第245話「だいたい予想通り。わずかに異変」



 会場っぽくされていた居間とダイニングに行くと、そろそろ乾杯とかの用意が終わっていた。

 米軍関係者の好みの内装だったということもあり、飾りつけによってはちょっとしたダイニングバーみたいな雰囲気になっている。

 そこに、思い思いの仮装をした美少女たちがいると、まるで音楽のPVを撮影しているような気分になれた。

 とりあえず、ハンディカムのビデオカメラを用意しておいて正解だった。

 僕はカメラマンに徹することにしよう。


「おーし、或子たちも来たな。カンパイしようぜ」

「待ちくたびれてお腹すいちゃいましたよー」

「音子ちゃんチース」

「初めまして、ヴァネッサ・レベッカ・スターリングです」


 などともう盛り上がっている。

 女三人寄れば姦しいとはいうけれど、七人も揃えば騒音に近くなる。

 個人的な感想を言えば、女の子は傍に一人か遠くに大勢の方が面倒くさくなくていい。

 僕は全員が紙コップをとったのを確認すると、電飾やランプを点けて、居間の電気を消した。

 いい感じにハロウィーンチックな雰囲気になった。

 それから、


「では、みなさん、ハロウィーンを祝って、『トリック・オア・トリート』!!」

「「「トリック・オア・トリート!!」」」


 なんて適当な音頭。

 絶対、こんなことは本場では言わないよねと思いながら、ノリだけでパーティーを開始した。

 ヴァネッサさんと音子さんを顔合わせするだけで、自己紹介は終わりだったからか、そのまま歓談状態に突入する。

 雰囲気重視のため、明るくはしないで、ちょっと薄暗いまま続けることにする。

 参加者はどいつもこいつも肝が据わっているので、この程度ではびくともしないし。


「うーん、ヤクザの団体が突入してきても秒殺しそうなメンツだね」

「シィ」


 いつのまにか僕の隣にいた音子さんが頷いてくれた。

 いや、君も同類だということを忘れないでね。

 僕が食べ物などを運んでいると手伝ってくれているので助かる。


「音子さんもみんなと寛いでよ。久しぶりの再会とかあるんだから」

「サッキーとは普段からチャットしたりしているから別に新鮮味ないからいい。あたしは京いっちゃんの手伝いをする」

「そりゃあ、助かるからいいけど」

「あ、手が滑った」


 何だか知らないが、手を握られた。

 小さくて白い繊手だった。

 少し冷たい。


「な、何?」

「暗いから思わず」

「思わずって何さ」

「思いもかけずの略なんじゃないかなあ。京いっちゃんの手って好き。働き者のきれいな手だわい」

「そんなナウシカギャグ、誰もわかんないでしょ」


 それが言いたかっただけなのか。

 ただ、退魔巫女に手を握られていると色々と嫌な予感がするのは、〈護摩台〉というリングの上で彼女たちが戦っているのをよく見ているからだろう。

 このまま小手投げで倒されても不思議はない。

 ちなみに、今まで僕が退魔巫女たちに殴られたり投げられた経験はないので、完全な被害妄想なんだけど。

 しかし、魔女スタイルの音子さんの色っぽさはかなりのものだ。

 普段のマスクマン姿を見慣れているからか、まったくの別人のような気さえする。

 たぶん、この中では一番綺麗な女の子でもあるからか、傍に寄られると凄くドキドキするので勘弁してほしいよ。


「ねえ、京いっちゃん」

「何? そろそろ放してほしいんだけど」

「宴たけなわになったら、少し抜け出さない? ふ・た・り・で」

「どうして?」

「それは……」


 僕の問いに答えるため、顔を寄せてきた音子さんだったが、ぐいっとマントの首筋を引っ張られて遠ざかっていく。

 彼女の意志ではなく、誰かが強引に割り込んだのだ。


「おい。ボクの京一になにをしている」


 当然と言うか、やっぱりというか、御子内さんだった。


「京いっちゃんは別にアルっちのものじゃないし」

「ボクの相棒だよ。まったく、音子は眼を離すといつもこうだ。あと、京一。キミもすぐに決定的な仕事をしないように自身を律するように」

「うわ、嫉妬乙」

「なんだい、音子。久しぶりにボクとやり合うつもりなのかな。いい度胸だ」


 カボチャ頭で凄まれても怖くないな。

 でも、パーティーの場で険悪になるのは避けて欲しい。

 ということで、御子内さんのご機嫌をとるため、僕は彼女を押して奥につれていった。

 無言でごめんと音子さんに謝る。

 こっちはこっちでなんか不機嫌そうだが、一触即発状態を回避するためなのでごめんなさい。

 キッチンまで連れていき、用意していた唐揚げを大皿に盛ったものを御子内さんに渡した。

 山もりの唐揚げを見て、御子内さんは途端にご機嫌になる。

 彼女はお肉が大好きなのだ。


「これ、運んでよ」

「凄い量だね。どのぐらいだい?」

「二キロ分あるから。あと、御子内さんの好きなステーキも焼くよ」

「いや、こんなに食べきれるかなあ」

「みんなで分けるんだからさ」

「うーん、一口つまんでいいかい」

「どうぞ」


 中でも一際大きい塊を掴んで、口の中に頬張る。

 ムシャムシャムシャ

 とても美味しそうに食べてくれてこちらまで嬉しくなった。

 

「ピリ辛でいいね。うん、ビールが欲しくなる」

「おっさんか君は」

「いや、だってもうレイなんかはワインを飲み始めているよ」

「マジ?」


 耳を澄ましてみると、確かにさっきまでよりもレイさんのガハハ笑いのボリュームが大きい。

 ああ、これは一杯ひっかけたなと遠くからでもわかる。

 やっぱり始まる前にワインを回収して置くべきだったかと思っても後の祭りだ。

〈のた坊主〉のときのこともあるから、あまり遠慮しないだろうなと思っていたら案の定である。


「暴れたりはしないよね」

「たぶん」


 今更、止めてももう聞かないだろうし、あんな女の子たちを制する器は僕にはない。

 飲み過ぎないように眼を配るぐらいしかできないかな。


「おーい、或子ぉ、京一くーん」


 ワイングラス片手にレイさんがキッチンにやってきた。


「おお、いいもんあるじゃん。もらい」


 ヒョイパクと唐揚げを口に運ぶ。


「美味いじゃん。或子が作った……はずはないから、京一くんの料理かよ」

「ボクだって料理ぐらいはできるぞ」

「鉄串に肉を差してガスコンロに載せるだけのは料理とは言わねえんだ。あと、おまえ、味付けの仕方も知らねえだろ」

「バカにしないでもらおうか。こう見えても調理実習には参加している」

「参加しているだけなら誰でもできるぜ。―――京一くんもこっち来いよ。皐月のバカがアメリカの土産を見せてくれているんだ。楽しいぜ」


 と、手を引っ張られた。

 レイさんの〈神腕〉には逆らっても無駄だし、そのままついて行こうとすると、


「おい、レイ。キミ、朝方に妖怪退治をしてきたか?」

「ん? ……ああ、明け方に油すましを一匹、山に返してきた」

「退治しなかったのかい?」

「いや、別に悪いことしている訳でもないし、間違って人里に降りてきたやつみてえだったから、途中の狭山丘陵に捨ててきたんだよ。一応、脅しておいたからもうやってこねえだろ」


 ちょっと意外だった。

 初めて会ったときの彼女は最強の破壊力を誇る〈神腕〉でもって、妖怪と見れば無慈悲に退治しまくっているイメージがあった。

 だが、今のレイさんは油すましが悪いことをしていないのなら、誰もいないところに連れて行ってあげるようになったのだという。

 妖怪という括りで見るのではなく、その妖怪自体を見て判断するなんて、とても優しい振る舞いだ。

 思わず口元が緩んでしまった。

 レイさんに小さなことを気にする慈愛が戻ったのかと思う微笑まずにはいられなかったのだ。


「なんだよ……京一くん、変な目でみんな」

「別になんでもないよ」

「ならいいけどさ」


 今度はレイさんに引っ張られて居間に向かうが、置いてけぼりになる御子内さんはなんだか首をひねっていた。


「……じゃあ、さっきから感じている妖気はレイが相手にした油すましのものなのか。いや、なんか違う気がするんだよな」


 と、何やら思案している。

 気にはなったがあえて声をかけないことにした。

 男装のドラキュラ美女に連れられて居間に戻ったら、大きなクロスを敷いたテーブルで皐月さんたちがおしゃべりをしている。

 

「そしたら、重ねておくと暖かくなるよって、そいつが持ちだしたのが0.5ミリのゴム製のアレで、『二枚つければあそこも温かい』とか言うもんだから……」


 きっと間違いなく100パー、エロ話だ。

 しかし、それを真剣に聴いている熊埜御堂さんと藍色さんはちょっとまずいかもしれない。

 アレに毒されるのは止めて欲しいな。

 音子さんはヴァネッサさんとソファーでくつろいでいる。

 なんか絵になる二人だ。

 しかも何やら英語やスペイン語も混じっていて、参加しづらそうである。

 

「まーた、エロトークか。皐月ぃ、おまえはエロソムリエから変わらねえなあ」

「いやあ、レイちゃんのおっぱいはだいぶ変わったよね。おっきくなった。サイズ教えて。まな板時代が懐かしいよ、床に寝転がっていたら敷石と変わらないぐらいにぺったんこだったのにね!!」

「殺す」

「ひどっ!!」


 相性悪そうな二人だよなあ。


「きゃ!!」


 何やらあり得ないような可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 振り向くと、熊埜御堂さんが急にイスから立ち上がって、スカートを手で押さえていた。

 まさか、という気分だった。

 あの熊埜御堂さんから普通の女の子のような声が聞こえるなんて。

 

「どうしたの?」

「あ、足首を掴まれました!! セクシー皐月先輩のイタズラですか!!」


 いつもの間延びした喋りじゃないところが深刻だ。

 なんだか顔が赤い。

 熊埜御堂さんにも恥じらいみたいなものがあるんだ。

 ただ、熊埜御堂さんはテーブルのイスに腰掛けていたのであり、クロスで中は見えない。

 皐月さんの位置からはちょっと遠い。

 彼女の仕業ではないだろう。

 常日頃の所業から疑われるのは当然だとしても。


「ひゃあ!!」


 今度は藍色さんが悲鳴を上げて立ち上がる。

 ついでにテーブルから飛び退った。

 素早い動き。

 さすがは巫女ボクサーである。


「どうした、藍色?」


 御子内さんの問いに対して、藍色さんは、


「テーブルの下に何かいる!! 太ももを摩られたにゃ!! キシャアアアアアア!!」


 微妙に面白い反応をしていた。

 警戒心丸出しの猫みたいだ。

 天然のネコミミをした髪型まで逆立っているようである。

 意外とセクハラに弱いのかもしれない。

 まあ、ここにいるみんな一応は清らかな巫女だしなあ。


「テーブルの下……」


 異常に気が付いたみんながテーブルを遠巻きにする。

 それから、音子さんが手にしたステッキでそっとクロスをめくり上げると……


 シャッ


 何かがそのステッキを叩き落とした。

 それは汚れた長い爪のようなものを備えた、毛むくじゃらの類人猿のものによく似た腕であった……


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