第119話「白い墓石」



「あれ、升麻くんじゃん?」


 先頭を歩いていたちょっとだけギャル風の若附わかつきさんが、僕に気がついた。

 最初は僕だとわからせないように接近しようと思ったけど、こんな山道で気づかれないように尾行するなんて不可能だし、正体がバレないように振舞うのも無理だ。

 となると、もう開き直って顔出しで近づいた方がマシだ。

 ただ、僕が仲間外れにされている疑惑があるので、気が進まないのは確かだけど。


「おおっと、京一だ。―――なんで、こんなところにいるんだよ?」

「マジで升麻だ。へー」


 六人がそれぞれ個性に応じた反応をする。

 だいたいは僕を見て驚いたという当たり前の反応だったが……


「あれ、みんな、どうして奥多摩に?」


 さりげない演技を心掛けた。

 御子内さんたちに言わせると僕は口から出まかせの演技野郎らしく、こういうすっとぼけた芝居は得意なのである。


「新しい鍾乳洞を見つけに来たんだよ」

「桜井の推理を検証に来たんじゃなかったっけ?」

「どっちもじゃね?」


 うん、わかっている。

 だから、僕はさらにすっとぼけて、「ああ、そういう話もあったね」みたいにのっておく。

 どうして自分だけ誘われなかったのかという、傷つきそうな質問はしない。

 もし直球でこられたら泣いてしまいそうだし。


「升麻くん、すごく山男っぽいねえ」

「それ、自分の服? 決まってるじゃん」


 若附さんを初め女子の三人には好評だった。


「んー、山歩きが趣味なんだ。週末は結構、登っているかな」

「ああ、だから、升麻くんは土日におうちにいないんだね。妹さんがいつも週末はいないっていってたし」


 こう言ったのは中学から同じ学校という女生徒だった。

 そういえば妹の涼花のことも知っているはずだ。


「おまえ、土日いつも用事があるっていうから誘わなかったのによ。山歩きが趣味ってんなら計画建てんのに付き合え」


 男子たちも同じようなことを言う。

 つまり、あれ、僕が土日にいつもいないから誘わなかったってこと。

 確かに週末や休日はバイトか御子内さんたちの妖怪退治のどちらかで埋まっている。

 良かった。

 だから、誘われなかったのか。

 うんうん、そういうことか。


「いや、ごめんね。言ってくれればいいのに」

「それに京一くんって、彼女さんいるんでしょ。デートの邪魔しちゃ悪いし」

「彼女? なにそれ? そんなのいないよ」

「またまたあ。たまに女の子とお茶してるの見たことあるよ」


 女の子とお茶?

 ―――御子内さんのことかな。


「たぶん、バイト先の友達のことだね。涼花の学校の先輩でもあるし」

「妹さんの? 武蔵立川?」

「うん」

「あーあー、うちのガッコと武蔵立川じゃあつりあわないし、ホントに彼女じゃないんだ」


 酷い自虐だ。

 うちだってそこまで底辺の偏差値じゃないのに。


「おい、そろそろ行こうぜ」


 何やら地図を出して調べていた桜井が言った。

 主催の彼としては一か所にとどまっているのは無駄なのだろう。


「桜井、僕もついていっていい?」


 桜井の許可が取れれば、狙い通りにこの一行に加わることができる。

 断られるとは思っていなかったけど、念のために。


「……ワトソン役なら」

「じゃあ」


 よし。

 僕は首尾よく潜り込むことに成功した。

 そして、みんなが向かうという尾根沿いについて行った。


「……このあたりってさ、あまり人気がないみたいだな。俺たち以外の登山客とは全然すれ違わないし」

「だねー。ちょっとこわいぐらい」

「誰か来てくれないと、迷子になったみたいだね」


 みんなが言う通りに、二十分ほど歩いても誰ともすれ違わなかった。


「多分、がけ崩れで通行止めなんじゃないか」

「だからかー。ということは、あたしらの目的地もその辺?」

「おお。ネットで得た情報によると、もうちょい先に行くとダイバーの目撃談がある」

「桜井説でいうところのね。でも、あたしなんかはやっぱりお化けとかを疑っちゃうな。そのほうが夢があるしね」

「妖怪なんかいる訳ないだろ。―――最近、よくそういうの流れてるけど、デマに決まっているさ」


 雑談を交しながら歩いて行くと、徐々に空が黒くなっていくのがわかった。

 これは一雨くるかな。

 さっきタクシーの運転手が言っていたことを思い出した。

 僕は登山に慣れたものとして、雨が降った際に雨宿りできそうな場所を探してみた。

 建物なんかがあるとは思わないけど……。

 と思っていたら、少し先の道の下方にあった。

 コテージではなく、コンクリートっぽい外壁の建物があるのだ。


(妙だな)


 さすがに怪しんだ。

 いくらなんでもこんな山奥にあんなコンクリート造りの建物があるとは思えない。

 だいたい資材をどこから調達するんだろう。

 反対側に車道でもないと難しいし、ここは奥多摩でもかなり深い場所だ。

 さっき使った国道からもだいぶ逸れているから、わざわざここに作るとしたらお金だって必要になる。

 じゃあ、あれはなんだろう。

 四角い構造であることはわかるけど……。


「あれ、なんかあるよ」

「どれどれ。ホントだ。人が住んでいるのかな?」

「まさか。でも、こんなところで何をしているんだろ」


 僕が見ていたものに、みんなも気がついた。

 好奇心に火がついてここまで来た人たちなので、このあとの行動も簡単に想像できる。


「ちょっと見てみないか。もしかしたら、桜井の説の裏付けが見つかるかもしれないぜ」

「いいねえ」

「探検してみよっか」


 ノリがいいね、みんな。

 この調子だと、チャンスがあったらいきなり踊りだすフラッシュモブとかも始めたりしそうだ。

 僕なんかはああいうアーリーアダプター気取りの人たちがやることに興味はないんだけど。

 ちなみに御子内さんの周囲でやったら、「舞踏病かい!」とか言って気味悪がられたあげく、全員ぶちのめされるに違いない。


「天気悪くなってきたから、雨宿りできるかもしれないね」


 とりあえず、それっぽい助言もしておく。

 率先して意見を出して目立つのはお断りだし。


「そうだね。休憩も兼ねて休ませてもらおうか」

「んだな」


 そのまま、僕らは斜面を降りて建物に向かう。

 このとき、建物の敷地からこの山道に続くルートがないというだけで、かなり怪しいということに僕らは気がつかなければならなかったのだが、あとの祭りだ。

 問題の建物は適当に拓かれた林の間に建っていた。

 見た目は完全にコンクリート造りで、窓らしいものが四方に二つずつついているだけだ。

 かなり大きめの無骨な玄関に、アーチ状の飾りつけがされている。

 あと、衛星放送用らしい巨大なアンテナが屋上にある。

 人影はなく、同時に車などの移動手段も見当たらない。

 誰もいないのは明白だった。


「なーんだ」


 みんなは拍子抜けしたようだったが、僕は逆に緊張した。

 どう考えてもこの建物は妙だ。

 おそらく、使

 僕が退魔巫女たちと経験してきた色々な経験がそう訴えてくるのだ。


(逃げた方がいいかな)


 そう考えたとき、突然、雨が降り始めた。

 まさに土砂降りの。

 少し先さえも見えなくなるような飛沫をあげて。


「くそ、ちょうどいいから雨宿りさせてもらおうぜ」

「そうだな。助かったかもしれねえ」

「お邪魔しまーす!」


 みんなが我先にと玄関のアーチ状の屋根の下に入る。

 だが、七人が入るには狭すぎた。

 狭すぎたからか、若附さんが戯れに玄関のノブを掴むと、すっと音もなく扉が開いた。

 みんなは顔を見合わせて、一瞬だけ気まずそうな、しかしラッキーというわかりやすい顔をして中に入っていく。


(ヤバっ。これは間違いなくダメな展開に雪崩れこむフラグだよ)


 僕は内心でそう呟いた。

 間違いなく僕たちは誘い込まれている。

 そうとしか思えない流れだったからだ。

 そして、この流れが行きつく先には……


 きっと、恐ろしい何かが待っている。

 

 

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