第217話「最後にボクが勝つ」
自分に瓜二つな〈ドッペルゲンガー〉と出会ったものは死ぬという伝説があるが、それとは違う次元で、まったく同じ能力を持った人間と二重存在の間で殺し合いをやれば、いかんともしがたい差ができてしまうと思う。
なぜならば、〈ドッペルゲンガー〉は本物を殺して成り替わる気でいるというのに、本物はたいていの場合その覚悟を有していないからだ。
本物を排除して自分が「本物」になりたいという強い動機があるものが、本気になって殺意を抱けば、その分だけ同じ能力でも差ができる。
自分と同じ顔のものを倒せる心構えのある本物はまずいないこともあり、通常であれば圧倒的に〈ドッペルゲンガー〉が有利となる。
通常であれば。
相手が、御子内さんでさえなければ。
彼女は敵を倒すことを躊躇わない。
それが自分であればこそ、逆に真剣になる女の子だった。
『キミの存在はボクが貰った!!』
狂気の沙汰としか思えぬ言葉に、御子内さんは「そんなことはさせない」と拒絶する。
空気がうねった。
〈ドッペルゲンガー〉の全身を鞭のようにしならせたレッグラリアート的な飛び回し蹴りがでた。
中村俊輔のFKめいた独特の捩りが御子内さんオリジナルだ。
本物はマットに膠着していた。
避けようともしない。
ただ、回し蹴りのインパクトの瞬間、太ももを抱きかかえ、くるりと回転させてボディスラムで叩き付ける。
同じ御子内さん同士ではどういう訳か、得意のなんちゃって八極拳は使わない。
それは〈ドッペルゲンガー〉も同様なので、おそらく彼女にしかわからない欠点があるようだ。
だからこそ、というわけではないが、基本に立ち返ったプロレス技、もしくは蹴り技の応酬が続いている。
もっとも奇襲的なローリング・ソバットなどはなく、実に堅実な戦い方だ。
それだけ
例えるなら、通常の興業的試合ではなく、オリンピックのアマレスに近い戦いといえる。
投げも、掴みも、極めも、殴りも、蹴りも、頭突きも、どれもが堅実。
派手さは徐々になくなっていき、詰め将棋じみたじりじりとした戦いが続く。
かといって飽きがくるということはない。
これは間違いなく死合いなのだ。
本物と偽物が雌雄を決するための、必殺の詰め将棋だった。
『やるねえ、人間』
「そっちこそ」
『でも、ボクだって色々とかかっているんだ。そろそろ殺させてもらうよ』
「それは聞けない話だね。ボクは人々をキミら邪悪な妖怪の魔の手から護る退魔の巫女なんだからさ!」
御子内さんは吠えた。
自分の能力を持っている敵と戦うことを微塵も恐れずに。
「―――まったく揺らがないなあ、或やんは」
「見事」
柳生姉妹も感嘆の声をあげる。
後ろに控えている〈裏柳生〉の忍び達も同様らしく、食い入るようにリングを見つめていた。
「御子内さん、頑張れっ!!」
僕の声援が届いたのか、本物がこちらを見ずにサムズアップした。
そして、仕掛ける。
相手の眼前でくるりと横回転し、裏拳のよるバックブローをかます。
しかし、躱された。
読まれているのだ。
自分自身の記憶から抽出されて。
大袈裟な不用意な攻撃であった。
そこを突かれるのは当然。
〈ドッペルゲンガー〉は御子内さんの腹に拳を突き立てた。
いいものが入る。
それは鳩尾を貫く致死性の一撃。
普通ならば。
『ぬお!!』
〈ドッペルゲンガー〉は呻いた。
御子内さんの白衣がはだけ、白いさらしが見えた。
いつもはTシャツなのであんなさらしは巻いていない。
そして、サラシには一枚の札が貼ってあった。
何かの呪符だろう。
〈ドッペルゲンガー〉の拳が捉えたのはその呪符であったのだ。
パン!
何かが弾けた。
同時に御子内さんが振りかぶった手刀を〈ドッペルゲンガー〉に落とす。
ただのチョップではなく、眉間から顎までを切り裂くような鋭い、まさに斬撃のような手刀であった。
顔面には急所が多数存在し、その中でも正中心線上には、頭蓋骨が最も薄い天頂部、眉間、眼と眼の間、人中、顎の先といった急所が縦に並んでいる。
その全てに一挙に斬るような一撃を加えることで致命的なダメージを与える技だとかつて、聞いたことがある。
〈ドッペルゲンガー〉も知っているし、使いどころもわかっているだろうが、その前の呪符の効果による虚を突かれた結果、対応が遅れたのだ。
おそらく、御子内さんは〈ドッペルゲンガー〉に化けられたことを、ここに上がってくるまでの間に〈裏柳生〉の人に教えられ、その間に呪符を準備したのだろう。
呪符の存在については、〈ドッペルゲンガー〉は当然知らない。
あいつがコピーしたのは、学校にくる前の御子内さんの記憶であり、その後の短い期間の出来事については知らないのだから。
そして、〈ドッペルゲンガー〉の最大の弱点は、記憶があったとしてもそれを使う持ち主の頭の使い方までは読み取れないということだ。
過去の作戦について知っていても、未来の戦いについてはまったく読めない。
それでは百戦錬磨の戦士にはなれない。
御子内さんにはなれない。
『おおおおお!!』
御子内さんの岩山をも斬り裂く波のような手刀を受け、〈ドッペルゲンガー〉の顔が割れる。
僕好みの可愛い顔がひしゃげるのはとても惨い光景だが、やったのは本人なので別にいいか。
均衡は破れた。
余裕をもってローリング・ソバットが放たれ、ふらついたところを上下にわける必要すらないナックルパートが閃く。
御子内さんは全開だ。
最後に飛び立って垂直の延髄切りが入ると、もう〈ドッペルゲンガー〉は動けなくなっていた。
両肩を押さえつけるだけで、どこからともなくスリーカウントが鳴り響き、そして〈ドッペルゲンガー〉は消滅していく。
自分の姿をした強敵を倒し、ようやく安堵したのか、御子内さんはコーナーポストによりかかって荒い呼吸を吐いていた。
彼女にしては珍しく疲れ切っているようだ。
「お疲れ様」
「―――まあね」
自分を超えることの難しさのようなものがあるのだろう。
「大変だった?」
少し考えた後、御子内さんは、
「そうでもないかな。ボクの記憶があったとしても、ボクの心は持っていないし、ボクが今までに感じてきた忌避感だってわからない。それじゃあ、ボクには勝てない」
「……忌避感?」
「あいつはボクの記憶について、ボクが抱いている忌まわしい思いを理解していなかった。それだけのことさ」
やはり御子内さんには何か深い事情があるのだろう。
いつか、それは僕の前に現われるかもしれない。
きっと常人には耐えがたいものだと思う。
だって、誰よりも強い御子内さんがこんな辛そうな顔をするのだから。
「でも、とにかく無事でよかった」
「そうだね。午後の授業には出られそうで良かったよ。―――ところで、京一、キミの学校は、今日は開校記念日か何かなのかい?」
ここで僕は現実に引き戻された。
まだ、お昼前だというのに、これからどうすればいいのか、と。
「なんだったら、日本酒愛好会の部室で待っていなよ。お昼を一緒に食べよう」
御子内さんの心遣いがある意味では胃を痛くさせる秋の一日であった……
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