよ」
そう言って、御子内さんはテーブルの上に置いてあったヘッドホンマイクをつけた。
激しいダンスが必要だったり、舞台が広すぎたりするときに、声量をアップするために使うマイクだった。
何をするつもりなのかはわからない。
「どうするつもりなの?」
「簡単さ」
彼女はマイクの位置を直しながら、
「ボクが「夢のポジション」を歌ってみる。みんなは観客席から声を出してくれ。あと、誰か音響をチェックしてサポートよろしく」
こともなげに言う。
御子内さんの歌はカラオケで聞いたことがあるけど、アイドル本人の前で歌うって相当度胸いるよね。
確かに上手いけど……
「それで何かわかるの?」
「んー、普通に口寄せするだけだよ。こう見えてもボクも巫女だから霊媒の真似事ぐらい習っているしさ」
―――霊媒。
まさか、彼女がイタコみたいなことができるなんて初耳だった。
「さて、白本菜月が来るのかどうか、ちょっと試しに
なんでノリノリなのさ、君は。
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