第228話「いざ、〈怪獣王〉のもとへ」
翌日、昼間で小友謄写堂のバイトをしてから、僕は志保さんと別れ、待ち合わせの場所に向かった。
待ち合わせ時間まではだいぶあったので、ついでに昨日のコスプレスペースを覗いてみる。
いた。
今日も今日とて、
藍色さんは〈社務所〉の媛巫女らしくとても綺麗な女の子なので、上手なメイクをするだけでピシっと映える。
どうやら最近の流行らしい旧日本軍の軍艦を擬人化したゲームの格好をしているらしく、何だか知らないけど主砲のようなものを抱えている。
トレードマークのネコミミっぽい寝癖の髪型がないと、一見して彼女とはわからないので、おそらく僕でも傍で対面しない限り気が付かないだろう。
ボクシングと家伝の体術で鍛えた身体は、とてもスリムなのに十分に女らしい胸もある、なんというかグラビアアイドルっぽい体系だ。
やや猫背気味なのは名前の通りか。
藍色さんは僕が見物していることに気が付くと、恥ずかしそうに顔をそむけた。
もしかして嫌われてしまったかも。
そんなことを考えながら、僕は約束の時間まで別の場所で暇を潰すことにした。
「―――お待たせしました」
時間通りに衣装の入ったカートを引いて彼女がやってきた。
同人誌即売会自体はまだ終わっていないが、コスプレについては更衣室が混むということで二時間ほど早く終了となったらしい。
すでに藍色さんは、ラフな私服姿に戻っていた。
動きやすそうなカーキ色のカーゴパンツとスニーカー、ノースリーブの開襟シャツという格好はとても漢らしい。
僕が知っているのは巫女姿ばかりなのでとても新鮮ではあるが、さっきまでの派手すぎるコスプレ衣装と比べると地味なことこの上なかったが。
もっとも、ネコミミっぽい寝癖と凛とした綺麗な顔があるおかげで、ただの地味っ子とは思われないだろう。
ついでに言うと、指の部分が空いたドライバーズグローブをつけているところが、なんとなくオタクっぽくはある。
まあ、ボクサーである彼女としてはバンテージの代わりみたいなものなのかもしれないけれど。
「いえいえ、お疲れ様でした」
「京一さんの方こそ。えっと、ビッグサイトの隣の駐車場にMIKAさんの車があるので、そこまで行きましょう」
「へえ」
僕らは連れ立って駐車場まで歩いた。
あとで教えてもらったところによると、MIKAさんというのは実はコミフェの運営の人でもあるらしく、駐車許可をもらって車でここまできていたらしい。
バスか電車で移動するものだと思っていた僕としては驚きだ。
「……ところで、昨日はなんとなくで決めちゃいましたけど、僕らは何を見に行くんですか?」
「えっと、〈怪獣王〉の着ぐるみですにゃ」
「コスプレの衣装なんですか?」
「いいえ、本物です。実際に84年度の映画で使われた〈怪獣王〉の着ぐるみにゃんですよ。それをMIKAさんとわたしのお友達が苦労して発見したのでみんにゃに見て欲しいということですね。要するに、自慢したいんです。わざわざ、コミフェの日に情報公開するぐらいですら」
へえ、やっぱり撮影に使われた〈怪獣王〉の本物なのか。
そう聞くととても見たくなる。
「でも、そういうのって、映画会社の倉庫とかで保管されているものだとじゃないんですか。個人のものになるとは思わないんですけど」
「わたしも受け売りにゃんですけど、どうも変にゃ事情があって譲られたみたいです。そのあたりは、ご本人が説明してくれますよ。自慢ついでに」
映画の撮影用の着ぐるみが、一般の人の所有物になる。
オークションとかでそういう品が流れることはよくあるのだろうよくあるのだろうが、怪獣の着ぐるみなんて幾らでも宣伝に用いれそうなものが出物としてありうるのだろうか。
しかも、変な事情と言っていた。
そこがとても気になる。
「やあ、来たな。えっと、君は京一くんでいいのかな?」
「ええ。それでお願いします、MIKAさん」
「MIKA名義で振る舞っているときに、本名で人を呼ぶのは久しぶりだ。京一くんがレイヤーならコスネームで呼べるのにね」
「コスネーム?」
「コスプレイヤーとして活動する時の芸名というか、ペンネームみたいなもんさ。あたしがMIKAで、藍色はセリーナ」
そう言えば、昨日は藍色さんのことを「セリーナ」って呼んでいたな。
セリーナが藍色さんのコスネームってやつか。
「セリーナってかっこいいですね」
「あたしがゴッドマザーなんだ。いいでしょ」
「元ネタとかあるんですか?」
「うーん、藍色って苗字が猫耳でしょ。あと、にゃーにゃー言っているし、キャットウーマンの本名からとったのよ。……セリーナ・カイルね」
ああ、ゴッサムシティの猫の格好の女盗賊か。
悪くないネーミングかもね。
藍色さんは気ままな猫というイメージではないけれど。
「この子さあ、真面目っぽいけどノリはいいでしょ。セリーナ名義のサインとかも練習しているし、写真DVDとかにも乗り気だし。最初に誘った頃はもうちょい引き気味だったのにねえ」
「―――MIKAさん!!」
藍色さんがMIKAさんに縋りついて会話を遮る。
仲のいい姉妹のようだ。
そんなやりとりをしながら、MIKAさんの運転するステップワゴンは走り出した。
後部座席の僕のさらに後ろには、夥しい数の荷物が乗っていた。
おそらく他の人の衣装も預かっているのだろう。
聞いたところでは、彼女の主催するサークルには十数人も所属しているらしいので、かなりの量になるはずだ。
僕の隣にもダンボールが乗っている。
MIKAさんの買ったっぽい同人誌の入った紙袋はあるし、随分と狭い。
「悪いね。京一くん」
「大丈夫です。〈怪獣王〉の着ぐるみが見れるというのなら、文句もありません」
「うーん、さすが男の子。―――でもねえ」
なんだかMIKAさんの口調が湿り気を帯びた。
どうしたのだろう。
「どうしたの、MIKAさん」
「昨日さ、夜に
「妙な事?」
「ああ。〈怪獣王〉が夜中に動いているかもしれないとか……。まさか、ポルターガイストじゃあるまいし」
ポルターガイストって単語をわざわざ出したということは、MIKAさんと安丸さんという人の間でそういう類の話が出たということかもしれない。
そして、ポルターガイストというのは、〈騒々しい幽霊〉のことで、建物の中のものが勝手に動き出すとかラップ音が聞こえるとかいう類のものだ。
つまりは妖魅絡み。
さっきまでイベント帰りの余波で浮かれ気味だった藍色さんの眼が一瞬光ったのを僕は見逃さなかった。
「セリーナの実家って神社なんでしょ。いざとなったら御祓いを頼めるかな。なーんちゃって」
雰囲気が変わったのに気が付いたのか、MIKAさんはちょっとお道化た感じで誤魔化した。
「いいですよ。困ったときは、中野の於駒神社へようこそです」
藍色さんも空気を読んで笑顔で応えた。
ただ、怪しい事件の修羅場を知っている彼女には、これから向かう場所に対する警戒心が生じているのは間違いないことだったろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます