第161話「意表を突かれるのは懲り懲りだ」
「で、ボクのクラスでは巫女喫茶をやることになったんだ」
御子内さんと駅前のファストフード店でお茶をしていると、唐突にそんなことを言い出した。
文化祭なんかでの定番の出し物は、お化け屋敷と縁日、あと最近ではメイド喫茶とかだろう。
僕の学校でもそろそろ一年に一度のお祭りに向けての話し合いが始まっていたが、御子内さんの武蔵立川高校ではもう来週に迫っているらしい。
そこで飛び出してきた単語が、「
喫茶店というのはともかく、巫女さんが給仕をしてくれるところはあまりないだろうとは思われる。
「―――へえ、変わったところをチョイスしてくるんだね。でも、なんで、いきなり御子内さんのところの文化祭の話になるのさ。僕はこの間の種子島鉄砲の事件の顛末を聞こうとしていたのに」
「だから、あの事件のその後の話をしているんだけど」
「火縄銃の狙撃事件と御子内さんとこの巫女喫茶の間にどこにつながりがあるの?」
「まあ、聞きなよ。……『世間の流行はメイド喫茶であるとしても、そんな手垢に塗れたものを自分たちまでやる必要はない。時代は巫女である』ときららがHRで演説をぶちかましてね。それで決まったんだ」
きららというのは、御子内さんの友達の鳩麦きららさんのことだろう。
一度、会ったことがあるが、ゆるふわのウェーブの髪型の女の子だ。
ただ、見た目はいかにも愛され系だというのに、相当押しが強いタイプだったことは覚えている。土俵際の粘りは、初代若乃花に匹敵するかもしれない。
その巫女喫茶とやらは、御子内さんの発案ではなくてきららさんのものなのか。
「でも、どうして、巫女?」
「ボクの伝手で何着も借りられるよ、と教えたら、きららがコスプレしたいと言い出してさ。〈社務所〉であまっているのを借りることにしたんだ」
「妖怪退治の組織の制服みたいなものでなにをしようとしてんの」
「別にいいだろう。風俗産業に使う訳でもないし」
「そういう問題じゃないよね」
普通、こういう時に真っ先に拒否しなければならないのは本職の君の方なのに。
あと、そのことと事件に何の関係が……
「そうしたら、美厳のバカがちょっかいを掛けてきたんだ。うちの文化祭でそんないかがわしいものはやらせないって。おれが忙しかったからといって、そんな怪しいものを許可した覚えはないだとさ。自分とこの忍びが撃たれたのが原因で駆けずり回っていたのに、ボクらの責任のように言いやがるんだよ。まったく、最悪だ」
へえ、それは大変だったね。
美厳さんがそんなところにまで口を出してきたんだ。
……えっ。
「なんで、美厳さんが文化祭の催しに口を出してくるの?」
「―――なんでって、あいつは
「生徒会の
あまりの事実にツッコミが追い付かない。
今回の僕は珍しく口に出してツッコミばかりしているような気がするな。
それだけ衝撃の度合いが大きかったと言える。
「話さなかったっけ?」
「初耳だよ!! 同じ学校なのにあんなに仲が悪いの!?」
「まあね。ボクが高校に進学したら、あのズボラ女が先輩にいて、しかも偉そうに生徒会の役員なんかをしていたんだよ。その瞬間から、ボクの高校生活に暗雲が立ち込めたような気がしたもんさ」
「……校内で決闘とかしちゃダメだよ」
「ボクをなんだと思っているんだい。学校でケンカしたことなんてほとんどないよ」
「少しはしたんだね……」
「いや、違う。今回のことだって、あいつが理不尽な言いがかりをつけてきたから、ボクは抵抗権に従って応戦することに決めただけだ」
御子内さんと美厳さんの因縁に巻き込まれる方は大変だ。
こないだの狙撃事件のときの二人の働きを見ているとそう結論つけざるを得ない。
だって、死角から飛んできた弾丸を弾き飛ばす剣士と、三百メートルの距離の相手を弓矢で射る巫女なんだよ。
双方、ともに尋常ではない。
「でも、どうして美厳さんは生徒会長の権限を使ってそんなちょっとかいを掛けてきたの?」
「それなんだ! あのバカ、あの事件の顛末が気に入らないという理由から、ボクで憂さ晴らしをしようとしているんだよ!」
「憂さ晴らしをしたくなるような真実があったの?」
基本的に、あの事件はこちらの想定の範囲内だった。
少し違ったのは、呪われた種子島鉄砲を使ったあの農家の息子は、就職活動に失敗した結果、世の中に復讐しようと考えて自分から進んで乗っ取られていたという点だけだろうか。
わかっていなかったのは、どうして最初に〈裏柳生〉の人が撃たれたかだったが……
「偶々だったんだと」
「―――偶々?」
「ああ、あの種子島鉄砲を手に入れた日に、人間を無差別に撃とうとしていたら屋根の上を跳んでいる変な奴がいた。だから、試しに撃ってみた。忍びだとは思ってもいなかったとか供述しているらしい。それで美厳は憤慨してね」
ああ、〈裏柳生〉そのものへの攻撃だと思ったからこそ懸命になっていたのに、実は偶然最初の犠牲者になってしまっただけだとすると、振り上げた手が微妙に下ろしづらくなるものか。
だから、その鬱憤晴らしに御子内さんに喧嘩を吹っ掛けたのか。
「なんというか、その、大人げないね」
「そうだろ。だから、美厳のバカは嫌いなんだ! 今すぐ高校に取って返して生徒会の奴ばらを排除してやりたい気分でいっぱいだよ!」
「君も大概だけどね……」
あの狙撃事件は終わったが、僕はまた何だかよくわからない方向から撃たれたような気がするよ。
武蔵立川って、進学校だったから憧れていたけれど、御子内さんと美厳さんが通っているとなったら「そこなんて人外魔境?」って感じがして近寄りがたくなるなあ。
「それで、巫女喫茶はどうするの?」
「やるさ。権力に屈して堪るか! で、これがパンフレットだからね。来週末は絶対に遊びに来るんだよ、いいね」
「拳握らなくてもいくから」
「絶対だよ!」
文化祭の催しでここまで真剣になる女の子が、あんな鉄火場で獅子奮迅の戦いを見せていた闘士だと考えると、とても愉快だった。
まあ、狙撃事件なんて二度と絡んで欲しくはないけど。
「聞いているのかい、京一!!」
「はいはい」
狙撃はゲームでやるぐらいが一番みたいだね。
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