第231話「過去からの咆哮」
「よくわかんねえこともあるな。そのデザインとか持ち込みしたファンがこれを自分ちに隠していたってことか」
「そうなる」
「……だとするとおかしいな。84年ってもう30年前だぜ。その頃のラテックスなんてよっぽどいい環境におかないと、劣化して使い物ならないほどボロボロになっているはずだろ。こんなに綺麗に残っているとは思えないぜ」
「しかも、農家の物置なんて納屋みたいなもんだ。ぜってー、換気も悪かったろう」
「言う通りだ」
「―――じゃあ、この凄い迫力で原型が残っているのはどういうこと? 出自を聞くと撮影にだって使われたからわからないんぐらいなんでしょ」
「不思議だよなあ」
お客さんやMIKAさんは首をひねっている。
僕の考えでは、おそらく高崎さんも同じ考えに至ったのだろう。
だが、自分だけでは答えが出そうにないので他人の知恵も借りたくなった。
それでお披露目を兼ねてみんなを呼び出したのだ。
「……ポルターガイストが云々ってはのなんですか?」
僕は気になっていたことを聞いてみた。
すると、高崎さんは複雑な顔をして笑った。
「いやあ、これは別に〈怪獣王〉関係ないかもしれないんだけどさ。こいつを
「―――うわ、なに、ここ、幽霊とかいるの?」
「怖いこと言うなし」
「ヤバいのか!?」
「〈怪獣王〉が祟るか!!」
〈怪獣王〉の着ぐるみの後ろにあたりをさして、
「そのあたりがなんか散らかっているのは、もしかしてそのせいなんでしょうか?」
高崎さんは目を丸くして、頷いた。
「まあ、そうだ。よく気が付いたね。雑になっているから別にどうでもいいやと思ってたけど。ほら、そこに戸口があるだろ。風がたまに吹き込むからそっちかなと思っていたんだけど、違うみたいだ」
「隙間風でイスが倒れるかよ」
確かにその通りだ。
でも、普通の人の想像力ではそこまでが限界だ。
僕のように普段から〈社務所〉の退魔巫女と共に妖怪退治をしているような経験がなければ、この程度まったく気にしないで終わることだろう。
でも、これまで培ってきた経験が僕に教えてくれる。
これは間違いなく妖魅や怪異が関わっていると。
以前にも似たようなことがあった。
何かが憑りついているものが、古い蔵や屋敷から発見されたとき、普通なら異常極まる現象が起きるということが。
それは、種子島鉄砲であったり、古い刀であったりする。
そして、例えば、怪獣の着ぐるみであったりするかもしれない。
「まあ、俺が集めてるものはマニア垂涎のものばかりだし、中には蒐集しきれなかったやつの呪いがこもっていたとしてもおかしくない。こいつだって、みんなからすりゃあ、お宝だろ」
ポンポンと〈怪獣王〉を叩く。
見せびらかして自慢したいということが顔に出ていた。
お客さんたちも気持ちはわかるのか苦笑するだけだ。
ただ、皆さんがホスト役の高崎さんを見ていた中、僕だけは〈怪獣王〉を凝視していた。
その強化プラスチック製のはずの目玉がぎょろりと動いた気がしたからだ。
全身に警告が雷のように走る。
「高崎さん、ちょっと……」
手招きをした。
「なんだい」
と彼が〈怪獣王〉から二歩だけ離れたとき、
『ギャァァァァァンゴォォォン グワワァァァァァァァァァァン!!』
鼓膜を破らんばかりの大きな音が轟き渡る。
鳴き声だった。
発したのは―――もちろん……
「なんだ!!」
「ゴ、〈怪獣王〉が鳴いたぞ!!」
「え、う、動いている! 動いているよ、これ!!」
「まさか。そんな馬鹿な……。誰かが内臓になっているのか!!」
「そんなことない。〈怪獣王〉の着ぐるみの中にいたら五分ともたずに酸欠になる!!」
「だったら……!!」
いくら好奇心の旺盛なマニアたちといっても、突然、生きているかのごとく雄たけびをあげだした着ぐるみに近づこうとするものはいなかった。
いや、高崎さんの仲間たちが思慮分別のある大人だけだったからかもしれない。
おかげで無駄な犠牲を出さずに済んだかもしれない。
なんといっても、この〈怪獣王〉の着ぐるみはニメートル以上の身長と100キログラムほどの重さを持っている。
一般人だと撫でられただけで危ない。
しかも、軟質のビニールキャストのはずの牙と手足の爪が、デンタルレジン製どころかもっと堅そうな材質なのはわかっていた。
高崎さんたちはリアルでいいと言っていたが、僕には殺傷力のある部位であるとしかいえない。
あれに引っかかれれば、下手をすれば致命傷になりかねないのだ。
そして、あの―――
「危ない!!」
僕は隣にいたMIKAさんを抱きしめて後ろに跳んだ。
この辺りの咄嗟の動きはもう慣れたものだった。
だから、〈怪獣王〉の渾身ともいえる太くて長い尻尾によるすべてを薙ぎ払う一撃からすんでのところで逃れることができた。
高崎さんの集めてきたものたちを無残にもすり潰しながら、尻尾は室内の半分を蹂躙した。
あまりにも強力な一撃だった。
重くて、広範囲だ。
かつて劇中であの攻撃が何体のライバル怪獣を仕留めてきたことか。
それがサイズは小さいとはいえ、ただの人間に振るわれればどうなるかなんて考えずとも明らかだ。
「皆さん、逃げて!! 訳わからなくても命が惜しかったら逃げて!! 死にたくないなら逃げて!!」
僕は叫んだ。
ここに留まっていたら間違いなく危険だ。
最悪、死ぬ。
さっきの尻尾による薙ぎ払いはそのレベルの攻撃だった。
「お、俺のコレクションが―――!!」
高崎さんは抵抗した。
他の人たちは気になりつつも、この資料倉庫からはひしめきあいつつも逃げ出した。
着ぐるみが動いたということもよりも、さっきの尻尾の一撃による恐怖だろう。
ただの事故とか喧嘩ならばともかく、あれは根源的な恐怖を呼び起こすものだったからだ。
ただ、MIKAさんだけは倒れたときのショックもあってか、全身が震えていてきちんと立ち上がることさえできない。
女の人にはどうしても暴力的なものを目前にすると身動きが出来なくなる人が多い。
DVなどをする相手から逃げられない理由の一つにもなっているが、女性は力の乱暴な行使によってまるで停止スイッチが入ってしまうのだ。
今のMIKAさんはその状態だった。
加えて〈怪獣王〉のあまりの凄絶な咆哮。
あんなのを受けてまともに逃げ出せるだけでもたいしたものだった。
「いやあああああああ!!」
MIKAさんが頭を抱えて叫ぶ。
僕はその彼女を抱きしめて、
「大丈夫です! 落ち着いて!」
「―――大丈夫なんかじゃない!! 大丈夫なんかじゃない!!」
叫ぶ彼女は真っ青だった。
〈怪獣王〉の興味がこちらにないらしいことで助かった。
あいつの視線は他の人たちが出ていった先に向いていた。
もしかして、誰かを狙っているのか……
しかし、MIKAさんが叫び続ければ〈怪獣王〉はこっちに矛先を変えてくる恐れがある。
そうなったら逃げ場無しだ。
僕とこの女性は圧倒的なあいつのパワーに引き裂かれて終わるかもしれない。
だから、僕は彼女をもっと強く抱きしめ、
「大丈夫。―――だって、助けがきたから」
僕らの二対の視線は部屋の入り口に注がれた。
そこには改造巫女装束に着替え、拳には堅くきつめにバンテージを巻いた
同期や先輩たちと寸毫も変わらない熱い闘志をこめた双眸を持って。
巫女ボクサーが不滅の〈怪獣王〉に挑むときがきたのである。
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