第293話「御子内或子の秘密」
御子内さんたちが山猫軒に突入してから、三十分ほど経過した。
今のところ、なんの変化もない。
たゆうさんがやってきてからもすでに十五分は経っている。
この内部で何が起きているのか、不安で仕方がないところだ。
いくら御子内さんとレイさんの最強タッグでも、さっきの風の子供のような強敵がわんさかといたら、もしかして……と悪い想像をしてしまう。
「……おまえ様は不安そうな顔をしている癖に、意外とどっしりとかまえておられるんですね」
たゆうさんに話しかけられた。
彼女はいつのまに用意した木のイスに座って寛いでいた。
ちなみに、目の前には炭が入った七輪があって、それで暖を取っている。
きっとさっき金属の棒を出すのに使った、『アポーツ』という術で呼び出したものだろう。
なんというか、見慣れた巫女の子たちとは次元が違う気がする。
七輪の上で焼いていたせんべいを火箸で引っ繰り返しながら、たゆうさんは言う。
「御子内さんは―――強いですから」
「そうですね」
一枚だけ、うまく焼けたのか、たゆうは手に取って割ってみた。
パリンといい音がした。
どうやら火が通ったらしく、醤油をハケで塗ると、そのままもう一度だけ炙る。
「一枚、食べますか?」
「いただきます」
焼きたてのせんべいを頬張ると、やっぱり熱かった。
外が寒いのでものすごく美味しく感じる。
「……御子内さんって……他のみんなとは違うんですけど、どうしてなんですか?」
ふと、僕は疑問に思っていたことを口にした。
僕はみんなとそれなりに仲はいいけれど、彼女たちからは聞いてはいけないことのような気がしたからだ。
直属の上司であるこぶしさんという方面もあったが、彼女の立場では言いづらいこともあるかもしれないし、そういうチャンスもなかった。
だから、たゆうさんに茶飲み話のように聞ける今がチャンスと考えたのである。
「んんん……確かにあの子だけはちょっと毛色が違いますねえ」
「はい。音子さんやレイさん、てんちゃん、藍色さんたちは永く続いた神社の跡取りだったりしますけど、御子内さんは普通の家庭の出身みたいでした。古武道の家系の出身らしい皐月さんとも雰囲気が異なりますし……」
「或子の両親にもお会いなされたのかしら」
「対面はしていませんが、ちらっと拝見しました。……御子内さんのお父さんは、僕には普通の男性に見えました」
皐月さんたちの家でハロウィーンパーティーをしたときのことだ。
横顔だけだったが、優しそうな普通のおじさんだった。
御子内さんの持つ意志の強さやオーラは微塵も感じ取れなかった記憶がある。
「それはそうでしょう。あの子は養女ですからね。あなた様が眼にされたのは、或子の養親なのです」
「御子内さんが……養子?」
「ええ、そうです」
それは僕が知っていい内容だったのだろうか。
少なくとも、たまに彼女から聞くご両親の話はとても普通の家族のもののようだったし、お父さんと交わしていた会話も平凡な父娘のものだった。
養子と養父母が必ずしもよそよそしい訳ではなく、大多数の家庭では血がつながっている家族と同じ営みがなされているのは承知している。
ただ、養女として育てている娘が〈社務所〉の退魔巫女というのは平凡とはいえない。
勝手で醜い先入観かもしれないけれど、家業として巫女になっているみんなとは違って、うまくいかなくなるのではないかと邪推してしまうのだ。
そして、それを僕みたいな第三者が知っていいことなのだろうか。
「家庭内はうまくいってますよ。養父母ももとは〈
「なら、良かったです」
「ええ。―――まあ、媛巫女にするまでは時間がかかってしまいましたが、それでも思った以上に立派に成長してくれて嬉しいですね」
このたゆうさんの眼を欺くことはとてもできそうもないから、きっと彼女の言葉通り、御子内家の一家団欒は明るいものなのだろう。
胸をなでおろした。
でも、それならどうして御子内さんは退魔の巫女になったのだろうか。
本当のところ、疑問は尽きない。
「神社の跡継ぎとか古武道の関係者以外で、〈社務所〉の巫女になるってよくあることなんですか?」
「稀にあります。もともと強力な神通力をもって産まれた子や妖魅と深い関りを持っていた子などが偶然見出された場合に、〈社務所〉で保護されることが」
「じゃあ、御子内さんも?」
「或子の場合はかなり特殊なけぇすでしたけどね。手遅れにならないうちに、五行山から助け出せたのは僥倖でした。あのまま放置されていたら、あの娘も今みたいに明るい子にはなれなかったかもしれません」
「五行山……?」
よくわからないけれど、御子内さんが今のご両親に引き取られる以前、何かおかしな扱いを受けていたということだろうか。
それとも、今の彼女からすると信じられないような立場にいたか。
「花果山で産まれた美猴もかくや、というべき媛巫女に育ってくれたのは、わたくしにとっても良いことでしたね」
たゆうさんが彼女に愛情をもって接してくれていることはわかった。
でなければ、こんな慈愛に満ちた顔はできない。
「ですから、わたくしはこれからもあの娘が強く正しく成長していくだろうと信じております。そして、今回のこの程度の逆境も凌げない風には育ててはいませんよ」
だが、それはかなり無理筋な無茶ぶりなのではないだろうか。
少なくとも、たゆうさんがさっき倒した風の少年とその正体の巨人は、偽神―――神の偽物だったのだ。
そんなものにただの人間がかなうはずがない。
まともな人間ならそう思うはずだ。
だけど、僕はたゆうさんの言葉に頷いた。
というよりも、御子内さんとレイさんを信じた。
「そうですね。きっと、彼女たちなら無事に戻ってきます」
いつものように。
そう信じるのだ。
たゆうさんは美味しそうに自分の焼いたせんべいを齧っていた……
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