第215話「退魔巫女とはそれほどのものか」
「京一さまが、〈
隣にいる冬弥さんが言う。
でも、別に僕が〈ドッペルゲンガー〉を誘い出したわけではない。
あいつの中の御子内さんの記憶が、授業中の高校で隠れる場所として部活棟の日本酒愛好会の部室を選んだだけで、僕とはたまたま一緒になっただけだ。
僕がやったことといえば、タクシーの中でこれまた授業中の美厳さんに連絡を取り、事情を説明しただけだ。
おそらく〈社務所〉が動くよりも絶対的な当主がいる〈裏柳生〉の方が動きは迅速になるだろうという予想のもとである。
「しかし、本当にあの
「あくまで僕の推測なんですけどね。でも、正直なところ、あいつみたいに記憶を読み取って本人になりきれるような妖怪なら、大きな権力をもつ人物と入れ替わりたいというのは間違いないと思います。しかも、妖怪のための裏の世界について詳しい人物ならなおさらです」
「そこで、武蔵野柳生の総帥、柳生美厳……ですか」
「はい。あいつが最後に確認されたのは千葉県の成田市なのに、二日もしないうちに多摩のこんなところにまでやってくるのは明らかに変です。しかも、退魔巫女の御子内さんの姿かたちをコピーしてです。つまり、そこから考えられるのは退魔巫女たちの記憶を使ってみたら、ここまでくる理由ができたということなんでしょうね。で、僕が知る限り、武蔵立川で御子内さんに化けてまでお近づきになりたい人物はたった一人しかいません」
美厳さんは、柳生新陰流の名剣士であると同時に、裏の諜報組織である〈裏柳生〉の指導者でもある。
この平和な時代にあるまじき戦闘力と武力と組織力を兼ね備えた人物だ。
人間に化ける〈ドッペルゲンガー〉が成り替わろうと狙うには十分すぎる。
下手な政治家や官僚、経済人などになるよりもよっぽどいいはずだ。
もともと美厳さんをターゲットにしていたとは思えないが、たまたま戦ったレイさんの記憶から美厳さんのことを知ったのだと思う。
そこから御子内さんまで辿り着き、最後にここにやってきたのだろう。
頭に触ることで記憶を盗めるという話だから、通学時の満員電車の中とかで偶然を装って御子内さんに近づいたのだと思う。
それならタイミングと状況次第ではあの勘のいい御子内さんからでも記憶を盗みだせるはずだ。
〈ドッペルゲンガー〉がどうして我が国にやってきたのかはわからないけれど、これだけて悪辣で知恵のある妖怪は本当に珍しい。
僕の浅知恵程度がうまくいっているのが不思議なぐらいである。
「姉さまには避難していただきました。代わりに影武者として末の妹がなりかわっています。〈ドッペルゲンガー〉もまさか自分が偽物を狙っているとは思わないでしょう」
「柳生さんちって四姉妹だったんですよね……」
「はい。まだ中学生ですが、腕は確かです。―――部活棟は完全に封鎖していますので、妖怪は屋上に逃れるしかありません。うちの腕利きたちが追い詰めて……いるはずなんですが」
冬弥さんの歯切れが悪い。
耳につけているレシーバーから入ってくる通信を聞いて眉をひそめていた。
するととても困ったような八の字眉になりちょっとイジメてみたくなるのが、秘書っぽいクールさをもつこの女の子の欠点だ。
何かあったのかと聞くと、
「……さすが、或子さまの似姿。うちの連中が片っ端からやられているようです」
「御子内さんの記憶があるらしいからね。しかも、身体能力も一緒のハズ。確かにさすがというべきか……」
正直なところ、人知を越えた妖怪とだって互角に渡り合える巫女レスラーの彼女のコピーだとすると、〈裏柳生〉の忍びたちでは刃が立たないかもしれない。
忍びというのは僕らが思っているより正面からの戦いでは強くはないものらしいし。
「廊下と階段を使って包囲しているのですが、やはりうまく追い込めていないようです。もお、友埜姉さんまでついていてなにを手こずっているんだか……」
友埜さんというのは、柳生家の次女で冬弥さんのお姉さんのことだろう。
きっとさっきの小太刀のポニーテールの人だ。
どことなく雰囲気が似ているので、二卵性双生児とかかもしれない。
「いきましょう、京一さま」
「でも、僕は戦いには……」
「あなたさまの身は不肖この柳生冬弥が絶対にお守りします。―――わたしたちは基本的に退魔の組織ではないので、優秀なアドバイザーが欲しいのでおつきあいください」
「僕は優秀でもないし、専門家でもないですけど」
「ご冗談を。我ら、〈裏柳生〉も〈社務所〉も、すでにあなたのことを十分な経験値を積んだ即戦力とみなしております」
……一年近く御子内さんの修羅場をみてきた結果、どうやら僕は過大評価されているらしい。
さっき御子内さんの偽物もそんなことをいっていたし。
戦力とかいっていいのは、退魔巫女たちか禰宜さんみたいな有能な人たちだけだと思うんだけどなあ。
僕なんかただの傍観者に過ぎないのに。
とはいえ、あの〈ドッペルゲンガー〉を放置する訳にもいかず、最後まで見届けないとならないという使命感だけはあった。
「その話はあとで聞くとして、とりあえず行きましょうか。弱い僕の護衛をお願いします」
「引き受けました。あなたさまを柳生の友人として絶対にお守りしますね」
……そういう肩書もいらないんだけどね。
僕らは四階へと上がり、屋上へと続く階段まで行った。
一度、武蔵立川の文化祭で使ったことがあるルートだ。
その入り口のところで、刀を持ったごく普通のサラリーマンや塗装工みたいな人たちが、御子内さんを囲んで戦っていた。
とてもシュールな
使われている刀は明らかに真剣であり、その太刀筋もたっていて必殺の斬撃ばかりだ。
それなのにニセ・御子内さんは舞うように廊下と階段を活用しながら、剣士たちをさばいていく。
当たれば終わりという戦いなのに、それを感じさせない―――遥かに上回る戦闘力であっという間に剣士たちをぼこっていく。
「強い……」
冬弥さんが呟いた。
彼女のお姉さんであるポニーテールの友埜さんも小太刀を振っていたが、ニセ・御子内さんにはあしらわれている状態だ。
少なくとも、あの中では群を抜いて強いのはわかるのに、御子内さんには触れもしないのだ。
〈ドッペルゲンガー〉が御子内さんの肉体の潜在能力を引き出しているのだろう。
しかし、普通の人間を相手にしたらこれだけ差が出るのか。
相手が忍びであるにも関わらず。
やはり退魔巫女というものは恐ろしく強いんだな。
「友埜姉さん、もっと圧を高めて!」
「無茶言わないで!! 或やん、マジで強いんだよ!!」
「姉さまが屋上にいるんですよ! 突破させたら駄目です!!」
間違いなくひっかけだ。
さっきの言葉が確かなら、屋上に待ち構えているのは美厳さんではなく、四女さんのはずだ。
だが、その言葉は巧妙にニセ・御子内さんを騙しきった。
逃げることよりも美厳さんの記憶を得るために、〈ドッペルゲンガー〉は囲みを突破して、屋上へと上がっていった。
僕たちもそれを追う。
完全に逃げ道を塞いだところで、屋上に達した訳だが、そこには見慣れた四本のロープの張られた〈護摩台〉という名のリングが設置されていた。
おそらく、文化祭の時に使ってからそのままにされていたのだろう。
木の葉とかがゴミがマットの上に乗っている。
ニセ・御子内さんはその前で立ち竦んでいた。
リングの四方に立てられたコーナーポストの一本の上から、自分を見下ろし仁王立ちしている自分そっくりの相手の眼光に怯えていたのかもしれない。
同じ姿なのに、立ち昇る闘気の量は桁外れに違っていた。
あれが、本物。
あれが、御子内或子。
「―――自分と戦うのは初めてだ」
しかし、勝つのは『自分』だ。
そんな風に彼女は全身で主張していた。
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